結婚と子育て

就職を目指し活動する女子大生は結婚の次に想定する仕事と育児の両立が大きな壁と感じる。

「結婚したいし仕事も続けたい。だが、両立が難しいなら結婚や子どもは諦めざるを得ない」

「フルに働きながら子育てをしたいが収入が減る時短勤務でないと両立できそうにない」と不安‼︎

子育てへの不安が未婚化に影響している。

「若い女性は出産や子育てをやりなおしのきかないリスクと感じるようになった」

出産、育児で無職になり、再就職しても低賃金の非正規就業

正社員で育児をする夫婦も夫の長時間労働などで依然として育児・家事が女性に偏る。

20〜40の男女の意識「自国が子育てしやすい国だ」と思う日本人38%、スウェーデンは97%。

「若い世代は『子どもは自分より豊かに過ごせない』と考え、結婚や出産をためらっている」

教育熱高く、教育費などの経済的負担感強いことが共通する。

「日本は子育の理想像が高く、経済的負担感や子育てのハードルで結婚に意欲を持たない人が増えた」

丁寧に聞き、子どもを産み育てたいという希望を持てる社会にしていく必要がある‼︎

 

現実大変なことは100も承知している…

収入の差はあると思う、それは仕方ない…(個人の責任)

この人とならとお互いに好きになり結婚し、子どもを育てる…

理想は高し道険し…

でも、子どもを囲む笑顔の家族というのを現実的になぜ見れないのか?

たまの休み…子どもを抱っこして公園を歩けばいいじゃないか…単純に生きられないのか‼︎

不思議だ

 

美味しかった久しぶりの鍋焼きうどん

食生活 発酵学者

戦後の復興とともに育った。

1950年代、小学生になってから好んで食べたのはクジラでした。

戦中、戦後に食料として確保できる動物性たんぱく源だったので、広く食べられていました。

七輪で焼き、塩や醤油をつけて食べるのはもちろん、好きだったのはみそ漬け。

一口食べると脂がジュワッとしみ出します。

思い出すとよだれが出ます。

カレーライスの具など、何にでも使われていました。

福島で育った私は給食の経験はありません。

弁当を持って通学していました。

持ってこられない同級生には分け合うのが当たり前でした。

食生活が大きく変わったのは中学生になってから。

一番の衝撃は、家庭に広がった市販のマヨネーズ。

キュウリにつけるといいというので…本当に美味しかった。

おかげで野菜がたくさん食べられた。

夢中になったのは、50年代に広く流通するようになった魚肉ソーセージ。

日本の大発明です…

50年代後半に登場したインスタントラーメンと合わせて食べていた。

お湯をかければ、ラーメンができあがるわけですから、ここに薄切りにした魚肉ソーセージを加えて夢中で食べました。

小学生の頃は自分で山や川から食材を確保することもありましたが、高度成長期に突入した中学生の頃には、日々新しい食べ物が登場していました。

食生活は栄養的な意味で豊かになり、食文化も大きく変わりました。

一方で、大豆や発酵食品などの伝統的な食文化の方は後退したように思う。

食文化の変遷や食を通して人生をたどることは、自らの食生活を見直すきっかけになると思います。

 

インスタントラーメンとソーセージ…今でもしっかり自分の中の一部だ(V)

 

閣僚会議テーマ

基本方針

外国人受け入れに関する基本的な考え方

ルールの順守、適正化

外国人犯罪への厳正な対応

不法滞在者対策の推進

社会保険料の未納があった外国人に対する在留資格審査の厳格化

外国の運転免許を日本の免許に切り替える手続きの厳格化

オーバーツーリズム(観光公害)対策や民泊の適切な運営

土地取得

国外居住者による不動産取得の把握

外国人の土地取得による安全保障への影響

 

札幌 ミュンヘン大橋から藻岩山

 

排外主義とは一線を画しつつ、政府として毅然と対応する。

外国人に既存のルールを順守してもらう取り組みや、外国人による土地取得のあり方を含めた国土の適切な管理などについて検討。

オーバーツーリズムや不法滞在者への対策も議論。

防衛関連施設周辺の外国人による土地取得などを念頭に、安全保障面での影響や対策の検討。

外国人の国民健康保険の保険料の未納付を防ぐため、出入国在留管理庁と情報共有する…

滞納者は在留資格の変更や更新を認めない方針。

「秩序ある共生社会を実現する観点から社会保障制度の適正利用を推進」

外国人による不動産取得は、土地や住宅の価格が高騰する原因…登記情報を活用し、外国人の実態調査を進める。

 

これだけのこと…歴代政権は何をしてきたのだろう。

中国人など…やりたい放題‼︎

日本人と同じ感覚でいる人は、ごくわずか。

日本を馬鹿にして舐め切った連中が大半を占める…

基本は締め出せばいい‼︎

今朝のバラ

 

人生相談 70代女性

嫁ぎ先で義父や義姉に言われ続けた心無い言葉が、亡くなって20年以上経っても、怒りと悔しさ、やるせない気持ちを抱えている…

辛くても実家には頼れず、歯を食いしばって耐えました…

働かずに遊び歩く夫を憎みましたが…10年ほど前に他界…

娘は「もう忘れて人生を楽しめば」と言いますが…

ふと思い出してしまう‼︎

どうしたらいいか?

 

秋の色

 

この相談に対して 人生案内

長い間、嫁ぎ先で頑張っていらしたのですね。

20年たっても忘れられないのは、つらい気持ちをひとりで抱えていたから…

夫も味方になってくれず、分け合う人や受け止めてくれる場所がないまま時が過ぎてしまったから…

心の奥に抑え込んだ思いを言葉に変えてみることを勧めます。

かっての記憶が頭に浮かんだら、ノートに当時の悔しさや理不尽さ、怒りを思いっきり書き出してください。

そのあと、「つらかったよね」「本当にひどい環境でよく頑張った」「味方がいなくて大変だったね」などと、若い頃のあなたに声をかけてください。

義父の人間的な未熟さ理不尽な言葉になっていた可能性もあります。

過去は変えられませんが、過去に対する感じ方を変えることはできます。

娘さんは、あなたの味方…一緒に過ごす時間を作り、これからの人生を十分楽しんで…

 

過去の怒りが頭に浮かんだら、かっての記憶を書き出す…そしてその時の自分に励ましの声をかける…

なかなか良い案内だと思う。

昭和の教え…「子供のために耐えなさい…我慢しなさい」そんな風潮‼︎

今じゃ考えられないだろうが…事実だ。

「過去は変えられないが…未来は変えられる」というが、よっぽどの行動を起こさない限り、今までの自分を維持するのが精一杯だと思う(笑)

それなら、怒りを忘れられなくても「あれはあれで良かったんだ…自分の希望だった」と納得して、負でなく正にすること‼︎

残りの人生は超特急で進む…優しさも愛情もないクソジジのことで時間を無駄にすることなど…それこそ失敗の人生になる⁉️

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