日本の4つの端を歩いてつなぐ旅 -ON THE ROAD EDGES-  -4ページ目

日本の4つの端を歩いてつなぐ旅 -ON THE ROAD EDGES- 

2024年で15年目。31回の旅で本土最南端の鹿児島県佐多岬から最西端の神崎鼻を経て関門海峡を渡り安芸の宮島、天橋立、石見銀山や木曽路、松島を歩き、本州最後の県青森の八戸駅まで歩きました。

三連休の最終日は金沢城を訪れました。

 

橋爪門続櫓

 

朝七時前、ガラスを多く使用したモダンな駐車場に車を停めお城に向かいます。人通りもまだ少なく、やはり朝一番は気持ちのいいものです。ただ、…すでにムワっと暑い。もう30℃は越えているでしょう。

 

菱櫓

 

金沢城ではいろいろな種類の石垣を見ることができます。

「自然石積み」、「粗加工石積み」、「切石積み」。

積み方の違いこそあれ、どの石垣もカラフルで目を引かれます。赤みがかった石、青の強い石、それらが何らかの意図をもってか無秩序にか、美しく積み上げられています。

 

五十間長屋の石垣

 

石川門石垣

 

橋爪門から五十間長屋、菱櫓、二の丸北面石垣と巡って三十間長屋。

「しかし広いな。何人ぐらいが住んで守ってたんだろう?」

お城を訪れた時の、親父の口癖です。

そのあと再び橋爪門を通って、冷房の効いた石川門近くの休憩所で一休み。30分ほど時間をつぶし、9:00開店直後の五十間長屋の受付窓口に行き御城印を買い求めました。

 

河北門

 

来週は夏休み。GR86で九州をまわります。親父の暑さ対策を練らなければなりません。

 

日本100名城 38/100

金沢城

 

この三連休は北陸地方に出かけました。土曜日は京都まで走り宿を取り、日曜日に親父の故郷福井県の一乗谷を訪れました。北陸自動車道の大規模リニューアル工事に伴う渋滞で時間を取られ、一乗谷に到着したのは正午ごろ。高く上ったお日様の下、車を降りると猛烈な暑さです。今年も夏がやってきました。

 

朝倉館跡

 

レストラン近くの駐車場に車を停めます。当時の水路や住居の跡を眺めながら谷奥に進み、復元街並を見学します。観光客はみな日傘をさしたりタオルを首に巻いたり。暑さ対策をなにもしていなかった私と親父は冷たい缶コーヒーを飲んだり日陰で休んだり。親父は熱がこもっているのか、顔が赤くなっているようで少し心配です。

 

 

そのあと朝倉館跡を訪れ、尾根の上にあるお城跡までは歩いて30分かかるとのことで、この暑さのため断念しました。本来涼し気な風鈴も、風のない今日はじっとこの夏に耐えていました。

 

 

日本100名城 37/100

一乗谷城

 

土曜日は家の軽自動車の6ヶ月点検を終え、丹沢にも近い飯山観音長谷寺(ちょうこくじ)を親父と歩きました。

 

 

母の生前に、「坂東三十三観音」を家族三人で訪れようと買い込んだ御朱印帳が埋まらないまま、引き出しに仕舞い込んでありました。遠出をする時間のない週末にこの御朱印帳を埋めるべく親父と出かけようと思い立ち、第06番 飯上山 長谷寺を歩いてきました。

「開山千三百年」の桃色の幟が、蒸し暑い風に吹かれています。

よく雨の降る今年の梅雨。近年、空梅雨が多かったのでこれでいいのかもしれません。素敵な日本の四季。

日本100名城巡りもこの時期、なかなか進みません。土曜日は日本三奇橋の一つ、山梨県大月市の猿橋を親父と歩きました。

 

 

「新猿橋の上から見る猿橋が一番きれいです」との張り紙がありますが、背景に「八ツ沢発電所一号水路橋」がかぶってしまいごちゃつくので、やはり直下の展望台から見上げるほうが私は好きです。

 

先週の土曜日は新潟県の新発田城跡を訪れました。約380km、一泊二日の旅行の目的地としてはかなり遠い部類に入ります。

 

三階櫓

 

雪国特有の鉄錆で、赤茶色にそまった県道21号を進み狭い路地を折れ、かつては二の丸だった城址公園に車を停めて歩きます。緑色に濁ったお堀をはさんでは重厚な三階櫓。武家諸法度で天守の新築も修繕も認められなかった江戸時代、その代わりに堂々とした櫓が建てられることになりました。先日の白河小峰城と同じです。

 

お堀に沿って右手に歩き、「安兵衛茶屋」で御城印を買い求めます。

「やすべえ?」と親父様。唐突に出てきたこの名前が新発田の地にどんな関係があるのか、なじめないみたいです。

「堀部安兵衛の故郷らしいよ、赤穂浪士の」

小さな公園のうす暗い片隅に、銅像も建てられていました。

 

橋を渡って表門をくぐり、右手の辰巳櫓前の立て札にも堀部安兵衛のことが書かれていました。

 ―高田馬場の敵討ちによって名を挙げましたー

「敵討ちやら仇討ちばっかりやってんだな」

「浪人だもん。なんかやらねぇと『うだつ』が上がんねぇだろうな」

この敵討ち(実際は決闘の助太刀)で名を挙げたのちの堀部安兵衛は、赤穂藩士に迎えられることになります。

 

旧二の丸隅櫓

 

それほど広くはない新発田城跡の見学をさっぱりと終えての帰り道、三階櫓のしゃちほこに一羽のカラスがとまっていました。がなり立てるわけではなく静かに、「俺の城だぞ、近寄るな」と威嚇するようにあたりを睥睨していました。

 

 

日本100名城 36/100

新発田城