また新しい本を買ってきた。
自分の中にある怒りの感情も抑圧することなく認めてあげるのならば、良い怒りかたもあるんじゃないかと思って。
ちょっとさわりだけ読んだところだけど、今から2400年も前にアリストテレスは「人が怒りを感じるのは、自分の中に何かの欲求があって、その欲求が満たされない場合が一番多い。」って言ってたらしい。
そんなに昔から怒りの問題って語られてたのか。
てか、そんな大事なことはもっと学校とかでも教えてくれよ!義務教育の間とかに。←怒ってるw
ていうか、この本は当たりのようだ、今までのことを更に深く掘り下げて詳細に解説してくれてるみたい。
人って今の自分に必要な人物と出会えるようになってるっていうけど、必要な本とも出会えるようになってるのかもしれない。
25ページ目にして衝撃的な内容にぶち当たった。
このブログみてる人は気がついたと思うけど、モトカノのこと考えてるときの自分は元気なくてヨボヨボだけど、自分の本当に克服したいことと向き合ってるときはとてつもなく元気。
それも説明がつきそうだ。
人間には欲求があって、そこが怒りや寂しさの根源にもなってるんだけど、その欲求にもレベルがあるんだって。
心理学者マズローの「基本的欲求の段階説」っていうのがあるらしい。
以前、攻撃とコントロールのところで書いたけど、人の攻撃行動は、赤ちゃんの「お腹がすいた」「お漏らしが気持ち悪い」という生理的な欲求から始まっているらしい。
そして、攻撃の成功経験からその攻撃方法を巧みに進化させてきた。
「泣けば動いてくれる」「すねれば動いてくれる」「メールを無視するほど動いてくれる」(苦笑)みたいに。
その欲求の段階とは・・・。
1.生理的欲求・・・(お腹がすいた)
2.安全・安定への欲求・・・(文字通り、安全を求める)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ここまでが欠乏充足欲求◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
3.所属(と愛)の欲求・・・(自分が属する集団の中で深く理解され、深く受け入れられたい。一つの位置を占めたい)
4.他者からの賞賛・承認を得たいという欲求・・・(自尊心を満たす。他者から注目、評価を受けたい)
5.自己実現の欲求・・・(審美的欲求。自由、個性、楽しみを求める。心の豊かさを求める。自分自身を充実させる)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇以上が成長欲求◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(赤ちゃんのときの1の欲求は単純だから満たされやすいけど、大人になって欲求が社会的になればなるほど満たされにくくなる・・・ていうか、満たされなくて当然?)
で、モトカノのことで凹んでる欲求は3のレベルで、自分の弱さや育ちきれない心を自分でなんとか克服したいと思う欲求は5のレベル。
つまり、より高い段階の欲求を自分の力によって満たそうとする、または満たしつつあるわけだから、モトカノのことも忘れるくらい元気でいるということだ。
ただ、下位の欲求が満たされてないと上位の欲求には移行できないってこの説では言われてるけど、そこには異論が多い。
飲み食いに困ってても自己実現の欲求を満たそうとした宗教家もいるだろ?とか、突っ込みどころがあるらしい。
実際、自分も3が満たされてないのに5に行っちゃったしね。
それに、下位の欲求ほど根が深く自然と沸き起こる欲求だから、強くて始末が悪そうだ。
↑の説は、人としての成長にともなう「心のあり方」で捉えるとなるほどね~って思えるんじゃないかな。それが満たされたときの喜びの質とレベルが違うということで。
さて、いよいよ夏本番。
今年はついにジェットも買ってしまった。
明日天気がよければ海賊仲間と海に出るぞ。

