今週末、自宅LANが完全ストライキ。

メーデーもすっかり過ぎているというのに

時期はずれもいいとこ。

労働条件もこれといって悪くないと思っていたのだが。

それはこちらの都合だということだろうか。


そもそも原因がまったくわからない。

今もまだ復旧のメドはたたず。

それではいったいこの記事はどこから書いているのでしょうか?

答えは、マン喫。

夜中3時。

アイスココアをほうばりつつ記事をカキカキしているといった具合。

マンガもあるしいい感じ。

以前はマン喫を拠点に会社通いをしていた。

実に使い慣れたものだ。


今週は賃貸情報を調べたりする予定だったのにいきなりの白紙撤回。

仕方ないので部屋の掃除にはげむ。

あまり効果があがらず半分あきらめた。

もう半分は来週に使う予定。


このネットストライキいったいいつまで続くのだろう。

彼らとは交渉の窓口がない。

使用サイドとしては黙って耐え忍ぶしかないのだ。

これほど強靭な労働者もめずらしい。

精神的にめげることは決してないのだから。

頭を下げても彼らはネット接続を回復してくれるかどうかもわからない。

つ、強すぎませんか。。。

ネットがないとホント困る。

早く機嫌直してください。

お願いします。

最近よく寝る。
眠るのはとても好きなのでなんの苦労もないのだが、
それにしても。。。というくらいに寝る。
先週末などは食べる気持ちを紛らわせるために寝るわ寝るわ。
少し外にでもでようものなら、

ぶらりとスーパーなんぞに行くに決まっている。


よくぞホノルルマラソンなんぞに挑戦するものだ、
というくらいに食べることに対して意思ヨワヨワなのである。
なので家には食べ物を置かないように心がけている。
最近などは、カロリーメイトのような補助食品がランチのメインだ。
栄誉のバランスもよいらしいが、なにより熱量のわりに満腹感を得やすい。
食べた後に牛乳を飲めば腹持ちはなんの問題もないくらいだ。
コンビニに行くと実にバラエティに富んだラインナップ。
選ぶのにも一苦労だ。
今日は、ブルーベリーにしようかカカオにしようか。


ふと思ったのだけれど、どうしてみんなあーいった形をしているのだろうか。
パンというか、クッキーというか、こうお菓子っぽい形になっている。
カロリーメイトが売れてしまったせいで右に習えということか。
それとも宇宙進出のための布石だろうか。
ゼリーもあるし。ドリンクもある。


日本といえば一応は技術にすぐれた国ということでとおっている。
その気になれば作れないことはなかろうて。
カロリーメイトチップス。
カロリーメイトアイス。
カロリーメイトせんべい。意欲作だ。
カロリーメイトコーヒー。ドリンクの革命か。
カロリーメイトコーヒーブラック無糖。
カロリーメイトクッキー。なにが違うというのか。
ジャロの出番も近いというもの。
カロリーメイトヌードル。
お湯を注いだからといっていったいそれがなんだというのか。
カロリーメイトヌードル塩とんこつ味。
もはや何も言うまい。

お店のBGMとして音楽を流すときには使用料などが発生する。
これは海外の歌い手のものでも同じなのであろうか?
輸入版のCDなどはどうしたものか。
このあたりが大丈夫そうであればおんたまでは海外の歌い手を
伝えていくメディアとなるように精進してゆけばよい。


ところで、おんたまではお店のインテリアとして音楽をとらえている。
ウッド調の内装を毎日いじることはできないし、
毎日新しい北欧の小物を調達するのはけっこうムツカシイように思う。
そこへいくと音楽はとても手軽だ。
まず、なんといっても毎日着替えることができるのだ。
こりゃ魔法のインテリアといっても過言ではないのではないか?
そのくせ、お店の内装、壁や照明、インテリア小物などと混ざりあい、
雰囲気をまるで違ったものに変えてしまうほどの力を持っている。
その上、来店するお客さんは毎日違うわけで、

その人たちの空気とも溶けてしまえば、

毎日が変化していて、お店の人も

お客さんとしても飽きが少ないのではないか。
そのように考えている。


お店に流す場合には不特定の人たちが対象となる。
なので、もちろんその音楽が気に入らない人もいるだろう。
そのあたりは他の内装品と変わりがない。
やはり大切なのは、

「いかにもてなしたいのか。楽しませたいのか」といった
お店の心意気であるのだろう。


さてさて、音楽はただ流すだけでなくてもよいはずだ。

例えば、スタバをもっとリッチにしたようなカフェがあったとして、
そこではドリンクのメニューと一緒に音楽のメニューが用意されている。
お客さんはその中から気分に合った音楽をチョイスする。
するとヘッドホンが手渡され自分が選んだ音楽が聴ける。
それを運ばれてきたカフェモカあたりと一緒に楽しむというのもありではないだろうか。
カフェでムツカシイのであれば、ホテルのルームサービスとして音楽を提供するというのはどうか。
ルームサービスで音楽を注文するとそれを部屋で聴くことができるというわけだ。

先日みかけた記事によると、これをディスコでやったというのだから

世の中にはすごい人がいるものである。

サイレントディスコと呼んでいたように思う。

みな違う音楽で踊っており、周りは静かであるらしいのだ。


お店やホテルごとにチョイスした音楽がたまってきたときには、
それをコンピCDとして売り出してもよい。
CDの売上もさることながら、お店の宣伝としてもよいのではないだろか。
もうすでにそういうCDは売っているが、とても面白いように感じる。
あー、こんなのやってみたいよー。

音楽を楽しむお店をもっと増やそう!!
こんな想いを胸に立ち上げた音泉たまご研究所♪
有線などでおきまりのチャネルから音楽を流すだけでなく、
お店ごとにもっと楽しんでいって欲しい。
たくさん音楽を聞いて、それをもとにお店に似合う、
そしてきてくれたお客さんが楽しい時間を過ごせる音楽。
それを紹介したり、コーディネートしたりできないかなというのが
おんたまラボの思うところだ。

音楽には著作権とやらがとかく騒がれるテーマだ。
とはいえ、CDを買ってお店に紹介して、
それを流すのだからなんの問題もないだろう、と
たかをくくっていた。
ところが。
JASR※Cのホームページをみてみると
お店のBGMとして音楽を流すために
著作権手続きと使用料がいるというではないですか!?
これはいったいなに???
なんのために必要なの?
HPを読んでも読んでもよくわからないのだけれど、
タワレコあたりでCD買ってきてお店で流しても
手続きやら使用料やらがいるのでしょうか?
うーむ。これはやっかいな、そして奇怪なことであるなぁ。
その音楽を流したせいでお店の売り上げがダウンしても
使用料は発生するのだろうか?
ナゾである。
音泉たまご研究所いきなりのピンチでもある。
なんぎなこっちゃなぁ。

おんたま所長は本も好き。

ってなわけでまたまた本の紹介をしてみよう!!

(パチパチパチ)


「生きていくのはアンタ自身よ」

~佐保利流「人生」と「勉強」トラの穴~


著者は、森毅。

東京大学理学部数学科卒。

京都大学名誉教授。

ずばり数学者だ。

あ~、逃げないで。お願い。。。


目次だけ付き合って。ね。

では、目次セレクションいきまーす。


・グレるとはお仕着せ人生への抵抗なんだ

・努力なんて少しもえらくない

・ズッコケで有名だった湯川さん

・「解き方」っていつからおぼえるものになったんだ

・微積分とは道楽の道具である

・なぜかムダがあると勉強がはかどる

・集団生活が好きでなくても気にするな

・家族旅行のためなら学校は休んでけっこう

などなど。


ボクは目次をみてガクっときました。

いい意味でね。

力抜ける、抜ける。

読んでみたらこれがまた、なんでしょう(笑)

キダタロー!?

「絶望に効く薬」での絵をみていたこともあって

ボクはなぜかキダタローさんのイメージと重なってしまった。

「なんてオモロイおっちゃんなんだろう」、が第一声でした。

(注意:数学者です。)


生きることを楽しんでいる様子がありありと伝わってくる。

読んでいて、

思わず笑ったり、納得したり、ズッコケさせられたり。

その語り口はどこまでも軽やかにすいすいと、

そして時にあちらへこちらへと道草をくいながら

つらつらと語られている。

縁側で近所のおっちゃんから面白い話を聞いているような

そんな感じを受けた。

こんなじいちゃんと海でも眺めてスイカでも食いながら

話ができたらその子はどんなに幸せか。

そんなことまで思いをはせてしまう。

生きることにちょっぴり悩んだとき、この本をんぞいてみてはどうだろう。

オモロイおっちゃんがすこーしだけ

その重みをらくーにしてくれるかもしれないよ。


最後に、ボクが好きな箇所から少し引用させていただく。

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「自分に気をつかえない人間が他人に気をつかえるはずがない」

他人に気をつかえ、ということ、

それはときに、少しうっとうしい。

それよりもっと自分に気をつかうことを考えてみようよ。

自分をいとおしむことなしに、他人ばかり気にされたのでは、

それを押し付けられた他人が迷惑だ。


自分の心が落ち込むことのないように、

その前から引き立てておいたほうがよい。

自分の心が爆発しないように、

小出しに自分を打ち出しておくことも必要だ。

そうすれば、怒りとか焦りとかいったものを

他人にぶつけてしまわずにすむ。


自分の心を大事にすることは、

結果的には他人の心を大事にすることにもなる。

大事にした自分の心がその他人に届くのだ。


他人に気をつかってばかりでは、自分の心がいじけてしまう。

まずは他人より自分にたいして気をつかおう。

ゆたかな心だけが他人へ愛をとどかせる資格を持つ。

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オモロイおっちゃんの本はたくさんあるから、

読んだらた紹介しようと思います。

アデュ~。

なんだか久しぶりになってしまった。
リハビリをかねて本の紹介なんぞをしてみようと思う。

「死神の精度」

このタイトルでデス・ノートを連想した人は相当なフリークだろう。
ぜひともだちになりましょう。

さて、この死神の精度の内容はというと、
管理部といういかにも公務員チックな部署に所属する死神が
死ぬ予定の人間を調査するという話だ。

そんな死神の一番の興味は「ミュージック」だ。
死神は仕事そっちのけで調査対象がいる町のCDショップに
いりびたり試聴機のヘッドホンを手放さない。
他の客にとっては迷惑なことこの上ない。
CDを買うわけでもないのでお店にとってもやっかいに違いない。

ジャンルにはこだわらない。
ジャズもロックも、クラシックも「ミュージック」は全て好きなのだ。
人間が生み出した最高のものが「ミュージック」で
最低なものが「渋滞」だ、というくだりがあったが思わず笑ってしまった。
これほど音楽を楽しんでくれるならおんたまのお客さんとしては最高だろうな。
ちっとも儲かりはしないけどね。

伊坂幸太郎の「死神の精度」は、文藝春秋より発売中です。

人間一人じゃ生きていけないよなぁ。

こんな当たり前のことをふと思う。

ボクには目標というか夢というかそういったものがある。

その一つが

「サイレンススズカが逝ってしまったあの天皇賞・秋の続きが観たい」

というものだ。馬主になりたいという動機もそこにある。

ボクがビジネスに足を踏み入れよと思ったのはそれが動機だ。

言い切ってしまうことにためらいを残している今の状態では

とても動機とは呼べないのかもしれないけれど。


喜んでくれる人やがっかりしてくれる人がいなければそれが存在することに意味はない。

そうかもしれない。

ビジネスを考えるとき、ボクだけが楽しくても、ボクだけがつらくてもダメなのかもしれない。

うーん。うーん。わかんないや。


一流のスポーツ選手が語る「ファンに喜んでもらいたい」という言葉。

ボクが言う言葉も音は同じなんだけど、そこに存在する意味というか、

流れるモノはまったく別ものであるように感じる。

なんていうのか。

彼ら、彼女らは「プロフェッショナル」なんだよな。

「ファンのために」ある行動のプロセス。

取り組む姿勢や思考が違うように思う。

ビジネスも一緒なんだ。きっと。

日本一の商人である斎藤一人さんの言葉も同じモノを含んでる。

「お客さんに喜んでもらわなきゃダメだよ」

ボクもこうありたいと同じ言葉を使って試行錯誤をするわけだけど

なかなかその領域にはいけないわけです。

「喜んでもらいたい」はボクのためでも、お客さんのためでもある。

自分の夢のためでもあるし、それに必要なお金のためでもある。

そして食べて生きるためでもある。

食べ物を作れないボクはお金を払うことでしか、食べ物を作ってくれる人と交換できるものがない。

それを運んでくれる人、それを加工してくれる人にもお金と感謝の気持を渡す。

服を作ってくれる人にも、スポーツで魅せてくれる人にもお金を渡す。

ぐはっ。ダメだ。

言葉にしきれねぇ。。。

ヘタレだぜ。


それにしても最初の前振りはどこへいったんだろうか?

まぁこんな日もありますよ。ねぇ。

コンビニを毎日利用している。

ついさきほどもコンビニで雑誌を立ち読みヴァームゼリーを購入した。

レジはおっちゃん。

悪くない対応。


ボクがコンビニを選ぶ基準は人だ。

接客の悪い店員がいるコンビにではモノは買わないことにしている。

品揃えがイイ。明るい。おにぎりが旨い。おでんが旨い。

コンビニを選ぶ基準はいろいろある。

だけど、どんなにおにぎりが旨いコンビニであっても合わない店員がいれば

そこでは買わない。絶対に絶対に買わない。

気分悪いもの♪


コンビニって下手したら24時間不愉快をまきちらすこともあるのかも。

少なくともボクのような偏屈な野郎に対しては効果抜群だ。

店がつぶれる原因は不景気などというものだけなのだろうか?

普段からせっせとファンを減らしいている活動のおかげなのではないか。

そんなことを思ってしまう。

1日に一人ファンを減らせば、1年で365人だよ。

その人たちが3人ずつにクチコミすれば。。。

す、すごい数になりそうだよね。


商いはファンづくり。

やり方はさっぱりわかんないけど諦めずにやっていこう。

人間は一人では生きていけないのだ。

人とのつながりをもっと大切にしていこう。

コンビニから学ぶことも多いのだ。えっへん。

なんでもかんでも一発でスムーズにうまくいくにこしたことはない。
そう思っていた。
落ち込むこともない。
嫌な思いをすることもない。
損をすることもない。
絶対その方がいいじゃん。
そう思っていた。
そうした心境が最近、少し変化をみせている。
なんというのか「うまくいかないことがなんだか笑えてくる」んだ。
どうしようもなく笑いがこみあげてきて、ほほがゆるむ。
周囲の人たちはさぞ不気味だろうなぁと思うとさらにツボにはまる。
楽しい。
なにが?
わかんねぇ(笑)


これもうまくいかないのか、あれもダメなのか。
あっはっはっは。


エジソンは、電球を発明するために1万回の失敗を繰り返したという。
その彼がこんなことを言っている。
「できないこと」を発見しているだけであって失敗ではない。
すげぇおっちゃんだ。
このおっちゃんもダメなことに笑えてくるようなことがあったのかなぁ。
そんなことにも想いをはせる。


スムーズにいっちゃうとこの感覚はきっと味わえない。
できないことが楽しいなんて負け惜しみにしか聞こえないだろう。
ましてや失敗がどうしようもなく笑えてくる材料になるなんて想像すらつかないだろう。
そう考えるとうまくいかないこと、うまくいかない時期はとても貴重ではないかと思うんだな。
正しくは、思えるようになった。かな。
同じうまくゆくならこの道を通った方がきっと面白いんじゃないか。
こんなにいろんなことを味わえるのだから考え方によっちゃあ、これはおトクではないかと思うわけです。
そりゃ凹むこともあるし、うなだれることもある。
いや、そっちの方がまだまだ多いし、おそらくこの先もそんなもんなのだろう。
そう。そんなもんなんだよね。
そんなもん、そんなもん。
なんだ、たいしたことないかも。
そうも思えてくる。


この時期に生まれてきた不思議な不思議な「たのしい」って気持ち。
どう育ってゆくのか楽しみです。

「あしたま!!」
濱田マリのナレーションで展開されるはっちゃけたプログラム。
それが、あしたまにあ~な。こと、「あしたま」だ。
今も放送されているのだろうか?

音泉たまご研究所。
通称「おんたま」。
当初まったく意識していなかった。
ただ、「おんたま」と聞いてだれがこの言葉を信用するだろう。
するはずがない(笑)
だって、そっくしだもんね。
でも、いいや。あの番組好きだし。
「おんたま」もあれくらいのテンポとリズムを刻んだはっちゃけ企画をやってみたいものだ。

今日は朝から少し変な感じだった。
なんていうか楽しい。
ハイってんじゃなくて、ワクワクしてるような。

おんたまは「お店にいい音楽を流そう」をコンセプトに少しずつ宣伝をしている。
現在はハガキが主なツールだ。
何百通か送ったわけだがいっこうに手応えがない。
まあ最初からうまくいくわけないとは理解しつつもやはりショックだった。
昨日までは。

人間の体は毎日新しい細胞がつくられ、古い細胞は廃棄されてゆく。
文字どおり毎日生まれ変わっている。
毎日違う人間になっている。

らしい。
とはいえ、なんのまえぶれもなく突然に
「なんだか楽しい」感じになっていることには少々とまどった。
失敗したらまた次のことをすればええやん。
そんな達観したボクがいるのだ。

すぐそばに。
生きることをまるごと楽しんでやろうとしている感じすらうける。
変なスイッチが入ったようにも思える。
でもその感じは自分にとって「悪くない」ものだった。
そうだよな。
おんたまっていう名前には「つねに楽しむことを、笑うことを忘れない」って
気持ちをこめたんだものな。
そうだよ。どうせ失敗するなら楽しんでやれ。
うまくいかないときこそニッコリ笑ってやるぞ!!
今日はそんな日。
魂が少し熱かった日。