遠い常任理入り 新聞記事
第二次世界大戦で敗れた日本は、独立国としての主権を回復した1952年のサンフランシスコ講和条約の発効を経て、56年に国連に加盟。
高度経済成長を遂げ、80年代に国連分担金で米国に次ぐ2位に。
カンボジアや南スーダンへの自衛隊派遣を通じ停戦監視やインフラ整備に貢献し、国際社会の信頼を築いてきた。
2023年には非常任理事国として加盟国中で最多となる12回目の安保理入りを果たすなど、国連の舞台で存在感を示してきたが、近年は陰りも見える。
日本の分担金は中国に抜かれ、3位に後退。
次回の非常任理事国入りは、早くて33年の見通し。
(自国の利益のため安保理入りを目指す国が増えた)
日本、ドイツ、ブラジル、インドの4カ国は、常任理事国入りを含む安保理改革を訴えてきた。
昨年9月の「未来サミット」で採択された首脳急の成果文書には、安保理改革が「緊急の課題」と明記された。
ただ、日本の常任理事国入りは、中国などの反対で実現は難しいのが実情だ。
分担金だけ多く払い…何の権限もなく発言もできない日本。
紛争地域の解決、異常気象の対策、飢餓の危機にある子どもたちの保護…国連が迅速ならそれでもいい…
でも、何の動きもなく自国の利益のみに走る理事国…日本は分担金を中国、ロシアに回せばいい。
「好き勝手に振る舞うお前らが払え」と。
桜島
懐かしい再会 69歳女性
先日、買い物をした時の帰り際、店員さんに「先生をしておられましたか?」と聞かれた。
「勉強を教えてもらっていたんです…」
どうやら三十数年前の生徒さん・・・
子どもらと関わりがなくなり、親の介護で疲れていた心に明るい光が差し込んだ。
「幸せな人生を歩んでこられたようですね」と話すと「いいえ、どん底も味わいました。人生色々あります」と柔らかな笑み…
立派に生きていると感じホッとした。
覚えてくれていて教師冥利に尽きる時間だった。
嬉しかったでしょうね‼︎
僕も空港(新千歳、羽田、成田、伊丹、福岡、鹿児島)で、懐かしい顔に会うことがあります。
「あら…元気」「おう…元気」…のような会話だけど、当時がよみがえります。
刈り入れ前のひまわり





