もう少し東南アジアの政治形成についてお付き合いください。ミャンマー軍部が暴力団で合コンとは少し言い過ぎじゃないかという方もあるでしょうが、07年にお坊さんが主導でデモったときだって僧侶や国民を惨殺したじゃないですか、日本のジャーナリストの長井健司さんも流れ弾と称し
て殺されたじゃありませんか。90年には総選挙が実施され、スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝したものの
軍事政権は民政移管のためには堅固な憲法が必要であるとして政権移譲を行ないませんでした。総選挙以降、スーチー氏が自宅軟禁され両者の対立が続き03年5月にはスー・チー氏は政府当局に拘束され国際社会の優等生であった当時の小泉政権は”軍事政権下では投資はできない!”と青筋を立てて力説。ゴリラにそっくりのボスは子分に跡目を譲って表舞台から姿を消しました。中国との濃厚な関係のなか日本政府は
行きがかり上、偽装暴力団に支援を行うことになった。国際社会もスーチー女史に「ノーベル平和賞」を授与して支援したのもこのころでした。15年11月総選挙開催。スーチー議長率いるNLDが全議席の6割弱を獲得し現在にいたるという流れなんです。岸田外務大臣がミャンマーを訪問して訪日を要請したもののスーチーさんは首を縦に振りませんでした
不安を感じとったんでしょうね。過日、NHKの国際放送で興味深いシーンを目撃しました。民政権に移行した直後ミャンマー国会にカメラはいったときのことでした。軍部は、てめえたちの利権を守るため生々しい姿をとらえていました。それはNLDの女性議員が勇敢にも軍が関与するプロジェクトの情報開示を要請したときでした。軍部の議員が全員立ち上がって”反対!”を叫び恫喝していた姿を映し出していまし
た。ミャンマーの隣国タイでもデモにうつつを抜かし過ぎた民政に腹を立てた軍部が政権を乗っ取ったまま3年になりますが、かの国は軍事クーデターは年中行事みたいですな。無血クーデターつまり出来合いですから敗れた方は安全に国外脱出が保障されるという南方らしい大らかさがイイですな。インドネシアやお隣りの韓国も軍部が政権を握った過去がありますが、もし自衛隊が天下を盗ったらどうなるかという奇想天外のお話でした。野党のセンセ、安倍憎しだけでは天下は盗れませんぞ。
   しつこく軍事政権の危うさを出前しましたが 
   平和ってイイですなあ   
       自衛隊とハグする会 ぐっさんハイ

国の内外から期待を込めて登場したミャンマーのアウンサン・スーチー国家顧問は「民族浄化」をごり押しする国軍の暴走を止められないとブーイングの嵐に晒されています。さて平和国家を影で支える自衛隊が権力を盗ったらどうなるかということを頭に置いての話です。「ミャンマーで民主化運動を率いてきたスーチー女史の国民民主連盟(NLD)による政権が発足した。長く軍が政治を支

 

配した国での歴史的な政権交代だが、その前途にかつての権力

者の影が見え隠れする。軍事政権のトップだったタンシュエ氏が陸軍司令官だった。88年スーチー氏らが参加した民主化デモを弾圧して権力を握りこの国の最高権力者として君臨した。だが11年の民政移管で、かつての部下だったテインセイン氏に権限を譲ると政治からも軍からも引退した。ナンバー2が改革をすすめるに

 

つれ独裁者だったタンシュエ氏の影響力も限定的になったと考えられてきた。そんな独裁者が表舞台に再登場した。総選挙で大勝

したスーチー氏との会談でNLDへの政権交代を容認したとされる。その前後から政権移行の手続きが本格化し黒幕としての健在ぶりを示す形になった。NLD政権の発足でさらなる民主化が期待されるとはいえ軍事政権下で制定された今の憲法では軍が大きな

 

力を持つ。憲法を変えるにも議会の4分の3超の賛成が必要で4分の1の議席が割り当てられている軍の同意が不可欠だ。その軍を率いるのが憲法上、大統領に匹敵する権限を持つ独裁者配下

の最高司令官だが、この間、重大な決定を独断では下せない実態も浮き彫りになった」。これはブン屋の記事をパクったものです。ビルマ独立の父といわれた父上をもつスーチーさんが政党を率い

 

て大勝利を得たものの軍部が居座った状態のままの船出となりました。ゴリラが軍服を着たような独裁者は中国の後押しがあり日本はスーチーさんを支援したいという思惑がありスーチーさんは主要閣僚のポストを兼務したり「国家顧問」というポストを新設して

軍部の勢力を抑え込もうと躍起になっていますが、一段とやせ細り眉間の深い皺、鋭い眼が前途多難な船出を物語っています。平和ボケしたジパングでは想像もできない奇妙な国家の形成ですな。もう少しお付き合いください。


   山口組の内部抗争なんて 小さい小さい 国が暴力団に乗っ

   取られた民主国家?ミャンマー  スーチーさんとハグする会    

                                 ぐっさんハイ



   

昭和の絶滅危惧種の最たるものとして「質屋」があります。「女房を質に入れても初鰹」江戸時代の川柳にもあるように「質」は長らく庶民の暮らしに根付いた金融でした。私も若かりし頃、給料日のまえになると足しげく通った質屋の看板は最近、貴金属価格の高騰や、中古ブランドバッグ、それに時計が中国などで売れることによって雨後の筍のように街中に出没した買取専門店から質屋に転身したお店や、実際ヤミ金から質屋に転向した新規参入質店につ

いては全質連に入っていない場合が多いとある雑誌にありまし

 

た。質屋のよかったことは消費者金融と違って返済できなくても
モノで弁済ができたことと催促されることもなければ信用に傷がつくこともなく、質草を残したいときは期限内に利息を払えば期限を延長することもできたんです。さて、全国の質屋の軒数は、全質連=全国質屋組合連合会が、昨年、調査した時点では質屋営業許可件数が昭和23年の2万1539店をピークに昨年の8月時点で全

国で3080軒。もはや公衆電話と一緒で探すことすら至難の芸という感じです。カジノ法案の賛否の特集でお隣りの、韓国で博打場

 

の周辺の金貸し業者、つまり質屋で銭を工面してまた博打場に戻って身ぐるみ剥がれてしまうんだそうです。その質草の車が野ざらしになっていました。アッ韓国では「當」という看板がありました。分断の嵐が吹き荒れているアメリカでも「PAWN SHOP」という看板の質屋があるそうです。ドイツやフランスそれに東南アジアのタイ

やベトナムでも存在するそうです。マレーシアでは”女房を質にいれてもドリアンを食え”という例えを聞いたことがありますが、そもそも物品を担保に金を貸す「質屋」は鎌倉時代から続くとされる業

 

態で庶民にとっては古くから馴染みのある商売なんですね。ところが近年は新たな金融サービスの登場に加え、買い取り専門店やリサイクルショップが台頭し存在感がますます希薄に。歯止めをかけようと業界は懸命だと「週刊ダイヤモンド」に記載されていまし
た。絶滅危惧種といえば公衆電話も探すのに苦労しますねえ。私も普段はスマホは持ち歩きませんが病院など街に出るときには迷子にならないようかみさんに促されて持たされていますです。ハイ。

  ”ちゃんともらうお金を考えながら遊ばんば”と説教しながら
   金を貸してくれた質屋の親父さん      ぐっさんハイ