猿も堪能 68歳女性
昔、村の小学校までは歩いて小一時間かかった。
冬場はつらかった…雪はめったに降らないが、連日霜が降りるからだ。
そんな日はお年寄りが、あちこちで焚き火をした。
時には栗を焼き、新聞紙に包んで持たせてくれた。
懐炉代わりに懐に入れ、道々食べた。
ある朝、道の先に焚き火が見えた…赤いはんてん姿で、火にあたるのは米屋のばあちゃんかと思いきや、彼女が飼う猿だった。
畑を荒らす猿たちは嫌われていたが、親からはぐれた子猿を飼う人もいたのだ。
今は、火の用心のためか、煙や臭いが嫌われたのか、焚き火もとんと見かけない。
あの頃、お年寄りたちは、焚き火のことを「火のごちそう」と呼んでいた。
そういう時代はもう遠くなったのだろう‼︎
農村の広い土地で枯れ葉等を燃やす風景はたまに見るが…住宅街で焚き火などしたら通報される(笑)
鹿児島の故郷では、小学校への道…周りは畑でサツマイモばかりだった。
収穫後、つるは燃やすがそこに付いていた小さな焼き芋を頬張ったものだ…懐かしいなぁ。
鹿児島の友人に送った羽子板
島津いろは歌「か」
『学問はあしたの潮のひるまにも なみのよるこそ なお静かなれ』
学門をするには朝も昼も間断なく修めなければならない。夜が一番いい。





