◇コロナ禍以外にもいろんな事があって気分が沈む日々が続いている。

  そんな時に最初に受け持った教え子が、今年も福島から葡萄をたくさん送ってくれた。

◇担当教科の英語だけ教えたら、夏休み、冬休み、春休みもあるから楽だろうと思ってなった教員だったが、とんでもない勘違いで、4月1日から連日朝から夜まで職員会議、学年会議、教科会議、係の会議が続き、おまけに担任業務もある。「こんなはずではなかったのに・・・」と思う頃には十分な心の準備もないままに子どもたちの前に立っていた。

 英語はなんとかなった?が、それ以外の道徳や特活の授業では何をやったらいいのかもわからず隣のクラスの様子を見に行ったり、今思うと顔から火が出るような事をしていた。土曜日も4時間授業があった時代で、私の持ち時間数は28h。中1と2年を3クラスずつ週4時間の授業。月曜日は6時間連続、木曜日は7時間連続、昼は生徒だった頃大嫌いだった給食の指導もあった。担任として残すわけにいかず・・・。退職した今では、そんな事も懐かしく思われる。

 

◇気分が落ち込む時こそ好きな絵を描いたらいいのでは、と思ってネットの写真を見てオーストラリア・メルボルンの路面電車を描く。子どもの頃は大阪市内に住んでいたので市電に乗ることもあった。5年になる時に同じ市内だったが転居した。転校したらいいのに、そう好きでもなかった元の学校に市電で通った。

 ある朝、理由は覚えてないが市電が途中で止まり、走って学校まで行ったことがあった。日本一長いと言われる天神橋商店街を天六から南森町まで走ったのだから今では考えられない。市電の中に鞄を置き忘れたこともあった。市電を降りてから気づき、一緒に通っていた姉に「早よ、追いかけ!」と言われ、かなり走った所の停留所で追いついて鞄を取り戻した。