とてもじゃないがあちらにゃ書きにくい | THOUSAND WINDS

とてもじゃないがあちらにゃ書きにくい

昔だったら宗教裁判ものだな。
全部読みました、ええ。
とある不信心者もしくは異端者の素朴な心の叫び、聞いたって下さい。
どうして生まれながらに罪ある者なんかを創造されたのか。
リンゴごとき食べた位で永遠に子々孫々に渡って罪人呼ばわりか。
先祖が何したかは知らない。
でも我々が一体何をした。
回りくどい事せんと、どうして無条件に許してくれない。
何でそんな選民思想みたいな事を、神はなされるのか。
罪許されて救われる為に、条件をもうけるのか。
洗礼を受けた事は罪を許された事になるのか。
だったら相変わらず我々がやるあの「懺悔」とは一体何か。
我々はいつまで神に対し、自分の罪について謝り続けなければならないのか。
神から離れたと言うが、旧約を読む限り感じられるのは、
神の消失、いつの間にか
神の人への介入の仕方が、
時代がたつにつれて淡白になって行ってるじゃないか。
むしろ神こそが、人間から遠ざかって行ったのではなかったか。
だから今再び、メシア運動、
神の国、神による地上の支配を、
夢見たのではないのか。
それ自体は失敗したのだが。
さいは投げられた。
これが今の所の私の所感。