◇大学を卒業してすぐに大阪府T市立Y中学校の英語科教師になった。教師として迎えた初めての夏休みも半ばを過ぎた頃、先輩のH先生が「穂高に登りに行かへんか?」と声をかけてくださった。H先生は趣味の写真を撮るために毎夏北アルプスに登ってはった。
本格的な登山は未経験だったが喜んで連れて行ってもらうことに。ザックと登山靴は神戸の兄に借りた。松本から新島々まで電車に乗り、バスで上高地へ。梓川沿いを歩いて横尾で一泊。2日目は涸沢からザイテングラードの残雪を見ながら穂高岳山荘へ。3日目の明け方には雲海の果てに御来光を見て、いよいよ3190mの奥穂高岳へ。重いザックを担いでほぼ直角のはしごを登るのは怖かったがなんとか登り、吊り尾根を縦走。H先生に目の前にある迫力いっぱいの岩稜が「ジャンダルム」という名前だと教えてもらったりして奥穂高岳頂上へ。その後、岳沢の急な下りを経て上高地へ。「上高地は初めて」と話すとH先生は1泊して遊ばせてくれはった。まだ枯れ木がたくさん残っていた大正池でボートに乗ったりして、「日本にこんないい所があるのか」と思ったのを覚えている。
初めての山行き以前は、危なかったりしんどい思いをしてなんで登山をするのかと思っていたが、晴天に恵まれたこともあって1回の登山で北アルプスに魅了された。
◇その後自前のザックと靴も買って、槍ヶ岳、燕岳、立山、白馬岳などへ登った。今は脚が不自由になったので登山は出来ないが、若い頃の経験があるのでテレビの山番組も楽しめている。
H先生には仕事はもちろん、絵やジャズについてもたくさん教えていただき、ヌードの撮影会にも連れて行ってもらったこともあった。エアコンのついてないH先生の車で先生のマンションへ行き、麻雀もした。私が勝つと「麻雀学部卒業やろ!」と言われた事も懐かしい。公私ともに「あんな風になれたら・・・」と思っていたが、早期退職後にがんで亡くなられた。そんな事を思い出しながら、写真を見て上高地の河童橋を描いた。
