まるごとあなた自身を受け容れる、ということ☆ | 自閉症、発達障がいのお子さんの気持ちがわかるキネシオロジー

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言葉が遅い、出てこない、話すのが苦手!でも、お子さんは伝えたい言葉をもっていて、それを伝えようとしています。その言葉を受信するには、まずはかかわる人が、素直に受けとめる準備をすること♪自分と仲良くなるセラピーを提供しています。

わたし。


ここ数年
どんどん軽くなってる。
残念ながら
体重が、ではないけど笑
体重も軽くしたい!笑

軽くなるそのために

いろいろ
やってきたことが
あるんです。

その中で
わたしにとって
大きかったのが

いい人を辞める

もしくは

いい人に
なろうとすることを
辞める

ということ。

ブログにも
何回も書いてる氣がするけど

これはホント
軽く生きようとするならば
一番大事なことだと思う。

昭和46年生まれの
わたしは

親に。
社会に。

いい子ちゃんで
生きることを
ごく自然に刷り込まれ

なんの疑いもなく
受け入れて
おばちゃんになるまで
ずっとやり続けてきた。

わたしにとっての
いい子ちゃんの定義は

誰とでもうまくやり
人の役に立つ。

わたしはもともと
引っ込み思案で
人の陰に隠れ
小学校に上がってからも
親以外の人と
会話が成り立たず。

向こうから
優しく話しかけてくれれば
ココロを拓けるけど
自分からは全くいけない。

だから
誰とでも関われない自分を
とても責めました。

誰とでもうまくやれないのは
わたしの性格が暗いからで
なんなら
ちょっとぽっちゃりな
スタイルが良くないのだと

小学校の高学年から
ダイエットに励み
と言っても
いい子ちゃんなので
過激な流行りの方法には
飛びつかない。笑
マラソンとか
地道にしてた。

あとは暗い性格さえ
変えれば
良いのだと思い込み

思春期は
そんなことばかり
考えてた氣がします。

人のことを注意深く観察し
相手を否定しない在り方やら
嫌われないようにすることに
自分の全集中を注いだ。

それでも
「変わっていない自分」に
氣づくと
まだまだだと思い
自分を追いつめてきた。

人の役に立つ、
というのも

なんのためかは
わからないけど
たぶん
いい子ちゃんを
目指してた延長で
やらなきゃならない、と
いつからか
強く思い込んできた。

人の役に立ちたいと
口では言いながら

人の陰に
隠れているようなわたしが
人の役に立てるわけもない!
これまた思い込み

人の役に立てている、
(と、わたしが思う人)人を
うらやんだりした。

今思えば
非常にもったいない時間を
浪費してきました。

でもねぇ

今となっては
必要な時間だったのだろうとも
思います。

いい人で在りたい
人の役に立ちたい

いい人でなければ
人の役に立たなければ
意味がない

という想いに
あそこまで
囚われてしまったのは

過去世とかでは
相当人に迷惑をかけたから
その償いをしないとならない、
とか思ったのかもしれません。

いや、
知らんけど笑。

でもその後
福祉を学び
特別支援学校の教員を
長年やってきて

そのあとも
キネシオロジーのセラピーを
人に対して提供するなどして

きっと

過去世からの服役?笑を
自分の中では
やり切った。

だから今は
教育の業界にも居ないし
セラピーも
そこまでやってない。
ブログのタイトルも
変えないとなぁ
と思いながら
なんかそのままですが笑

長いこと
ずるずるずるずる

天職ではないことに
こだわっていた時期も
ありましたけど
それも数年前の話。

今は
肩の力が抜けてます。

人に会いたくないときは
会わなくていいし

別に好かれるように
生きなくていいわけ。

最初は抵抗あったけど
もうどんどん
楽になっていってね。
コロナ禍が
間違いなく
加速させたよね笑

そしたら
面白いことに最近はね

引っ込み思案で
人の陰に隠れて
親以外とは
会話出来なかった
小さいわたしのことまで

かわいいよね爆笑

って思い直したの。

ほんと
暗くて大嫌いな
自分だったから

もう二度とは
あの頃には戻りたくないし
抹消したい過去だった。

だけど
今となっては

あの頃のわたしが
今のままでいいよ、
って
自分を認めていたら
どんな大人だったんだ?
きっと魅力的だったろうなぁ

と思えるのよね爆笑

あんな暗かったのに
アリアリ!って
認めちゃうって

うーん
ここまで来たか☆
って感じ!

小さい頃の自分には
今の自分が
自分らしく生きるための
ヒントがたくさんあるって
聞いたことあるけど

完全に
小さい頃を否定してたし
わかるわけないわって
思ってたのですが

ようやく
なるほどぉって
思えるようになった。

わたし的には
もう死ぬみたいな
感じだけど笑

いつ死んでもいい

そこを自分で許容できると

限りない
自由が待っている。

小さい頃の自分が
嫌いで嫌いでたまらない
今も親が許せない

という方も
たくさんいるかなと
思うのですが

わたしたち世代は特に
(アラフィフ、
アラカン、アラフォーも
ギリギリ入るかな笑)

親や社会からのしがらみ
思い込み刷り込みが
あまりに多くて
多すぎて!

ほんとの自分の姿が
隠れて
見えなくなって
しまっている。

そんな人が
多いよなーって思うんだ。

そして
ほんとの自分の姿が
見えなくなっているの。

わたしたちが
なんで「今」を選んで
生まれてきたのか?

という
少し大きな視点から観ると

思い込み
刷り込みに
まみれて生きる
そんな生き方

これも
「今生きてる」を選んでる以上

コミコミパッケージプランの
うちに入っちゃっては
いると思うんですけどね。
そう考えると
思い込み刷り込みは
見つけたら
かわいいなぁと思ってしまう
今日この頃、、、

ぶっちゃけ
どう生きたって
いいんだけど!笑

わたしは
こんな話を
笑いながら
出来る人が大好きラブ