前回書いた以前所有していた橋梁企業の件です
そのとき私が所有していたのが、㈱サクラダだった。
鳴門大橋、渡良瀬橋、かつしかハーブ橋。
橋梁メーカーとして、確かな実績を持つ会社だった。
規模としては中堅ながら、安定した企業という印象があった。
だが、その会社の運命は、1991年に起きた広島新交通の橋桁落下事故によって大きく変わってしまう。
事故では、橋桁が約10メートル下の道路へ落下し、赤信号で停車していた車両などを直撃した。
橋桁上で作業していた人々や、下の道路にいた人々が巻き込まれ、14人が死亡、9人が重軽傷を負う大惨事となった。
原因は、仮受台のH型鋼を本来は井桁状に組むべきところを、同じ方向に一列に積んでしまった作業ミスだったという。
ジャッキ作業の際にバランスを崩し、桁が崩壊。
その結果、橋桁が落下した。
事故の直後、株価は当然のように暴落した。
それでも私は、すぐには売らなかった。
会社側の説明を聞きたい、そう思って持ち続けた。
その後、臨時株主総会が開かれ、以降の定時株主総会でも、会社は事故の原因や対応について説明を続けた。
遺族への補償、会社の維持、その両立のために、工場や倉庫などの不動産を売却しながら、規模を縮小してでも事業を続けようとする姿があった。
新規受注を取るために懸命に動いていた様子も、記憶に残っている。
最後の株主総会では、退職金の取り崩しまで発表された。
会社がどれほど苦しい状況にあったのかを、あらためて実感した場面だった。
事故当時の株主総会は、怒号が飛び交う大荒れだった。
しかし会を重ねるごとに参加者は減り、最後には千葉駅近くの貸し会議室で、10名ほどが席に着いて開かれるまでになった。
その会で司会進行を務める社長を見て、私はふと「こんなに小さな人だったか」と感じた。
あれほど大きく見えた企業の中心にいた人物が、いまはひどく小さく見えたのだ。
そして、2012年12月。
㈱サクラダは上場廃止となった。
私は、企業の栄光と転落、そして最後の姿までを見届けた。
株価の上下という言葉だけでは到底表せない、重く長い年月だった。
企業には、業績だけでは語れない歴史がある。
サクラダの歩みは、そのことを静かに、しかし強く教えてくれた。