『アフリカの印象』 レーモン・ルーセル
アフリカの印象 (平凡社ライブラリー)/平凡社¥1,620Amazon.co.jp果たして、レーモン・ルーセルは20世紀文学に燦然と輝く理解されなかった大作家なのか、あるいは当時の評判通りの半ば気違いの金持ちの道楽者に過ぎないのか。 出版は1910年。この物語に現実世界と関わりのあるものは何一つ登場しない。日本語訳で読んだだけなら、誰がどう読んでも意味不明の馬鹿げたイメージの連続にしか思えないだろう。というか、フランス語で読んでもおそらくその仕掛け、創作の秘密に自力でたどり着く者は皆無だろう。ルーセルの死後に種明かし本が出てから、ようやくこの意味不明の世界の動力源が明らかになった。 そんなわけだから、この日本語訳を読んで、「ルーセルすげえ、天才だ」と言う人の9割は、ルーセルなんていう知られざる傑作を読める自分かけえ、って思っているだけのはずだ。ただ、いずれにしてもこの訳がないと、こんな意味不明の文章をフランス語で読む気力のある人などほとんどいないはずなので、困るのだが。 ただ、読後にはこんな反発心も当然強いのだが、得てしてルーセルの意味不明なイメージがのちにまで残ったりする。『ロクス・ソルス』には、確か密閉された水中を泳ぎ回る猫がいたような気がするし、同じ場面を反復する人形達がいたような気もするが、何か変な物を見た事があるという以上の明晰なものは残っていない。 それはともかく、『アフリカの印象』は前半で、奇妙奇天烈な学芸会、後半でその種明かしがなされる。そしてルーセルの死後に、その意味不明なエピソードの数々が、言葉遊びから始まっていたことが明らかにされる。それは日本語に置き換えると、小学生男子が休み時間に放つ「ねえちゃんと風呂入ってる?」とか「ぱんつくったことある?」レベルの物であって、洋の東西で言葉遊びに対する評価がこれほども違っていいものかと思ったり。 また、ポーの場合と同様に、その回顧的種明かしにどれほどの信頼を置くべきなのか、壮大な自己神話化なのか、ちゃんと読まないと分からないだろうなという印象。いずれにしても、最近になって膨大な遺稿が発見されたりしているらしいから、まだまだこれからなのだろう。