皆様に応援いただいた、電話ができない私。の続きのおはなしです。
先週末、おばあちゃんに会いに行くことにしました。実は先月末に行こうと予定していたのですが、件の大雪で交通機関がまさかの運休になって、断念して延期になっていたのです。心配していた北陸への分岐地点も晴天のまま何ごともなく通り過ぎ。ちょうどあの立ち往生の渋滞も解決されたといううれしいニュースの日のことでした。車窓からの陽光にうとうと眠気を感じていた幸せな移動時間を、一本の電話が暗転させました。
「デイサービスに出かけていたおばあちゃんが体調不良。今からおばあちゃんを迎えに行き、そのまま病院に向かう。」
ここ数日、おばあちゃんは急激に弱くなり、生活のすべてに手がかかるようになったといいます。足が立たなくなり、あんなに痩せた体格なのに、素人では二人がかりでないと移動させられないそうです。スタスタ歩いていた姿が印象に残っていた私には、にわかには信じられないような変化。しかも私はそれまで知らなかったのですが、叔父までが体調を崩して、叔母一人が周囲の手を借りながら二人の看病をしているという八方破れな状況であったようです。
受診の結果、おばあちゃんは入院になりました。肺炎だそうです。デイサービスでの健康チェックの際に微熱があり、追加で検査したサチュレーションの値が低いことで発覚した病変。高熱やひどい倦怠感に至る前、早期に異常を見つけてもらえたことは、考えてみれば不幸中の幸いでした。
でも入院先の病院は、脳梗塞で入院していた時と同じ病院。特にインフルエンザが猛威を振るう現在、「同居親族以外は面会を認めない」と厳格に見舞客の制限をしているのです。移動中にたくさんの人とすれ違った私も、もしかしたら知らずにインフルエンザに感染しているかもしれない。厳しすぎるように思えるお見舞い制限も、抵抗力の落ちている患者さんを守るためには納得の措置。仕方ありません。せっかく会いに来ても、おばあちゃんには会えないのかと、諦めかけました。おばあちゃんの病状が心配でした。重苦しい空気の漂う夕方でした。
翌日お昼過ぎの時間に、担当医の先生から親族宛てに、病状と治療方針の説明や確認があると案内がありました。叔父が「姉弟の意向も確認したい、独断はできない」と言ったのです。それに参加する母とともに受付をしていたら、北からは叔母も駆けつけて。お互いにマスク姿で、久しぶりのあいさつを交わしました。特に咎められることなく病棟内に入ることができ。
病室のおばあちゃんは、酸素をつけて点滴をし、眠っていました。間もなく担当医の説明があり、参加しない私はこれからしばらくは病室内で待機して過ごします。時間があるのだから、無理に起こさずにこのまま見守ろうと、窓際のベンチに座り、持参の文庫本を開きました。高層階の病室の大きな窓からは、はるか向こうまでの景色がきれいに一望できます。あたたかく温度管理された室内は設備も新しく、寝具カバーは無機質な白一色ではなく薄いピンクの花柄。パリッとアイロンで伸ばされた、なんとも優しい色合いのふとんに埋もれるように、おばあちゃんは寝息を立てています。看護士さんがこまめに病室に訪れて細かな気遣いで世話をしてくれ、そっと立ち去っていきます。
どれほどの後か、おばあちゃんは目を覚まし、病室内に座っている人影、私を見つめて目を凝らしました。マスクで顔が半分隠れているのですから、すぐには誰だか分かりにくいでしょう。
「うさぎです。おばあちゃんに会いに来たよ。」
ベッドサイドに移動し、大きな声で、伝えました。
「ああ、うさぎか。来てくれたの?おばあちゃんね、昨日、入院になっちゃったんだ、肺炎だって。」
弱々しい声だけれど、そう言いました。それから、さすがはおばあちゃんです。先日母にことづけて渡したお見舞いやお年玉のお礼を、きちんと伝えてくれ。私がお昼ご飯を食べたかどうかを心配する気配りも、忘れませんでした。本当にたいしたものだと、感心してしまいます。
しばらく話していると、薬のせいで眠くなるのか疲れてしまうのか。すうっと目を閉じて黙り込み。少し動くと息が荒くなって、酸素をつけていてもしばらくは呼吸が元に戻りません。
そのうちには担当医の説明も終了し。二人の娘とお嫁さんの三人が病室にやってきて、口々に話すものだから、おばあちゃんの周囲は急にかしましやかになりました。おばあちゃんも皆に話しかけ、私には見せなかった甘えも出して、笑い声もひっきりなしです。
おばあちゃんを休ませ、ラウンジに移動してお茶を飲みながら、また話し。
「今の入院生活はお義母さんには不本意だろうから、早く退院して家に帰ってきてもらわないとね。」
退院後の生活介助の大変さはきっとこれまで以上になるのに、そんな風に言ってもらえるおばあちゃんは、今までの生き方が反映しているのだろうけれど、この上ない幸せ者です。
睡眠時間を削りその他もいろいろ犠牲にして切り回してくれている手厚い介護へお礼を言い「おばあちゃんをよろしくお願いします」と頭を下げる私を、「何改まったこと言ってるの」と笑い飛ばしてくれる明るい叔母に感謝をしながら、最後にもう一度覗いた病室では、おばあちゃんはまた眠っていました。
2週間後に退院できそうだとの見立てです。その頃には、今よりもっと春が感じられる、あたたかな気候になっているでしょう。
おばあちゃんに会えたこと、話ができて、笑い合えたこと。きっと、また会えること。遠くに住む叔母に、思いがけずに会えたことも、これから間もなく桜の季節を迎えることも。みんなみんな、この先の幸せを保証してくれている、そう信じたいです。
