襲われてしまいました。


主治医の先生によるとどうやらこの発作はパンダが非常に暇を感じたときに起こす症状のようです。

無理して手紙を書くのを我慢すると死に至る、かもしれないという恐ろしい病なのです。

今までこの発作を我慢したパンダがいないそうなのでよくわからないのですが、恐ろしい発作なのです。


そんなわけでありまして、メールではダメなのです。何が何でも直筆でないとだめなのです。

友人に送りましょうと思ったのです。

いつぞや笹をめぐって海ヘビみたいなパンダと喧嘩をしたような気がするので、ついでにそれを解決しようかと思ったのですが、

ふと疑問に思ったことがそのときの私にはあったのです。


それは、パンダなのにどうして冬に冬眠でもさせるかのような強烈な睡魔が襲ってくるのかということと、

夏はなぜああもやる気がなくなってしまうのか、ということについてなのでした。


この季節によって左右される体調の変化というのは非常にわずらわしいのです。

パンダだってやらなきゃいけないことがちょっとはあるのです。それにムラがでてしまうことは大変なのです。

思いたったが吉日という言葉がありますので、人生、いやパンダ生の先輩に尋ねてみようと思いましたので、

手紙を送るのは、長らく音沙汰のなかった祖母のパンダにしましたのです。


交流がなかったので、普通に祖母に送るなら何を書けばいいか迷う所だったのかもしれませんが、先ほど疑問に思ったことがありましたのでそれをそのまま祖母にお尋ねして、

3月18日はまだ冬のような寒さです、とか

友人のパンダがパンダインフルエンザで強制送還されて治療を受けさせられていますとか

近況報告をいくつか織り交ぜたりしまして、あとは祖母に思うことをいくつか書き連ねて郵便局に直接もって行きましたのです。


どうでもいいのですが、カフカの『変身』を本屋に注文していたのです。


手紙を書き終わったらちょうど電話がかかってきましたのでちょうどよかったのでした。

郵便局にいくついでに買うことができましたので、今日読み終わった場合は今日もう一度更新するかもしれないのです。

読み終わらなかった、もしくは読まなかった場合はしばらく先になると思うのです。






僕はいままで、自分のことに関しては怖いもの知らずでした。

このままで居る限り少なくとも己は変わりはしないだろうと思っていたのです。


しかし最近は恐ろしいことがあるのです。

この今でも少ないと思われるこの感受性、これがなくなることがとても恐ろしく感じられるのです。

頭でっかちの理屈屋になっていっているような自分が怖いのです。


それでも、そういう人物に憧れる自分がいる、これもまた恐ろしいのです。


情緒、風雅、そういうものは最近わからなくなりつつあるのです、

いつか完全に失われてしまうのではないかと思うと非常に恐ろしいわけです。


その後に存在しているであろう、理屈屋の自分というものは、

一体どうなのか、彼は人生を楽しく生きることができるのか、心配です。


他の色に染まってパンダらしからぬ色になってしまうのも恐ろしいのです。

しかし意固地になって何事も受け入れないパンダにはなりたくないのです…


若きウェルテルの悩み/ゲーテ

私が購入したのは新潮文庫のものなのですが、画像イメージが残念ながらなかったので不本意ながらこちらを貼ります。

ゲーテといえばファウストのようですが読む活力がどうにも今の私にはなかったので軽いこちらを読みました。


それでも読んで、僕は自分の行く末に不安を感じずにはいられなくなりました。そういう点では読んでよかった。

しかしこの本を読んで感じられたのは、そう、二都物語。

ウェルテルがシドニーとダーニーにだぶって見えたりしたのです。悲愛というものしか共通点がないように見えるのですが、なんでだろう。

他にも色々と登場人物が二都物語の登場人物とだぶってみえたりしました。


自殺というものは私は今まで一方的な意見しか持ち合わせていませんでした。

自殺について考えさせられたのはこの本がはじめてです。

自殺は本当に弱い人間が陥るものなのか、少し疑問に思って胸に保留しておくことにします。

いちおう書いておくのですが、私はまだ自殺は奨励しかねます。


心の豊かさについて書くに至ったのもこの本のおかげでしょう。


情熱の迸りと言われている本なのですが、まさにそのとおり。それにプラスして作者の何かが入っている本でした。


正直に言いますとあまり現時点では飲み込めませんでした。いつか分かる日がくるだろうか。





買い物で優雅にお金を使うのはいいのですが、自重したく思います。

買い物はお金を使うだけではなく、買う前に考えるという作業が楽しいのだと思うのです。

お金を湯水のように使えば私はパンダなので人間社会を追放されてしまうかもしれません。

いくらワシントン条約で保護されてたような気がする、と言っても聞く耳をもたれなければ議論の余地さえないのです。


今日は気分がいいのでもう一つブログを書きたい気分なのです。

ブログというのは感情やら思想やらを適当に垂れ流していくものだと思うのです。

なので気分が高揚していれば精神活動が活発になって変な考えがぽんぽん浮かぶはずなのです。

逆に気分が滅入っている時に考えが浮かばないというわけではなく、また変な考えがポンポン浮かぶのです。


ここまで書いてどうすればいいのかわからなくなってしまったので、夜にもう一回もはや何も関係の無いことを書きたく思います。

思うだけであって実行しないということはよくあることなのですが、今日は書く気がします。


ここまで書いて思ったのですが、私は絶対とか確実とか言い切ることができないパンダな気がします。