アニメ『四月は君の嘘』
「四月は君の嘘」フィナーレイベント (完全生産限定版) [Blu-ray]/花江夏樹,種田梨沙,佐倉綾音¥6,480Amazon.co.jp「四月は君の嘘」というアニメを見た。三日ほどかけて。泣いた。なんでこんなすごいのを見てなかったんだろう、名前だけは聞き覚えがあるから「のだめ」の亜流と思ってスルーしていたんだな。ストーリーはすごい王道だ、三角関係に、ヒロインの病気に、もうピアノに触れられないかつての天才。お腹いっぱいになるくらいに陳腐だ。なのに、ここでピアニストたちが死に物狂いに、おのおのの人生を、今の一瞬がすべてのように、燃やし尽くしていくさまがあまりにまぶしくて涙が止まらなくなる。残り少ない人生すべてをかけて周りの人の中に自分の存在を残そうと燃え続けるヒロインと、それに感化される主人公とそのライバルたち、こんな人生を送らないといけない。幼少期にこんな出会いがあればなあと思う反面、こんな苦痛を味わいたくはなかったなとも思う。それ以前に、実演者としてはスタート位置にすら立てなかった気しかしない。我が身を振り返ると、たった4分間に自分の存在の全てを集約して全否定されるかもしれない俎上に乗せるなんてことをしていない。知らず知らずのうちに、というか十分に意識しながら、周りの人の生活者としての能力の低さに嘆き、まずは生きなければということばかり考えるようになった。 別にそれを否定する気はさらさらないし、このピアニストたちみたく自分のすべてをステージにぶつけられるような人であるためには、まずはいらぬ心労を減らすことが先決だろう。でも、それでも、自分の知らない世界をこれほどまでに美しく見せつけられると、もう羨ましくて。今に見ていろよと、自分のやりかけのことへ目を輝かせながら戻る。そういう作品ってまだまだあるんだなと思った。今からピアノをやることはできないけど、せめて平凡な鑑賞者になりたい。音楽で人に喜んでもらいたいという口で言うことはたやすいけれども、そのためには自分の全存在がその数分間に限って言えば、ピアノしかないという状態にまで数週間かけて追い込んで、完璧に叩き込まれた楽譜の上でのみ許される、完全な自由においてしかそれはできない。そんな残酷な現実を突きつけられると、魅了される反面、おそれをなして逃げ出したくなる。ところで、これは音楽についてなのかというとよくわからない。音楽についてはまったく無知なので、演奏者の感情が実際に完璧に楽譜通り惹かれているのに演奏に反映されるのかとは知らない。 むしろ、僕が感動したのは、音楽と絵とそして陳腐なはずの文学が組み合わさってなんでこうもすごいものが生み出されてしまうのかというところなのかもしれない。19世紀の文学とかは一生懸命絵画や音楽との交感を企てるのだけれども、それはほとんどの人には理解されないし、おそらく選ばれた数作以外は忘却の彼方に消えていく運命にあるのだろう。でも、今なら、もう媒介がなにであるかが意識に上るまでもなく、それらの融合を表現し見ることができる。なんていい時代なんだろう。 おそらく、見たことはないけれども、19世紀後半にヨーロッパを席巻したワーグナー熱も、これに近い感覚だったにちがいない。文化ってのは祭り上げられるものじゃないんだ、こんな風に一人一人の心に取り除けぬ未知への窓を設置し、知らず知らずに群衆の一人として平凡な幸せへと埋没したがる生き方に活をいれるんだ。そう思った。