妻は細身で身体が軽く、歩くのが速い。

一方、僕はとても身軽とは言えない体型なので、妻と一緒に歩くときは、いつも付いていくのに必死だ。

6歳の娘も元気に歩きはするが、とても大人の歩幅には付いていけない。

長い道を歩くと、たいてい僕と娘が途中で落伍し、あっという間に5mは引き離されてしまう。

「ママ速すぎ!」

と、娘が不平を漏らしたところで、妻がようやく気づいて立ち止まるというのが我が家の定型的な散歩パターンだ。


幸いなことに、ALSの診断がなされた今も、妻の健脚は、変わらずに保たれている。
喋り、飲み込み、左手はとても心配だけれど。


ついさっきも、娘が、

「小学生になって、学校まで毎日歩いて通ったら、ママより速くなるかな?」

と言っていた。
ちなみに、娘の中で、僕はもう随分以前に「勝った人・自分より遅い人」として位置付けられている。



ところで、自宅からそう遠くないところに、「愛岐トンネル群」という紅葉の名所がある。

愛知県と岐阜県の県境にある、廃線になった鉄道跡地で、数キロの区間に幾つも古いトンネルが残っている場所だ。鉄道として使われたのは、明治から昭和にかけてで、近代化産業遺産の認定も受けている。

昨年のちょうど今頃、家族3人で出掛けたのだが、期待を遥かに上回る素晴らしい場所だった。

もともと山間で、紅葉が綺麗なのだけれど、それだけでなく、廃墟となって久しいトンネルが人手を離れて再び自然に飲み込まれていったような独特の雰囲気があって、その中で紅葉を見ていると、不思議な異世界感みたいなものを味わえる。

トンネルが続く数キロの区間、その異世界感を味わいつつ、保存再生委員会の方たちが途中途中に設置した展示やトンネルのイルミネーションなどを楽しみ、広場ではお弁当が売られ、その横で楽器演奏、ミニコンサートまで開かれていた。娘は、木の枝から長いロープで吊ったブランコに大喜びだった。

当時5歳の娘は、普段なら絶対に嫌がる長い距離を、結構面白がって歩いた。さすがに終端までは行けなかったが、来年も来よう、来年なら娘も歩き切れるかもと話しあった。

残念ながら整備の必要のためか、一年のうち、春と秋にそれぞれ10日間しか公開されておらず、時期を逃すと観ることが出来ない場所でもある。

今年の春にも公開時期があったが、春は歩くと暑いし、やはり紅葉のある秋にしようと言ってスルーした。



そうして、つい先日から秋の公開時期になり、明後日で公開日が終わる。

そう言えば、昨年も、全く同じこのタイミングで出掛けたのだった。


ALSの診断があってから、妻は、転ばないようにと盛んに先生に注意されている。幸い健脚を保っているが、左手は少々弱っており、転んだ時に身体を支える力が出ない恐れがある。

妻と「愛岐トンネル郡」の話をしたが、やはり転倒が恐いからやめようという話になった。

何しろ鉄道跡地なので、ゴロゴロとした敷石が今も残っていて、とにかく足場が悪い。
レールこそ取り去られているが、残った敷石は、土に埋もれたり顔を出したりしていて、ちょっと気をぬくと足を取られそうになる。

昨年、道行く人達が結構、杖持参だった意味が途中で分かり、来年は杖持参で来ようと思ったものだ。


転倒の恐れの高い場所にわざわざ出掛けるのはね…
昨年は、こんなこと考えもしなかったが。

今日の妻のブログが「転ぶな転ぶなと注意される」で、うん、そうなんだよね、と思いこの記事を打ち始めてしまった。

気持ちの記録をしておくのもいいかと思ったが、相変わらずくどくど書いて、妻には不愉快だったかもしれない。ごめん。


妻よ、我が家の健脚1位として、娘の挑戦を軽く負かし続けてください。

今年は、11月のほとんどを入院で終えてしまったけど、今週末は、もうちょい足場のいい場所で紅葉をみようね。