丸善にレモンを置いて爆破させる妄想をしてるような気分なのです。
つまり私はテロリスト。
娯楽として買い物にいくなんてわけないのです。
あれこれ考えて買い物をするのはよろしいのです、優雅なのです。
しかし、あとで使わないということが多々あるので、
テロ行為を続けるのなら無駄遣いはやめるべきなのでしょう、宮崎県知事のように。
最近のブログは便利ですね。
本の画像をわざわざ引っ張ってこなくても貼れるのですか。
ご覧のとおり人形の家。
夫の発言が妻の心を壊していく、期待がどんどん奪われていく。
最後には失望へ。
妻は夫のことばかり考えて行動をしていたのに、この結末は悲劇でしょう、それも数年来のくるべくしてきた悲劇。
一転妻のこれから、そして妻の内面的成長の点から見ればここからが始まりなのでしょう。
人間的に生きるためには必要なことだったのかもしれない。
もし、途中妻の友人の一言がなければ、あの生活は続いていたかもしれない。
しかしそれは無意識の内になってしまっていた人形としての生活。
人形が自らが人間なのに人形なのだということに気付いたとき、結局また悲劇がおこったかもしれません。
この戯曲はさまざまな可能性を孕んだ戯曲、人の後悔、あのときああしてればというのを感じさせてくれるものでした。
機会があれば見に行ってみたいものです。
イプセンは人形の家の続編的戯曲を作っているそうなので目に入ったら買うかもしれない。
