ドアのところに表札が掛っています。
「厳密さと魂との事務総局」
うららかな秋日和の静かな日曜日なのに
元気が出ない時には、そこに
出掛けて行って お茶でも飲んでいると、知らず知らずに手足が伸びて、
少し気が楽になって、また帰ります。見知らぬ場所へ。
生き延びるために、どうすればいいの?
と聞いたのでした。
本の中にはぎっしりと偉大な時間ばかりが詰っているのに、
こちらの人間ときたらてんで材料不足で、まるでゼロに等しい。
ウルリヒが二人いて、言わば肉体の彼と精神の彼がいますが、一人が答えてくれます。
「もう一方のウルリヒは、…一方のウルリヒほど目立った存在ではなかった。…
この第二のウルリヒには自在になる言葉がなかった。
言葉は猿のように自在に木から木へ飛び移るが、人が
そこで根をひろげている幽暗な領域では、
言葉の親切な伝達が欠けている。地面が彼の足下で流れだした。…そして
その体験が彼が目にし耳にするすべてのものと彼を結びつけているのである。」
この第二の彼をよく知っています。そして彼はまた私の窮状をよく知ってもいる。
もう自分の弾丸を一発も残さず全部打ちつくしてしまったような
消沈した気持ちになること。
これは「古典的徴候」と言われる症状だね、と彼は楽しそうにいいました。
「心ならずも、あなたの内部が外に引き出されてどこも
薄っぺらな広がりになっている状態だね。」
いつもゲーテにシェークスピアがお相手なら誰でもそうなるよ。
でも、大丈夫だよ、もう一発残ってるから
そのまま進んで撃ってごらん。
「もし、この胸が信念のかたまりでなく、この心が鋼鉄製でなかったならば、
あたしゃとんでもない目に遇うとこだった」 これは初期の『間違いの喜劇』。
