幼・保一元化を考える④
昨年8月中旬の金曜日、突然私の携帯電話に区役所の保育課から電話が入りました。
「娘の保育園中途入園が決定した」、というのです。
娘に関しては、保育園に空きが出て、更に多くの待機児童の中からうちが選ばれる可能性は限りなく低いだろう、とほぼ諦観していたため大変驚きました。
「では、9月から入園でいいですね」
保育課の職員が言います。
しかし、まだ夫にも話せていないし、とりあえず娘は幼稚園(認定子ども園)に通い、やっと慣れてきた頃です。
「一応、娘の気持ちも聞きたいし、夫ととも話したいので、2・3日待って頂けますか」
そう言うと、「辞退する可能性があるってことですか?」と責めるように言われたので、「いえ、そういうわけではありませんが、今うかがったばかりで私の独断で今お返事するのはためらわれるので…」とやりとりし、週明け月曜日の午前中に正式な回答をして欲しい、という結論になりました。
保育園は突然親御さんの転勤などが決まるらしく、空きの通知はかなり急になることと、区役所としては、娘を9月から入園させるとなると相応の手続き期間が必要だった、という事情はあったらしいです。
しかしこちらからすれば、4月の保育園入園が叶わなかったから、仕方なく認定子ども園付帯の私立幼稚園に入園させたわけです。
受験料や入園料、制服やかばん類などの経費に20万円近く出費し、プラス5ヶ月間とはいえ月々かなり高額な保育料を払ってきているのです。
ドブに捨てるも同然です。
保育園には勿論入りたいけれど、少しの気持ちの整理と心の準備期間を必要とするのは当然ではないかと思いました。
そんなわけで、発熱は相変わらず繰り返すものの、今は二人とも元気に保育園に通っています。
幼稚園とは異なり同じような家庭環境のお子さんばかりで肩身の狭さが解消されたせいか、成長したせいか、行き渋りがちで、幼稚園ではどこか萎縮していた娘は見違えるほど生き生きと保育園生活を愉しんでいます。
今、保育園待機児童解消のために、続々と急ごしらえの保育施設が設置され、幼稚園と保育園の機能を兼ね備えた「幼・保一元化」も叫ばれ始めました。
自身と友人達の経験から、待機児童解消政策施行にあたっては、以下のことに充分な配慮が必要ではないかと私は考えます。
いくら待機児童解消のためといっても、長時間、ただ預かってくれる機関をむやみに増やすのは、子どものためになりません。
例外もありますが、幼稚園は物理的な制約から「短時間の教育」に重点がおかれ、それ以外の例えば「おでかけ」や「食事・おやつ」「リラックスしてお昼寝のできる環境作り」などは、各自の家(お母さん)の役割、という概念です。
ところが、お母さんに仕事があって朝から晩までどこかの園で過す子ども達が必要とするのは「温かい手作りの食事やおやつ」であり、「あちこちへのお出かけ」であり、「安心してお昼寝できるお布団とお部屋」なのです。
きちんとした保育園は、こうした子ども達の「生活の場」がちゃんと整えられています。
音楽家である友人の子どもは保育園に入れず、やむなく区が急ごしらえで設置した保育所に預けています。
園庭もなく、一部屋の狭い空間で十数人の子供たちが一日中過します。
どう考えても、良い環境とは思えません。
子どもを持つ母親が仕事をするために子どもをどこかに預けることに関しての是非を言う方々も未だにいます。
しかし、ここまで仕事をする母親が増加しているということは、やはり、お金のためにせよ生きがいにせよ、「仕事」は「家事・育児」とは異なる魅力があるのではないでしょうか。
そもそも、一昔前は「女性は家の中」が当然の社会でした。
そういう人生が本当に女性にとり幸せだったのなら、今、苦労して家庭と仕事の両立に四苦八苦する女性はこんなに増えなかったでしょう。
私自身も、仕事の醍醐味と家族の大切さは、まったく異質なものだと実感しています。
だから、安心して働きながら育児のできる社会になって欲しい。
母親が仕事をしていたら時間的にはまず子どもを通わせることのできない「幼稚園」と、子どもの生活の場を提供してくださる「保育園」の一体化を進めるならば、まず、それぞれの児童数・職員数をほぼ同数にしないと、子どもは、うちの娘が体験したような、一見わかりにくい不利益を被ることになります。
娘は、幼稚園では「可哀想な子」だったのです。
娘の幼稚園は、幼稚園としてはとてもよい幼稚園でした。
ですが立場の違いで、概してマイノリティーは不利益を被りやすいのです。
相手はまだよく話もできない幼い子供達ですから、事前に大人は精一杯の配慮をすべきでしょう。
子どもを幼稚園に通わせる専業主婦のお母さん達と、仕事を持つ保育園のお母さん達の生態も、当然のことながらやはりかなり異なります。
恐らく、幼稚園の先生方と保育園の先生方の概念もかなり違うのではないかと感じます。
幼・保一元化の際は、この辺りの事情も考慮し、両者が上手にやっていく工夫をする必要もあるのではないでしょうか。
なにやかやの影響をもろに受けるのは子どもたちなので、どんな家庭の子どもも、等しく幸せで意義のある毎日が送れるような育児政策を考えていきたいものです。