真夏だからというわけではなく、日毎夜毎、お化けに悩まされ続けているはなし。
ほんとは前回の流れでハムレットをやりたかったのですが、クーラーのない我が二階の書斎は室温が
36℃に達して 逃げ出さざるを得ず、頓挫してしまいました。サバイバルももう年のせいで手に合わなくなりました…
涼しい樹影がみえる。ちょっと寄り道しましょう。
竹山道雄訳 『幽霊』
竹山さんは勿論 『ビルマの竪琴』 の作者ですが、とても良い太宰論を書いていらっしゃいます。御記憶の方もおいでになることでしょう。
良い太宰論というのは客観的太宰論だと思います。
とある昼下がり、古本屋界隈をぶらぶら歩いて太宰論を探すとして、(しかしこれは行かないでも予期できるほどの) 太宰本の圧倒的多さ!。
この棚全部が太宰評論だと思いきや、そちらの棚にもあちらの棚にも有名無名の研究家が競り合っている。
それ程価値のある 太宰治 なのではあります。
が、一冊をその中から抜き取って読みだすや
頭の中で風車が廻り出すのである。あの天井の高いドイツの書斎を またしても思い出す仕儀に至るのが常のこと。
若い学生が悪魔の大家に誑かされている所でした。
「すべての論理は灰色だ。」
灰色の本の山の上には灰色の一冊の本があるだけだ…
竹山さんの論評は趣味の問題ではなく、ロゴスの問題だから緑が濃く、色あせないのだ。「義」について書いておられたのでした。
その竹山さんの、イプセンです。
暗い国だなあーここは!
何も考えることは出来ないのです!-もうこんな話はやめだ!
いつも知らず知らず連想するのですよ。-かう、桜んぼう色をしたビロードの窓掛けですねー、あのぶよぶよとして
手触りの柔らかいー。
構築する力、上昇の意思は他者から来るものです。
この正体がなんだか、おわかりになりますか?
夢を見たのではありません、幽霊を見たのです。
ゴスという人が「人物は類型的、会話も単調」と言いましたが、当たり前です。そこは生者の国ではありませんでしたから。
死者の国
鏡に映った像を鏡に映すと、その中には際限なく小さくなりながら、底なしに同じ像が繰り返されている。
太宰は 青みどろ としばしば表現している。
ただの自分しかいない
永遠の
その凄絶さと恐怖は
言葉ではなく、ただの言葉の恐怖としてではなくなってしまって…
「見えるですって?いや、事実そうなのだ。『見える』とやらは、ぼくの知ったことではない。
母上、この墨汁のように黒い上衣でもない、
また、仕来りどおりの鹿爪らしい喪服でもない、
また、わざとらしい溜息吐息でもない、
いや、溢れ流れる涙の川でもない、
また、打ち沈んだ憂い顔でもない、
かてて加えて、どんな悲しみの形、様子、姿でもない、
僕のこの心を本当に現わしてくれるものは。なるほど、そういうものなら
眼に見える、誰にもできるお芝居なのだから。
でも、僕の胸の底には、そんな悲しみの単なる飾り、
衣装にすぎぬ、見かけを超えたものがあるのです。」
事実、ハムレットも幽霊をみていました。
ほんとは前回の流れでハムレットをやりたかったのですが、クーラーのない我が二階の書斎は室温が
36℃に達して 逃げ出さざるを得ず、頓挫してしまいました。サバイバルももう年のせいで手に合わなくなりました…
涼しい樹影がみえる。ちょっと寄り道しましょう。
竹山道雄訳 『幽霊』
竹山さんは勿論 『ビルマの竪琴』 の作者ですが、とても良い太宰論を書いていらっしゃいます。御記憶の方もおいでになることでしょう。
良い太宰論というのは客観的太宰論だと思います。
とある昼下がり、古本屋界隈をぶらぶら歩いて太宰論を探すとして、(しかしこれは行かないでも予期できるほどの) 太宰本の圧倒的多さ!。
この棚全部が太宰評論だと思いきや、そちらの棚にもあちらの棚にも有名無名の研究家が競り合っている。
それ程価値のある 太宰治 なのではあります。
が、一冊をその中から抜き取って読みだすや
頭の中で風車が廻り出すのである。あの天井の高いドイツの書斎を またしても思い出す仕儀に至るのが常のこと。
若い学生が悪魔の大家に誑かされている所でした。
「すべての論理は灰色だ。」
灰色の本の山の上には灰色の一冊の本があるだけだ…
竹山さんの論評は趣味の問題ではなく、ロゴスの問題だから緑が濃く、色あせないのだ。「義」について書いておられたのでした。
その竹山さんの、イプセンです。
暗い国だなあーここは!
何も考えることは出来ないのです!-もうこんな話はやめだ!
いつも知らず知らず連想するのですよ。-かう、桜んぼう色をしたビロードの窓掛けですねー、あのぶよぶよとして
手触りの柔らかいー。
構築する力、上昇の意思は他者から来るものです。
この正体がなんだか、おわかりになりますか?
夢を見たのではありません、幽霊を見たのです。
ゴスという人が「人物は類型的、会話も単調」と言いましたが、当たり前です。そこは生者の国ではありませんでしたから。
死者の国
鏡に映った像を鏡に映すと、その中には際限なく小さくなりながら、底なしに同じ像が繰り返されている。
太宰は 青みどろ としばしば表現している。
ただの自分しかいない
永遠の
その凄絶さと恐怖は
言葉ではなく、ただの言葉の恐怖としてではなくなってしまって…
「見えるですって?いや、事実そうなのだ。『見える』とやらは、ぼくの知ったことではない。
母上、この墨汁のように黒い上衣でもない、
また、仕来りどおりの鹿爪らしい喪服でもない、
また、わざとらしい溜息吐息でもない、
いや、溢れ流れる涙の川でもない、
また、打ち沈んだ憂い顔でもない、
かてて加えて、どんな悲しみの形、様子、姿でもない、
僕のこの心を本当に現わしてくれるものは。なるほど、そういうものなら
眼に見える、誰にもできるお芝居なのだから。
でも、僕の胸の底には、そんな悲しみの単なる飾り、
衣装にすぎぬ、見かけを超えたものがあるのです。」
事実、ハムレットも幽霊をみていました。