・・・・・・音楽が聞こえる。
なんだっけ、この曲。あ、携帯のアラームだ。
あぁでも、もう少しだけ。このまま目をつむっていたい。
・・・・・・・心地いい夢。大空にかかる、七色の――・・・・・。
「泉穂!いいかげん目覚まし止めなさい!」
お母さんの怒鳴り声で、虹は泡のように消えていった。
パチン。
「まったくもう。若い娘がせっかくの日曜に、なさけない」
あたしはヌボーッとした動作で体をおこす。
携帯のアラームをとめて、習慣的にメールをチェックすると、新着が一件あった。
【ごめーん。昨日の夜から熱でちゃって。今日キャンセルいい?】
送り主は、一緒に遊ぶ予定だったモカだ。
あたしはすぐに返事を打ち始める。
【そっかぁ~~(汗) 大丈夫?心配だぁ。お大事にね♪】
「・・・・よく言うよ」
低くぼやきながら、送信。
メールってウソがつきやすくて便利だよなぁ、お互いに。
布団の上に投げるように携帯をおいて、ベッドをおりた。
そしてあくびをしながら、カーテンを少しだけめくり、お隣をのぞいてみた。
昨日、あの男の子がいた窓。
・・・・今日は閉じてるんだ。
実はあれは夢でした。って言われれば納得できちゃう気がする。
夢オチ。しょーもないあたしの人生にピッタリじゃん。はは。
あたしはカーテンを閉めて、部屋をでた。
一階に下りると、リビングからお母さんと弟の声が聞こえてきた。
「ノゾム~。これ、お隣さんにもってってくれない?」
「え~。今ゲームやってんのにぃ」
「ちょっとはお手伝いしなさいよぉ。――あ、泉穂」
ドアを閉めたあたしに、お母さんの目キラッと光る。
「ちょうどよかった。あんたにお願いするわ」
「・・・・は?」
隣の家を訪れるなんて、何年ぶりだろう。
おすそわけのチーズタルトを持ったあたしは、ドキドキしながらチャイムをおした。
いや、ちょっと待て、あたし。ドキドキする必要とかなくね?全然なくね?うん、ない。
つーか、さっきからチャイム鳴らしてんのに、おっそいなぁ。もしかして留守なのかなぁ。
いっこうに開かないドアとにらめっこしながら、あたしはさっきのお母さんとの会話を回想した。
『あの、さぁ。お隣さんといえば、昨日、知らない男の子を見たんだけど・・・・』
家をでる直前、しらじらしくそう尋ねたあたしに、お母さんは口をあんぐりとあけた。
『知らないって、あんたねぇ。お隣の長谷川さんち、この春から娘さん夫婦が同居始めたのは知ってるでしょ?』
『え、うん』
『その子供も一緒に越してきたこと、前に言ったじゃない』
『・・・・そうだっけ』
『あきれた』
あたしも自分であきれた。
言われてみればたしかに、そんな話を聞いた・・・・きもするけど。
でも、ご近所さんのことなんか、ほとんど気にしてなかったもんなぁ。
『――アキ君よ』
唐突に、お母さんが言った。
『え?』
『あんたが見た男の子の名前。娘さん夫婦の一人息子の、橘 アキ君』
初めて耳にしたその響きが、すとんと胸に落ちた。
たちばな、あき。
開かずの窓から突然現れた男の子。あたしに、とびきりキレイな虹を見せてくれた――・・・。
――ガチャン、といきなり目の前でドアが開き、あたしはハッとわれに返った。
「あ・・・・・っ」
ドア板のむこうから現れたのは、橘 アキ本人だった。
「こっこんにちは!隣の、南ですけど・・・っ」
うわぁ、大失敗っ。思いっきり声うらがえったし。
「はい?」
舞い上がるあたしとは裏腹に、彼は無表情で小首をかしげる。
その顔があまりに美しすぎて、危うくブッ倒れるとこだった。
なにこの破壊力バツグンの美貌。新手のテロか?普通のイケメンなら今まで見たことあるけど、キレイすぎてビビるレベルなんて初めてだ。
磨きぬかれたガラス細工みたいな目鼻立ち。
うらやましいくらい華奢な体。
片手でつかめちゃいそうな小さい頭を、薄茶色のネコっ毛がふわっと包んで・・・。
って。見惚れてる場合じゃねーし!
「あのこれっ、チーズタルトなんだけど」
「・・・」
「もし、よかったら・・・・・」
「・・・」
「食べ、て・・・ください」
続く