おはようございます。
桜水現実(オースイうつつ)です。

昨夜は珍しくあまりよく眠れませんでした。

だいたいお布団に入ると、
かなりの確率でとても幸せな気持ちになり、
とろとろと溶けていくのですが、

昨日は、なんだか目が冴えて、
暗い天井を長い間見つめていました。

私は小さな頃、喘息の発作をたびたび起こしていました。

夜中に目を開けると、雨漏りでついた天井のシミが、黒く濃く見えて、

あー、今は夜中なんだな。

そう思いながら、自分の息遣いのヒューヒューと言う音を聞いていました。

岩場の隙間をぬって走ろうとする風のような音で、その音が自分の喉から鳴り始めると、

ひどくさみしい気持ちになったものです。

What’s the meaning of life? 
(人生の意味は何か?)

昨夜は、暗闇の中で、急にこのフレーズが浮かびました。

別に哲学的思考にはまってたわけではなく(笑)

昔見た「セントエルモスファイヤー」と言う映画を思い出したからです。

某有名大学(それは風景からジョージタウン大学と言うことがわかるのですが)の卒業式から始まる映画で、

卒業生たちがその後の進路や生き方を模索して生きていく姿を描いている映画です。

卒業生たちが合言葉に使っているフレーズ。

それが「人生の意味は何か?」。

What’s the meaning of life?

ある者は、ドラッグに染まったり、
ある者は恋愛に溺れたり、仕事にはまっていったり、
家族関係に悩んだり、、、

彼らの試行錯誤と悩みもがく姿、
それから、拙いもの同士で、
助け合う姿があるのですが、

その背後に、まるで救いのようにして、
デービッド・フォスターの清々しい突き抜けた音楽が流れます。

ちょうど私もその頃大学に通っており、
仲間たちとその映画を見て、いろいろ考えてたりしていました。

そんなに深刻ではありませんでしたが、

いま振り返ると、充分に不安定で、
愛を探し続けており、
手に入らないことに対して、
自分には何か足りないからだと思っていました。

何かをしなくては、と思いながら、
何をしていいのかも分からず、
何かや誰かに埋めてもらおうとしていたような気がします。

あの頃の私に言ってあげたいな、と思います。

あんまり「意味」なんて考えなくていいから、

その日その日を自分を大切にして生きていれば、
「意味」を成していくんだよ、と。

結局、根本を見てみると、
「幸せになりたい」とただ願っていたのだと思います。

そして、幸せになることが、

何か外側のものを成し得ることだと思っていたような気がします。

今でも、デービッド・フォスターの音楽が時々流れているのを聴くと、

心が、少しぎゅっと縮まります。

明るく友と話しても話しても、
どうしても拭えなかった不安。
不安が作り上げていた孤独感に
耐えていた時の自分をふと思い出します。

自分はだめだ、だめだ、、、

なんて自分に言って、もっと頑張らせようとしていた自分を思い出します。

本当の自分との対話は、
もっと愛あるものであるべきだったのに。

若かったなー。

なんて、苦笑いしながら、

でもあの頃の自分の持っていた一途さや潔癖さが、
また別の意味で眩しく思うのです。

あの頃の私はたしかに今の私を支えてくれていて、
今の私のかわりに、堂々巡りを続けてくれていた。

その事に、とても感謝する思いがあります。

幸せになりたい。

そう思って模索していたはずの昔を振り返ると、
いまは不思議なことに「幸せだったな」と思います。

父もまだ生きていましたし、
母も若く、病気はしていませんでした。
目標に向かって少々乱射気味(笑)だった兄たちも、それだけのエネルギーがありました。

私も、友も、無邪気な喜びをたくさんその日その日に見出していました。

幸せは、感じるもの。

それを過去の自分が私に今、教えてくれています。

無駄にした時間は、
あるようで、全くないのですね。

そんなことを考えながら、
真夜中に過去と現在を行ったり来たりしていたら、

いつのまにか眠っていました(笑)


☆☆ 


今度「幸せ」をテーマにお話し会をさせて頂きます→「幸せのための4つの新しい秘訣」

皆さんは、「幸せ」にどんな思いがあるのかも、
聞かせてください。



うつつ






★こちらがそのサウンドトラック★