前回の続きです。

 

 

どんなふうに話を展開しようかな~?と考えたけど、
頭にあった筋書きを書き出してみたら、話す場合とは違って、
いろんなバージョンに枝葉を広げ過ぎ、話が膨らみ過ぎて
延々と終わらないことに気づきました!びっくり

なので、だいぶはしょって
このブログはエイブラハムと非二元にフォーカスして書いているので
これを中心に、他の要素はスパイスとして書いてみようと思います。


前回書いたことは、簡単に言うと、非二元(ノンデュアリティ的)なお答えでした。

そのままでいいよ、問題に思えることはすべて思考が作っている「幻想」で、
実際にはなんの問題も無いよ、すべてが完璧、

すべてがすでに許されている、なんでもありなのさ、という…。

(「んなわけない~!」という思考はちょっと置いといて先を読んで下さい笑)


なぜかと言うと、これがエイブラハム的に言うと、

いわゆる「ステップ3:受け取りモード」の状態で

現実創造のゼロポイント、基本位置だからなんですね。


「大丈夫」というホッとした感覚、いい気分でいる状態、
別の表現で言うと、大きな力(全体・いのち・源・ソースエネルギー・神などなんと呼んでも)
に委ねている状態、川の下流への流れに任せている状態のことです。

エイブラハムが、「あなたがいい気分でいること以上に大切なことは他にない」

と言うゆえんです。

この感覚・この状態でいると 変化がスムーズに進んでいくんですが、
それを妨げているたった一つのものが、自分自身、

ズバリ言ったら「思考」だけなんですね。


(ここでは「思考」とシンプルに表現するけど、詳しく言うと
繰り返された思考が潜在意識に入って固まった

その人独自の「観念(信条・ビリーフ)」とか、
感情とくっついてできあがった「思考パターン(思い癖)」とか
グループになっているの。

その辺の詳しい話はここに書くと長くなるので
よかったら、現実創造の5ステップに関する
感情ナビの話 
抵抗をなくすアプローチの話 
を読んでみてくださいね。

特に「抵抗をなくす」の方。そっちも長いんだけど)


大切なのは、なにをするか、よりもなにかをする時の
内側の感覚、心の状態、エネルギー、波動(←強調しただけで全部同じ意味)で、
それが本当の自分(ソースエネルギー)と同調しているかどうか、だけなんです。


で、「現実創造の5ステップ」のところで書いたけど、
第3ステップの受け取りモード、ソースエネルギーとの波動合わせって
理論がわかったらあとはひたすら練習というか、実践なんですよね~。

そして、感じ方も頭の中身も一人一人違うので、
こればかりは自分で自分の感覚を頼りに地道にやってみるしかないんです。
(自転車乗る練習、泳ぐ練習、車の運転、と同じように
 自分でやって感覚掴まなきゃ~ってことですよね。)

なので、思考の力の使い方を練習するといいかもですよ~。

自分の足りないところを見つけて責めるためではなく
いい気分でいるという目的のために思考を使うんです。

自分をいい気分にさせる考え方を探すところに、

あなたの独自の「創造の力」を使うんですよ。


ソースと同調しつつ(=22段階の感情の「喜び/大いなる気づき/

自分には力があるという感覚/自由/愛/感謝」を感じられるような)
自分に一番フィットする新しい思考・考え方をクリエイトするんです。

※この「自分には力があるという感覚」というのは、私が 原語の「empowered 」
という英語をこう訳しました。他では「自信」と訳されているんですが、
原語はpowerを入れられる、って意味だから、こう訳してもわかりやすいかな、と思って。



例えば今回の「嫌だな~」って思う時
「嫌なことをしない」という選択は、単純にいい気分でいることに役立ちますよね。
なので、もちろんOK。

でも、例え「嫌なこと」であったとしても、
「本当はやりたくないのに~」って思ってやるのと
「今は大切な家族のためにやる方を選ぼう」と自分で意図的に選択するのと
エネルギーが違うのわかりますよね?

前者は力を奪われて他者にやらされてしまっているけど、

後者のように状況を判断して自ら選択する時、
「empowered(=自分には力がある)」って感じがしませんか?

もしそうなら、それは感情スケールの一番上、ソースと繋がった感覚なんです。


やらなきゃならないはめになったら自分で覚悟を決めて選択する、
そんな自分を許す、音楽やなにかの力を借りて気分を高めてやる…

などなどいろいろ方法はあると思いますが、
自分に力が戻って来たらソースと繋がっている状態ですから

高い次元からのひらめきやシンクロや情報があったり

状況が変わって行ったり、自分にとって一番いい道が開けますよ。

それが、思考の力を意図的に使う、ってことなんです。

そしてもう一つコツを言うと、
いきなり「嫌なことはもうやらない!」と跳躍できないと感じる時、
「いまより少しでもいい気分」になれることを探して

少しずつスケールを上って行ったらいいですよ、とエイブラハムも言ってるし
「今の自分にできる範囲でいちばん抵抗の少ない道を選ぶ」(byバシャール)といいですよ。

自分で選択しているという自覚がある限りempowered(=力がある)なんです。


それにね、嫌なことだろうとなんだろうと、
すべてにあらかじめ決められた善悪・良し悪しはなくて、
本当に「やってもいい」し「やらなくてもいい」んです。

いい気分になることさえ、やってもいいしやらなくてもいい、
ソースはあらゆる選択を許してますからね、
それが「すでに許されている」「無条件の愛」ってことなんです。


蛇足ながら…
スピリチュアルな情報に接していくと、いろいろと新しい価値観に出会いますよね。
「自分を大切に」「嫌なことはやらない」「いつもいい気分で」などなど。

これは、「選択」したり「これからの人生どうしようか」という場面で
「望みの現実を創造するためのアイテム(道具)or道標」として使えばいいんですが、
もしこれを外側の新たなルール(判断基準)にして自分を測って、
自分はまだできてない、達していない、と不足感を感じ始めたら
本末転倒になっちゃいます。

足りてる方・できてる方(=ポジティブな面)より、

足りない方・できない方(=ネガティブな面)を見ちゃうのは
マインド(=エゴ・思考)の特徴なので、誰もが陥りやすいんですけど。

だからこういう時も思考の練習で、小さなできていること、
少しでもいい気分になったりワクワクしたり力を取り戻したりすることに
思考をフォーカスする実践をしていったらいいですよね。
(「いいことノート」とか「3日後引き寄せ日記」とかそういうことですよね)


そうやって感情のナビゲーションに従っていい気分で抵抗の少ない道を行くとき、
感覚も慣れてくるし、モメンタム(=勢い)も付いてきます。

筋トレで筋肉がついてくるように、以前は無理だと思っていたことが

それほど抵抗なくできるようになっていたり、

もっと大きな跳躍、ワクワクへのチャレンジ意欲が高まるかもしれません。

そんなふうにして、

いつのまにか変化って起こっていることに気づくものだと思います。

 

それが望みの「現実創造」であり、命の源ソースとの「共同創造」なんですね。

 

===

 

ここで終わろうと思いましたが、頭に浮かんだ筋書きを

全部ボツにできない私・・・。

まだ先になるかもだけど、「望みの現実を創造するためのアイテム(道具)」

について、付け足しで書いてみようと思います。

書きたいこといっぱいだな・・・まだ別のシリーズ終わってないけど・・・

書くよりしゃべった方がラクかもね・・・笑い泣き

 

インスタを始めて「撮った写真」を見るようになったので(これまでは撮りっぱなし)
たまりにたまったこれまでの旅行の写真を整理しよう!とようやく決意して。

まずは旅行履歴作ったらここ5年で25回も海外旅行に行ってたことが判明。

(今年は1回だけだけどね)
その前の5年間は行きたいなぁ~って憧れてただけでゼロだったのに! 

そしてインスタはスマホからしか投稿できないことがわかり、
しかもアルバム感覚でいたらSNSという人との繋がりが濃い媒体だとわかり、
基本ぼっちが好きでスマホ操作が面倒でキライな私は、
3日目でもうアカウント削除しようと本気で思いましたが…
なんとか踏みとどまりました。爆  笑

「いつか写真整理したい」「もっときれいな写真を撮りたい」という
すでにボルテックスに入っていた願望がコーリング(calling:
エイブラハムが良く使うの。私を呼んだってことね)したからです!

今、ちょっと「面倒くさ…チュー」の壁を越えてモメンタム(momentum:
これも良く使うの。勢いってことね)が芽生えそうな気がしています。

そんな「嫌いなこと」を「その向こうにあるもっとやりたいこと」のために
乗り越えようとしている私に、こんなコメントが入りました。

 

>ですが、自分がやるのが嫌だと思っていても、
>家族がやって欲しいのかな~と思うと、
>嫌でもやってしまう自分がいます。
>自分だけの世界なんだから、
>どう生きようが自由なはずなんですけどね~(笑)、
>長年そう思わないで生きてきたので、
>ガラっと変える事ができないでいます。

私のコメント返し

 

>あはは~
>私も自分は嫌(ってか本来は好きでない)なのに、

>家族のためにやってることけっこうありますよ~

>お母さんですからね!(*^-^)b
>でもこれも折り合いとさじ加減というか、バランスなんだと思います。
>おもしろいテーマだったので、続きのお返事は記事に書いてみます。



というわけで、続きをこちらに書いてみようと思うんですが、
実は私はこういう質問には相手によってたくさんの答え方があると思っています。
背景・個人的事情・スピリチュアルな旅のどこにいるか、などなどは千差万別ですからね。

前の記事では「一人にひとつの宇宙がある」という言い方をしたけど、
それは別の言い方をしたら「人の数だけその人の真実がある」ってことです。

なので、答えはひとつじゃないし、どこかにみんなに共通の正しい答え
(=真実)があるわけでもありません。

質問した人が見つけた(その人のハートが「そうだ!」って感じた)答えが
その人にとっての「答え」であって、

自分でふと思いついたりしてそこに行きつくこともあるし、

誰かやなにかの言葉が引き金になって見つけた時でも、
実はもうそこにあった(のが共鳴した)ってことでもありますよね。

なので、質問が起きる時、答えは内側にすでにあるんですが、
あとは答えを自覚する=顕在意識に持ってくる、ということになるんですね。

(エイブラハムで言うと、ステップ1.願う【質問する】と同時に

ステップ2.波動の世界で実現する【答えが生まれる】みたいな感じ。

あとはステップ3.受け取る【現実化】ですね。)

そんなスタンスで、私も幾通りかの方法で楽しんで答えてみます。

★まずはズバリのお答え

嫌でもやってしまう自分がいます。

→はい、それでいいんですよ~!

自分だけの世界なんだから、どう生きようが自由なはずなんですけどね~(笑)

→そうそう、自由なんだから、「嫌でもやってしまう自分でいいや」でいいんですよ~!

長年そう思わないで生きてきたので、ガラっと変える事ができないでいます。

→そうだよね!「ガラッと変える事ができないでいる」でいいんですよ~!
→そして、そのままでも全く問題ないし、変えたいなと思ったら変えてもいいんですよ!


笑笑笑


さっき「幾通りかの方法で」と書きましたが、このあと

★ちょっとスピ的お答え編

★心理学セラピー的アプローチ編

★エイブラハムの教え的お答え編
★みりい的お答え編

【追記:

★ノンデュアリティ的

★バシャール的

も入ってました笑】


を用意しています。(てか全部出て来ちゃったんだよ~爆  笑

相手が目の前にいればどれかにアタリをつけながら会話していく…

てことになるんだけど、いないから全部書くことにしたの)

 

次の記事で書くのでよかったらみなさんも「自分ならなんて答えるかな~」って

(↑それがあなたの世界の真実!)考えてみてくださいね~。

はい、33日間に及ぶヨーロッパ旅行から戻ってやっと発信モードになりましたー。

ここ数年、年に数回数十か国を旅行して撮りためた写真が

あまりにもぐちゃぐちゃになっているのをなんとかしたいな~と思って、

自分の記録のためにもインスタを始めましたよ~。

今回の旅行の写真をぼちぼち整理しながらあげて、それをブログにも
反映させれば旅行記を兼ねられる!とも思って。楽しんでやってみましょニコニコ


で、ブログではこないだの続きやエイブラハムの最新情報などを
書いて行きたいんだけど、あまりにも膨大で、文字では限界感じつつ
やれるだけやってみます。

…てか、去年の分さえ全然書き終えてないんだけどね。(;^_^A


去年は「現実創造の5ステップ(→まとめココ)」について

かなりページを割いて書きましたが、他にも書きたかった大きなテーマがあって。

Create your own reality. 「あなた自身の現実を創造しなさい」

てことだったんだけど。

この英語、「他の誰でもないあなただけの、あなたという世界の
現実を自分で創るのよ!それはあなたにとっては幻想なんかじゃない、
あなたという小宇宙の、まさにリアリティなのよ!」って感じが
すごく表れていてシビレます…。爆  笑

 

ここでさらに私流に解説含めるとね、私が見て体験している世界は

本当に私自身の反映(or私というプロジェクターを通した投影)で

「一人にひとつの宇宙がある」ということば通り、

私の体験する物質世界(宇宙)は、私が生まれた時に開いて

私が身体として死ぬときに閉じるのね。

それを100%体験しているのは私だけなわけ。

それはすべての人についても同じで、人間の数だけ「その人の宇宙」があるわけ。

人は自分の体験の外側には行けないし誰かを代わりに体験することもできないからね。

 

それをエイブラハムはvibrational reality(波動の現実;エネルギーの世界)に対して

time-space reality(時空間の現実;エネルギーの波が粒として現れた物質の世界)

って言うんだけど、私達がクリエイトするのは、あくまでも「own」(自分自身の)現実

であり、その仕方を繰り返し繰り返し教えてくれてるんですよね~。

 

そして、この「reality」(現実)という言葉の深さ!

だって、realityって、ひとつじゃなくて多次元になっているからね。

 

WSでその場のエネルギーの中で聞いた時、

「エイブラハムは全部わかって言ってる!」と雷に打たれたみたいに
衝撃的にわかって(ほんとあの場では「理解が降りてくる」て感じなんですよ)

それで「空」(空即是色の「くう」ね)と「色」が(色即是空の「しき」)がひっくり返って

完全に混ざりました、私の中で。

 

別の表現で言うと、見えないエネルギーの世界と見える物質次元が等価というか

同じ「いまここ」でなんの矛盾も疑問も無く同じものとして統合したというか・・・

 

何もおきていない世界とすべてが起きている世界が裏も表もなく

本当に今まさにここに同時に両方あって、

どちらかが現実でどちらかが幻想じゃなくて

どちらも現実・リアリティであり(しいて言えば次元が違うだけ)

【追記:ん~言葉は難しい。もう一歩踏み込むと

「(この世界は)波動を解釈したホログラムという夢のリアリティ」なんだけどね。

言葉の上では矛盾しているけど、すんなり成立するのは次元の違い、てことになるの。】

そう、「次元」て言葉を使えば、私ってすでに多次元の存在だったのか~みたいな。

(存在の次元の話は前から書きたかったテーマの一つなので

これも別の機会にゆっくり書きたいです。)

 

で、「エイブラハムはわかってる言ってる」というのはつまり「非二元」的なことをです。

非二元てのは簡単に言うと

すべては一つのエネルギーの現れで分離は無いんだよー、

「私」という分離した個人がいる感覚も幻想で、すべては

ひとつのいのち(全体;「それ」)がただ現れ変化しているに過ぎないいんだよー

(なので「二つじゃない=ノンディユアリティ」)ってことなんですが。

 

 

でもねー、これが腑に落ちると、今度はひっくり返って、

「世界がこんなに多様性に富んでいること(分かれて見えること)

人間にそれぞれの身体と「自我」があって、「わたし」を感じることができて

各自が自分のストーリーを紡ぐことができて、

選択・意志決定し行動している(ように見えるとも言う←この辺も改めて書きたい)

この世界ってなんてすごい「幻想」なんだろう!」って

すべての源のエネルギー(ソースエネルギー)、いのちの豊かさに

限りない感動を覚えるのです。

(今はこのことに気づく人がどんどん増えていて、これを読んでくれてる
あなたもわかってるんじゃないかって気がします。)


でね。
今までいろんな観念を掴んでいて、記憶や感情や思考と同化して生きて来た人が
非二元に出会うと、分離は幻想だった、もともとなかった、ただこれ、
どこまでも自由でなににも捕らわれない命の動きがあるだけ、って
「私」という人生ストーリー(しかもたいていは苦しみの)からの解放が起きるわけだけど、

それはいわば個から全体へという動き。

でもエイブラハムは目に見えない世界から語り、
「個」に分かれて見えるその多様性こそがいのちが表現したかったこと、
ソースが体験したかったことだよ、ってその素晴らしさを説くんです。

エイブラハムは、私たち人間はソースの物質の部分でその延長であり、

leading edge、つまり「最先端」なんだよ、
ソースに導かれ、ソースの「後ろを行く」んじゃなくて、
「先を行く」最先端なんだよ、って言う言い方をするんですよね。

(そしてそのleading edgeの意味は今回2018年のクルーズでまた強調されたので

このことについても書いて行きたいと思います。書きたいこといっぱいだな…(-。-) ボソッ


よく、禅とか非二元の世界では海(全体)と波(個)の例えを使うんだけど、

私達は波の一つ一つのように分かれて見えるけど、本当は海そのもの。
(全部繋がっているし全く同じ成分でできていて波は海の動きというただの現象)
その例えを借りて言うと、
海が自ら波をやってるの。海は波をやりたいの。

思いっきり波として自分を表現したいの。

あらゆる可能性領域を、隅から隅まで(って本当に「隅」があるわけじゃないけどね)、
あらゆるものになって、あらゆる体験をして、あらゆる感覚を味わいたい、と。

 

まさにそれを全体はやりたいのか!
ソースはわたしをやりたかったのか!って感じなわけです。
あなたをやりたかった。
これまでに生まれて来たすべての人をやりたかった。
すべての動物を、鳥や魚や木や草や花や鉱物や存在するすべてを。。

 

ありとあらゆる方法で、自分のすべてを知りたい!

そんな爆発的な衝動が、ビッグバンだったのかも…なんてね?

私達の自分を知りたい、という内側からの衝動はソースのものだし、
もっと拡大(成長)していきたい、という衝動もそうなんですね。

(知りたいとか成長したいとか赤ちゃんだって放っておいてもそうだもんね)

 

最後にエイブラハムが去年のクルーズで言っていた印象深いセリフで締めます。

 

「ソースは心の平静さのことじゃない。
“enthusiasm” つまり「なにかに情熱を燃やし熱意を持つ感覚」もソースだし
「興味のあるものを探す」のもソース、
だからソースの見える部分であるあなたは

observer 観察者じゃない、spectator 傍観者でもない!

創造者であることがあなたの自然の性質! さあなにを創造したい?」