最期は静かに穏やかに・・・
というのが私たちの切なる希望でしたが、そういうわけには行きませんでした。
夜中に始まったけいれんが日中は1時間おきに起きて、さらにてんかん発作も起きて座薬も使いました。
何度も何度も繰り返す発作に、私たちは泣きました。
なんでこんなにタースケを苦しめるのか。早くタースケを開放して欲しい。
お空のボンスケのところに行っていいよ
ボンスケにタースケを連れて行ってくれるように何度も頼みました。
でも、それはかなわず。
つらくてつらくて長い時間でした。
・・・
タースケが亡くなったのは、ダンナが入院する前日で、それも夕方でした。
ダンナは7月に受けた健康診断の肺のX線検査でひっかかり、精密検査するもはっきりせず
結局手術することになり、入院の翌日は手術の予定でした。
入院中や手術前後にじりじりしながらタースケの安否を気にするのは、つら過ぎる。
できるなら我が家でふたりでタースケを見送ってから入院できたら・・・
その希望をタースケはかなえてくれました。
一緒にいられるぎりぎりの時間まで一緒に過ごすことができました。
私達はふたりでタースケの最期の瞬間に立ち会えたし、午後5時過ぎだったこともあり
時間的にも余裕があったのでダンナとふたりでタースケを湯灌をすることもできました。
翌朝ダンナは泣きながら病院に向かいましたが、悲しいという気持ちだけでなく
きちんとふたりで見送れたという安堵もありました。
タースケ、長い間ありがとう。
パパさんとママさんはふたりでタースケを見送ることができました。
きっと私達がそうしたいだろうと分かっていて、それをかなえてくれのだと思います。
タースケはやっぱりすごい子でした。