私も相場師になった気分で腹巻きに50万円ほど入れて資金に困った
メーカーや問屋を回った。すでに複数の店舗を運営していたので低価
格商品はすぐ捌けた。それどころか百貨店や専門店などにも卸してい
った。ニトリは買いっぷりがいいので出物がドンドン出てくる。置き場所
もなかったのでタマネギ倉庫を借りて集荷するようになった。このころ
は本当に楽しかった。最終的には九州の産地まで巡り商談終了後は
温泉場で毎日のように芸者をあげてドンチャン騒ぎだった。安価品の

おかげで「安売りのニトリ」の評判は高まっていったが次第にトラブルも
出始めた。あるとき九州で買い取った家具が雲隠れしてしまった。結局
商品は手元に入らず損を出した。騙し取られた家具を買ってしまい「こ
わもて」の人々から脅されたこともあった。かなり危険人物だったようだ
逃げようもなく面談したら”おまえ、いい度胸しているな”と、なぜか気に
入られた。さすがに倒産品はリスクが大きい、いわゆるワケありの安い
「バッタ屋」稼業から手を引くことを決めた。そこでメーカーを全国行脚し

直接取引できる会社を探し歩いた。問屋に隠れて現金片手にメーカー
と交渉した。だが問屋にバレると取引停止。まるで「指名手配」の犯人の
ようになり津軽海峡を越え新潟、群馬、静岡、広島、九州と南下していっ
た。話は少し戻るが旭川のメーカーの元に仕入れ交渉に行ったとき応接
室で1冊の本と出会った。それはチェーンストア経営についての書籍を、
みつけた。その本に私が悩み苦しんだ科学的かつ論理的に書いてあり
驚いた。著者は渥美俊一氏。東大法学部を卒業後、読売新聞記者を、

経て経営コンサルタントになった人物だ。うちの会社は非科学的で行き
当たりばったりの人海戦術だ。当時の私は長時間労働の「がんばれ主
義」だったがチェーン経営は、がんばらなくてもできるようにする手法。
全く逆だった。年に2回春と秋に泊まりがけのセミナーがあった。メンバ
ーの中にはダイエーの中内 功氏やイトーヨーカドーの伊藤雅俊氏、ジ
ャスコの岡田卓也氏などいずれも創業者として著名人が大勢参加して
異業種の社長や幹部と話のはとっても刺激的だった。講義終了後、玄

関で大物実業家が出てくるのを、まるでミーハーが大スターを仰ぎみる
ようにドキドキした。渥美講師の口癖だった”うさぎより亀が勝つ、賢い
奴は慢心するし、できると怠けもする素直に柔軟にやるのが大事だ、
鈍重たれ”。父から”のろまで頭が悪い”と云われ続けていただけに先
生の言葉は勇気を与えてくれた。渥美先生に激励されたのだからチェ
ーン経営を体験していった。今こそ年間500人近くの大卒を採用する
当社だが創業期には本当に苦しんだ。75年に1期生として7人採用し
た。”甘やかすと経営が安定しないと思いスパルタ教育を施した。
   
   英語もロクにしゃべれない私は”I AM SERVANT(オレは
   召使だ)”を口にするようにした つまり彼らの仕事に邪魔
   にならないよう どうしたら役に立つのかを考えた。そうして 
   社長室のドアを開けっ放しにした        ぐっさんハイ
アメリカの大統領選は民主党で猛妻家のクリントン女史から手品師み
いな名前のD・トランプ氏(共和党)にマスコミが飛びついています。「アメ
リカの大統領選に異変が起きている。泡沫だとみられていたアメリカの、
富豪、ドナルド・トランプ氏(69)が共和党候補の“大本命”に躍り出て
いるのだ。差別発言を吐くたびに支持率がアップする異常事態になって
いる。発言の内容がすごい。”メキシコ人は強姦犯だ”と決めつけ、不法
移民を締め出すために”国境に万里の長城を築く”との「公約」まで口に


した。ある集会でライバルのランド・ポール上院議員から批判された時
は”彼は私からたくさんのカネをもらったが”と反撃した。ベトナム戦争で
捕虜になり拷問を受けたマケイン上院議員に”彼は捕まったから英雄に
なれた。私は捕虜にならなかった人のほうが好き”と揶揄したこともある
2400万人がテレビを見た討論会では女性蔑視発言を追及した。
女性
キャスターに”彼女の目とかそういったところから血が出ていた”と反撃。
女性キャスターの追及に生理が関係していたとの嫌み発言と受け取られ


トランプ氏は南部アトランタの共和党集会から締め出されてしまった。

れでも聴衆は拍手喝采し、大歓声が上がった。支持率調査の平均はトラ
ンプ氏23・4%、2位のジェブブッシュ氏12・0%と2倍の差をつけている
”それは米国の保守層の気持ちを代弁しているからです”とは国際ジャー
ナリストの堀田佳男氏。続けて”教育水準が低い保守層の労働者にとって
メキシコ移民は、自分たちの仕事を横取りする存在なのです。トランプ氏

は労働者の怨念を晴らしてくれたことになります”。では、トランプ氏が、


大統領選に勝利する可能性はあるのか”目下のところ、ブッシュ家の次
男、ジェブ・ブッシュ氏が最有力候補だと思います。万一、トランプ氏が、
大統領になったら、米国はヨーロッパ諸国から反目を受け、めちゃくちゃ
になりますよ”と堀田氏。果たして米国人は良識を取り戻すか。米大統領
面白くなりそうだ」とブン屋は興奮気味に書いていました。 国内だけ

怪気炎かと思いきや”日本が攻撃されれば、米国はすぐに助けに行

ければならないが、我々が攻撃を受けても日本は助ける必要はない



条約は不公平だ”と安倍政権へも八つ当たり。宣教師みたいなオバマ
でフラストレーションが溜まりっぱなしのアメリカでは、ひょっとしたらひょっ
するんじゃないかというお祭り騒ぎの好きな国民性が番狂わせというハ
ニングを匂わせるような空気が漂っています。あたしゃ、わざわざ”世界

のポリスを降りた”といって悪ふざけが目に付くようになったチャイナや
イスラム国」をみていると、ドーべルマンのような、なにをしでかすか、
らないトランプ氏のほうが抑止力になるんじゃないかと思いますがね。
(8月29日)

 
 日本いや大坂のドーべルマンは”おとなしく大阪市政に専念する”と
 言ったかと思えば、翌日には一転して”大阪から国政に参戦する”と
 新聞記事になった件は、またの機会に出前させていただきます。
  ひとのケンカは大きい方が面白い会 幹事長補佐 ぐっさんハイ


 
営業部長が仕入れ価格を水増しして自分の懐にいれていたのだ。大事
な業務をあっさり新参者に任せてしまう私は本当に脇が甘い。店頭価格
がじわじわ上昇し客足も低下、売上げも下降線をたどった。ある取引先
から”お宅の営業部長から賄賂を要求されて困っている”という話を聞い
た。実際に賄賂を断った問屋は打ち切られていく。一度、問い詰めたら
”会社のためにやっているのに、なぜそんなことを云うのか”と逆ギレして
くる。昼間から札幌競馬場をうろつき競馬三昧。社内犯罪の根は深かっ

た。営業部長だけでなく20人の社員のうち私と身内、一部の社員を除く
16人が連座していた。私と営業部長は社内の味方をふやそうとお互い
に社員を飲ませ食わせの大盤振る舞いをした。もう社員の奪い合いだ。
交際費はうなぎ登りだ。眠れない日が続いた。店の販売員も売上を懐に
いれる始末。”これではつぶれる、このままでは一生後悔する、やるだけ
やって、つぶれてやろう”と腹をくくった。数少ない社内の仲間4人に”闘う
から”と、宣言した。社長なのに、こっそり調査をはじめた。証拠を集め、

ひとりずつ辞めさせていった。勿論、営業部長側は脅してくるが”つぶせる
ならどうぞ”とかわす。会計士を入れ経理をチェック1年ぐらいで不正を犯
した社員を一掃した。もちろん経理部長と営業部長も解雇した。残った社
員は5人と4分の1に減った。面白いことに社員は激減しても売上は落ず
利益率は大幅に改善した。70年代は本当にドタバタの連続だった。トラ
ブルは続き厳寒の12月、徹夜の連続で南郷店はなんとか完成した。喜び
もひとしおだったがオープンの朝、社員から電話がかかってきた。”社長、

店がありません!”。意味が分からず現場に駆けつけると前日の大雪で
店がつぶれていたのだ。社員だけでは足りず問屋、メーカーにお願いして
除雪作業に取り掛かった。お客さんは集まってきたが商品の多くは損傷し
ている。そこでこう銘打ってオープンした。「開店記念損物、半端物大会」。
これが大成功だった。その日から問屋メーカーからキズモノを仕入れてオ
ープン3日間は大繁盛した。南郷店はエアードームで話題を呼んだがトラ
ブルは尽きなかった。夏は店内が40度を超えサウナのような状態で滝の

ような汗が吹き出る。冬は零下10度で凍えるように寒い。社員には夏は
赤道手当、冬には北極手当を5千円支給した。エアードーム店はしぶとく
10年続き、つぎの出店の弾みがついた。次々に札幌に店舗を広げた。
それでもニトリ家具の指名度は低い。とにかく他社と違うことをしようと思
い「安売り」で名をあげようと決めた。だが当時の問屋が強く、簡単には
取引できない。仕入れには本当に苦労した。創業期のころ目をつけては
倒産店で仕入れ値は通常の3割~5割安い。当時「赤いダイヤ」という、
小豆相場を巡る小説が話題だった。
  
  実際、親会社でも北国の販売会社では「石炭手当」なるものが
  支給されていました。南国では”サイテーの社長が来た”と触れ
  回われて、わざわざ見に来るディラーもありました ぐっさんハイ