深夜のNHKラジオで北山修の曲を聞きながら「我々とは違って、もてたんだろうなぁ。」と思う。
しかし精神科医としては、どうなんだろう?
「患者の心理が理解できるのか?」と思う。
生成AIと教科書には、決定的な違いがあって!
小学校の教室にタブレット端末があって、児童は生成AIが使える環境にいて、欲しい情報をピンポイントに、そして詳しく知ることができる。
日本の教育は、目次化した教科書では、学者の非科学的な空想に至る個人的な事情や病気の記載はなく、教科書で学ぶことに限界はあったけど、生成AIを使うことで、問題は解決している。
中央にデータセンターがあって、そこから欲しい情報だけを切り取ってくる。
そんな知識を知ると「なんだ!そんなことか。」と感じて、思考の初期段階は非科学でも「そこは悩むところじゃないなぁ。」と感じてハードルを超えていけるのかも知れない。
レオナルドダヴィンチはADHDらしい。
むしろ!
病気と関連付けた方が分かりやすいのかも知れない。
天才だって、ほんの一部に欠陥や病気があるのは有り得ることで、そんな欠点・欠陥が原因して、自由で、非科学的な空想に現実逃避しているのかも知れない。
「彼らは病気なんだ。」
その方が分かりやすい。
想像以上に!
天才達の病気を知ることは重要なのかも知れない。
そのような話題は、伝記のような一冊の方を読んで知ることができる。
しかし!
生成AIに「〇〇の病気について教えて。」と質問すれば、本を一冊読まなくても、ピンポイントに、しかも!かなり詳しく、知識を集めてくる。
天才達の思考の初期段階は非科学的で、そこは悩むところではない。
むしろ天才達の空想力はディズニーランドのように楽しいものかも知れない。
天才達の思考の初期段階は理解ではなく、ディズニーランドのように体験すれば良い。
深夜のNHKラジオで北山修の曲を聞きながら「女性に、もてたんだろうなぁ。」と思う。
しかし精神科医としては、どうなんだろう?
「患者の心理が理解できるのか?」
「医師を育てるのに優等生指向で良いのか?」と思う。
有名人で検索すると「〇〇障害児」だったという記述が意外と多い。
やはり!
教科書には限界があって、教科書で理解することは無理なのかも知れない。
生成AIと教科書には、決定的な違いがあって!
生成AIで、教科書に載ってない非科学的な思考を体験すれば、分かりやすいのかも知れない。
日本人は場の空気を読んで、歩調を合わせるので、そしてクローン人間のように均一で個人差がないので、日本人の気付きは、シンクロして、あっという間に拡散していく。
そんな科学ですらない、天才達の思考の初期段階に、生成AIが成果を上げていくのかも知れない。