日本の4つの端を歩いてつなぐ旅 -ON THE ROAD EDGES-  -4ページ目

日本の4つの端を歩いてつなぐ旅 -ON THE ROAD EDGES- 

2024年で15年目。31回の旅で本土最南端の鹿児島県佐多岬から最西端の神崎鼻を経て関門海峡を渡り安芸の宮島、天橋立、石見銀山や木曽路、松島を歩き、本州最後の県青森の八戸駅まで歩きました。

日曜日は静岡県三島市の山中城跡を訪れました。後北条氏の本城、小田原城を守る西方防御の要の地、石を使わない土だけで造られたお城です。天正18年(1590年)、6万7千の圧倒的な豊臣軍の総攻撃をうけ、わずか半日で落城したと伝えられています。

 

 

箱根峠から下るこの国道1号はこれまでに何度も何度も走ってきた道で、「山中城跡」の標識も知ってはいましたが訪れるのは今回が初めてです。標識に導かれ国道を左に折れると、城跡を大切に守って暮らしているようなひっそりとした集落がありました。時間から取り残された空気が漂っています。

 

車を停め案内所でまず御城印を購入し、西の丸目指して歩いていきます。あたりは丸く刈り込まれたツツジがポコポコ植えられ、春の開花時期にはさぞ見事だろうと思われます。

駐車場にも「工事中」のお知らせがありましたが、このお城の特徴の一つ、「障子堀」の多くある西櫓方面は通行止めです。斜面にはブルーシートが掛けられ、おそらくツツジの開花時期に向けて修繕しているのでしょう。

 

 

私達は芝生の広々とした西の丸を抜け、見張台に上がります。雄大な景色が眺められるはずでしたが、野焼きでもしているのでしょうか広大な富士山のすその数か所から煙が立ち登り、黄色く濁った靄に隠されて富士山は見えません。

 

 

西櫓方面の通行止に野焼きの靄、二つのマイナス要因がありましたが、それでも特異な「障子堀」の造形や土だけで造られているために優しさを感じる城内をゆっくりと見てまわり、今まで知ることのなかった風景を楽しみました。

 

 

―後日談―

ニュースで知りました。

「静岡県裾野市の陸上自衛隊東富士演習場で、この時期恒例の野焼きが行われました。」

であるなら週末は外してほしかった。ある角度から富士山の眺望が煙によって遮られることは簡単に想像がつくはず。人為的な要因で日本一の富士山を楽しめないとはひどい話です。近郊の我々なら「また来るか」で済みますが、おいそれと来ることのできない遠方の方にとってはやるせない思いで一杯でしょう。

 

日本100名城 11/100

山中城

 

先週の日曜日は静岡県の掛川城を親父と訪れました。

 

 

駐車場近くの交差点にパイロンがたち、交通整理の方が旗を振っています。

「何んかやってるな」と思っていたら遠くから歓声も聞こえてきて、どうやらマラソンか駅伝の大会が開かれているようです。

そのせいか大手門駐車場はほぼ満車。立体駐車場の屋上まで上がり、やっと車を停めることができました。

 

三の丸広場に続く通りには横断幕が張られていて、駅伝のスタート&ゴール地点になっています。私達が通りかかったときは、ちょうど高校生によるレースのゴールでした。ラスト・スパートをかける女の子、仲間に手を振りながら走る男の子、次々にゴール・テープを切っていきます。

「なっちゃん、ファイト―!」

「がんばれー!」

「なっちゃん笑ってー!」

久しぶりに人の本気に触れ、感動で鳥肌がたちました。

 

 

お城の観光に向かいます。最初に立ち寄ったのは二の丸御殿。階段が急なため親父には待っててもらい一人で上がっていきます。特に調べたわけではないのですがラッキーなことに入口に売店があり、限定の「二の丸茶室御城印」を買うことができました。

そのあと二の丸御殿をまわりこんでお堀の間を通り、解放感一杯の本丸へ。天守閣が高台にそびえているのが眺められます。この季節、澄んだ青空と白壁のコントラストが見事です。

 

 

このあと天守閣の急な階段を上り疲れ果てた親父は、本丸に降りてきて大好きな缶コーヒーを美味そうにすすっていました。

 

 

日本100名城 10/100

掛川城

 

先週の土曜日は、愛知県の岡崎城を訪れました。

 

 

家康の生まれた岡崎城。大手門前の駐車場は満車で、2ブロック離れたところを利用するようにと教えられます。さぞ混雑しているのだろうと思いきや、広い城内はさして人が多いわけでもなくホッとします。ゆったりとした時間を過ごしたいと遠くまで車を走らせた休日、天守に向かいます。

 

 

本丸手前の清海掘はこれまでに見たどのお掘よりも深く、

「(案内板に)書いてないな。どれくらいあるんだろう?」

「親父五人分で8メートル。それ以上はありそうだから10メートルはあるね」

親父と一緒にあれやこれや。

 

 

天守への階段を登りきったところを左に折れるとミュージアムショップ、奥まったところで少しわかりづらいかもしれません。通常の白地の御城印のほかに、限定の「家康公 ゆかりの四城」の御城印を販売していました。岡崎城、浜松城、田中城、そして駿府城。それぞれ龍があしらわれています。私は迷わずに限定の御城印を買い求めました。

 

大手門

 

到着したときは雲が多かったもののその後青空が広がり、満足の写真が撮れました。岡崎城を後にし、駐車場近くのスーパーで親父の夕食と自分のおつまみを買って浜松の宿に向かいます。また雲が多くなってきました。明日の空は?

 

日本100名城 9/100

岡崎城

 

1月18日の日曜日は千葉県の佐倉城址公園を訪れました。

 

本丸跡

 

石垣や櫓、天守などは、たとえ現代に再建されたものだとしても威厳があり見ていて圧倒される感があるのですが、石垣を持たない近世城郭の佐倉城は土塁や空堀といった自然の地形を生かしたお城なので優しい雰囲気。広大な城内は品のあるゆったりとした空気に包まれています。このお城を訪れる人たちも、のんびりと犬の散歩だったり空堀の斜面でそり遊びだったり、まったりとした時間を過ごしていました。

 

空堀

 

 

「梅が咲いていますよ」

通りがかりのお母さんが教えてくれます。私が首からカメラを提げているからでしょう。ご親切にスマホの画面をこちらに向けて、さっき撮ってきた紅梅の枝ぶりを見せてくれました。

 

国立歴史民俗博物館のミュージアムショップで御城印をいただきます。お店には他にほのぼのとした埴輪などが売っていました。物欲のない親父にしては珍しく、何か記念になるものを買おうとしているようで店内をうろうろ。十数分ののち、結局何も買わずに店を後にしました。

 

馬出し空濠

 

「いろいろありがとうな二日間」

珍しく感謝の言葉を口にする親父。

「おーっ、わかってくれてんじゃねぇか親父」心の中でつぶやきます。まだまだ八個目、どんどん行きますよ。

 

日本100名城 8/100

佐倉城

 

先週の土曜日は栃木県の鑁阿寺を訪れました。元々は足利氏の館であったことから日本100名城に選ばれているこの鑁阿寺、現在の姿はお城ではなくお寺です。

 

 

鎌倉時代に建立され今なお残る国宝の本堂。樹齢550年とも650年ともいわれる大銀杏は、二本の太い幹に刻みこまれた無数のひびが生き抜いた時間の長さを物語っています。

 

多宝堂と大銀杏

 

山門前の太鼓橋で小さな女の子とお母さんがハトにえさを与えていました。みな、他には負けじと一心に落ちている粒を突っついています。お母さんの手のひらに乗る心臓の強い一羽もいました。

何かの拍子でいっせいに飛び立つひとむらのハト。ばさばさと鑁阿寺の上空に円を描いています。

 

 

本堂でいただいた御城印、手渡された瞬間感じたのは

「でかい。御城印帳に入るかな」

車に戻って御城印帳にあててみると、やはり大きくポケットに入りません。画像をスキャンした後に少しずつ切り落とし小さくしました。

 

日本100名城 7/100

足利氏館