わんこさんは虹の橋できっともう、私が子供の頃に飼ってい最初のワンコ、リトちゃんに出会っていると思う。
リトちゃんはお調子者のわんこさんとは真逆の性格、よく言えば生真面目で、身も蓋もない言い方をすればきっと、カタブツワンコさんでした。
それはそれは愛すべきカタブツぶり。結局我が家の子はどんな子でも、親にとってみればオンリーワンのスペシャルなのです。
上下関係の序列をきちんと守り、父を一番に立てて母にも従い、そして私のことはきっと半人前だと思って優しく見守ってくれながら遊び相手になり、その上でも半歩引いた立ち位置で分をわきまえ、つつましく暮らしていた。わんこさんみたいに分かりやすく手を抜いて、番犬業務をないがしろにするような態度をとることを良しとせず。眠っている姿どころかだらりとリラックスしたところすら、私は見たことがなかった。
どうしても彼女が眠っているところを見てみたくて、でも何度も失敗し続けた子供のころの私は、リトちゃんがどうやら音に敏感に反応していることを経験測で突き止めて。下校途中に家のずいぶん手前の道路に、歩くと私の背後でカタカタと鳴るランドセルを置きさらには靴まで脱いで、靴下のままそっとそっと犬小屋に近づいて。そうしてやっと、丸くなって眠っているリトちゃんの姿を見ることができたのでした。
かわいく丸まって眠っている姿を見てうれしくてなでようと伸ばした手を、忠実な番犬であるリトちゃんは気配なき侵入者とみなして、起き抜けにもかかわらず果敢に噛みつこうとし。驚いて手を引いた私が、噛みつかれこそしなかったものの犬小屋の入り口のアーチに手の甲を思い切りぶつけて。「痛い!」と叫んでしまったために忠実な彼女は自分の行為を深く反省した様子で、それからの数時間を申し訳なさそうに目を伏せて縮こまって過ごしたという真面目すぎるエピソードを持っていました。不意打ちを仕掛け、リトちゃんを驚かせた私の方が悪いのに、ひたすら恐縮し続けていて、私ももうどうしたら機嫌を直してくれるのか分からずに困ってしまったのでした。恥じ入った彼女が閉じこもってしまった犬小屋にもたれて三角座りをして、二人とも黙ったままで。犬小屋の壁をはさんだお互いの気配と体温を感じながら気まずい時間を過ごし、そのうち自然に仲直りできていた。
忠実な彼女は、番犬としては実に優秀で、家に訪ねてきた人の誰にも警戒心を解くことなく。それに反比例するように家族にはぜったいの忠誠を誓い。でも私はたった一度だけ、リトちゃんに吠えられたことがありました。
学校行事で配られたゲイラカイトを短く持って空中を飛ばしながら、ご機嫌で帰宅したその日に。
大きな目玉を持つデザインの三角形の凧は、はじめて見る得体のしれない生物だと思えたのでしょうか。正確に言えば私にではなく、風を受けバサバサと音を立てるカイトに、リトちゃんは全力で吠えていました。その吠え方はまるで泣いているかのようだ、と幼い直感で感じ取ったのは、間違いではなかったでしょう。凧糸に繋がれ、先輩である自分よりも先に「散歩」をしてもらっている掟破りの生意気なニューフェイス、ゲイラカイトにどうやら彼女は嫉妬したのです。私が家に入っていたわずかな合間に、やはり繋がれていたリトちゃんはどうやってかカイトに手を伸ばし引き寄せて、ボロボロに引き裂いてしまっていました。さっきまでは快調に空を飛んでいたカイトがめちゃめちゃに破壊されているのを見て、私も呆然。でも怒る気になれなかったのは、はじめから「生きて」なんかいないカイトの息の根を止めるほどのリトちゃんの嫉妬心を、理屈ではなく感覚で理解したから。明らかに取り越し苦労のその嫉妬を、ほほえましくかわいいと思ったから。
私はリトちゃんに、一人前となった姿は見せられなかった。半人前のままで、お別れの日を迎えたのでした。責任感の強い彼女に過剰に過保護な扱いをされていた、その未熟な子供のままのイメージが上書きされることは、生前にはなかったのかな?
私はその後に自ら希望して、新しい子犬、わんこさんを迎えました。
忠実なリトちゃんは、あまりに自由気ままにふるまうわんこさんに最初は戸惑い、ヤキモキしながら見守っていたことでしょう。でも賢い彼女のこと、がっちりしっかり守ってあげなくてもうさぎは新たな命を育てていけるようになったんだね、ってやがて分かってくれたんじゃないかと思います。
そして、きっともう生まれ変わりを果たしてはじまった彼女の新たな人生は、息苦しいほど堅苦しくはなく以前よりも適度に緩めたバランスで開始されたんじゃないかな、と思っています。リトちゃんのことだから、きっとまだまだその性格には生真面目さを色濃く残してはいると思うけど。
生まれ変わってはいるはずだけれど、この世界とは違いフレキシブルな時間軸を持っているであろう虹の橋で、リトちゃんは年の離れた妹のわんこさんを優しく出迎えて、私の子供時代の話を暴露しているでしょう。彼女にとっては暴露なんてつもりは微塵もなく、きっと大まじめの懐かしい思い出話の中で。そしてその話を聞きながらわんこさんは、直に知ることはできなかった幼い頃の私の様子を聞いて大笑いしてるんじゃないかな?「あははは、うさぎにもそんな時期があったんだね。見てみたかったな。」なんて。対照的な性格の二人だけど、なかよくしてくれていると思います。
リトちゃん、私はあなたに会ったことで犬と暮らす生活のすばらしさを知りました。一緒に過ごした時間、たくさんの愛情をありがとうね。
それから私が辛かったあの時に、夢にまで出てきて励ましてくれて、ありがとう。わざわざ天国から出張して応援してもらったおかげで、今も私は元気で過ごせています。
