広瀬川を訪れる w/ TOYOTA 86B | 日本の4つの端を歩いてつなぐ旅 -ON THE ROAD EDGES- 

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2024年で15年目。31回の旅で本土最南端の鹿児島県佐多岬から最西端の神崎鼻を経て関門海峡を渡り安芸の宮島、天橋立、石見銀山や木曽路、松島を歩き、本州最後の県青森の八戸駅まで歩きました。

今日は、宮城県仙台市の広瀬川を訪れました。

 

 

日の数え方が異なるため季節は少しずれますが、本能寺の変で織田信長が倒れたのが暦の上では今日に同じ6月2日。当時まだ15歳の伊達政宗も、広瀬川のそよと静かな流れを見ていたはずです。

 

広瀬川

昭和の名水百選 54/100

 

浅瀬がどこまでも広がっており、「歩いても向かい側に渡れる」ということから「広瀬川」と名付けられたと言われています。

仙台の中心市街地を形成している河岸段丘は、広瀬川の河道変遷により形成されたもので、広瀬川の特徴である自然崖もこのような過程を経て形成されました。戦国時代の碧眼の名将伊達正宗は、広瀬川の自然崖を天然の要塞としてみたてて、1601年に広瀬川を見下ろす青葉山に仙台城を建立したとされています。