重装甲巨砲巡視船にて支那撃退を | 日本國人

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令和元年・紀元2679年10月1日開始。

 支那が、我が國の南西諸島石垣市に屬する、尖閣諸島周邊において、ますますその動きを増長させているようである。つい先日は、我が國の海上保安庁にあたる、支那海警の船が、領海を侵犯した上に、「砲らしきものを搭載」していたということがあったのだとか。

 我が國の海上保安庁が、様々な制約の中、頑張っていらっしゃるおかげで、今のところはなんとか侵略を防げているようであるが、もちろん、このままというわけにはいかない。現状のままでおれば、支那は、益々増長してくるのは必定である。詳しいことはわからぬが、砲と言うからには、ある程度以上の、いわゆる大砲なのであろう。

 海上保安庁にも、30~40ミリ機關砲を搭載した巡視船もあるようだが、支那の船が装備していた砲は、「機關砲」と言わずに「砲」と言うからには、もっと大口径のものなのであろう。海上自衛隊の護衛艦が装備している、76ミリ砲位のものであろうか。

 だとすれば、由々しきことである。早急に、我が國の海上保安庁巡視船にも、同等以上の砲を装備させるとともに、それまでのつなぎとして、海上自衛隊護衛艦も、いざというときのため、近海に控えておいて頂かねばなるまい。現状でも、海上保安庁は、不利な状況にあっても、頑張って頂けるかもしれぬが、いつまでも不利な装備にて、無駄な危険に曝され續けさせるわけにはいかぬし、おそらく、支那海警は、益々その装備も増長させてくるだろう。

 さらには、最近、支那は、海警法なるものを改訂して、武器使用・武力行使を許可しているのである。何をやらかしてくるかわからぬと言わねばなるまい。

 こういう状況下では、第二次世界大戰では我が國主導にて時代遅れ呼ばわりされたが、大艦巨砲主義で行くのが良いのではなかろうか。支那がたとえ砲撃してきたとしても、耐えうる装甲をそなえ、反撃できる砲もつけるのである。インターネット上では、以前より、巡視船「やまと」の画像もあるが、あながちこれは、無用でもないかもしれぬと、益々思えてくる。

 もっとも、本當に、この、戰艦「大和」と同じ大きさの巡視船が必要ではないだろうし、とりあえずは、昔の巡洋艦程度の船で良いと思われるが、一万トン程度で、15~20センチ砲を備え、同等程度の砲撃に耐えうる装甲を備えた巡視船は、有用なのではなかろうか。

 それとともに、法の整備も早急に行わねばならぬだろう。同時に、法の整備は即座にはできぬであろうから、海上保安庁や海上自衛隊が、國防のために、現行法的には”ビミョー”なことをしたとしても、それは罪として問わぬ、むしろそういう壮擧を應援するような、國民の空氣をも、醸成していくことが必要であろう。

 

令和三年 紀元二六八一年 二月一八日