ハムレットは二幕二場で本を読みながら深刻な顔をして登場し、 何を読んでいるのか? と問われると
「言葉 ・ 言葉 ・ 言葉」 と言いましたが、 この出方はエリザベス時代の劇では 「憂鬱症」タイプの常套手段だったのだそうです。
でも、とルチアは思います。 紋切り型とはこういうものじゃない。だってハムレットはまるで可哀相なくらい必死だ。 調子(トーン)が
並はずれていて、異様に高く聴こえる。 この人とあとの一人、トロイラスがそうだ。
もう頭の中が真っ白になり、文目の見分けがつかなくなってしまい、彼はただ口に出してありったけのイメージを繰りださずにはいられない。
『トロイラスとクレシダ』を、村岡勇は「この劇はシェークスピアの文体の絶頂を示すものである」 と言います。
それに去年学校で習った『ジュリアス・シーザー』 にもなにか確かそんなところがあったような気がする。ああ、シーザーがキャシアス
のことを言ったところだった。 すべての書は読まれたり、と。
あの男は本を読みすぎる。なんでもよく見える。ひとのすることが底の底まで見通しだ。
ルチアはため息をつきます。 先週の土曜日に、仲の良い女友達を誘ってわら小屋に掛っていたシーザーを見て来たのです。
場所はテムズ川のほとりのサウスバンクです。その時、威風堂々のブルータスをやっていた役者にルチアは手もなく参ってしまったのです。
あれから三度のご飯が喉を通らなかったらしい。
彼は、なんという名前の役者なの? と友人に聞くと 「ケンキョウーフカイ」 という答えが帰ってきた。 えっ、牽強付会?
それにしても、何度思い出しても、いい男だったなあ。 … ルチアの目がどうかしているのでしょうか?
それから、トロイラスはもうはっきりとこう言ってのけている。
トロイラス 「言葉、言葉、ただの言葉、 心はこもっていない。」
「言葉 ・ 言葉 ・ 言葉」 と言いましたが、 この出方はエリザベス時代の劇では 「憂鬱症」タイプの常套手段だったのだそうです。
でも、とルチアは思います。 紋切り型とはこういうものじゃない。だってハムレットはまるで可哀相なくらい必死だ。 調子(トーン)が
並はずれていて、異様に高く聴こえる。 この人とあとの一人、トロイラスがそうだ。
もう頭の中が真っ白になり、文目の見分けがつかなくなってしまい、彼はただ口に出してありったけのイメージを繰りださずにはいられない。
『トロイラスとクレシダ』を、村岡勇は「この劇はシェークスピアの文体の絶頂を示すものである」 と言います。
それに去年学校で習った『ジュリアス・シーザー』 にもなにか確かそんなところがあったような気がする。ああ、シーザーがキャシアス
のことを言ったところだった。 すべての書は読まれたり、と。
あの男は本を読みすぎる。なんでもよく見える。ひとのすることが底の底まで見通しだ。
ルチアはため息をつきます。 先週の土曜日に、仲の良い女友達を誘ってわら小屋に掛っていたシーザーを見て来たのです。
場所はテムズ川のほとりのサウスバンクです。その時、威風堂々のブルータスをやっていた役者にルチアは手もなく参ってしまったのです。
あれから三度のご飯が喉を通らなかったらしい。
彼は、なんという名前の役者なの? と友人に聞くと 「ケンキョウーフカイ」 という答えが帰ってきた。 えっ、牽強付会?
それにしても、何度思い出しても、いい男だったなあ。 … ルチアの目がどうかしているのでしょうか?
それから、トロイラスはもうはっきりとこう言ってのけている。
トロイラス 「言葉、言葉、ただの言葉、 心はこもっていない。」