旅立った後のこと 1 | おばあちゃんになった、わんこさんのおはなし。                    ~高齢柴犬の闘病・介護記録~

おばあちゃんになった、わんこさんのおはなし。                    ~高齢柴犬の闘病・介護記録~

ハイシニア柴犬介護記録です。
1年3カ月の闘病期間を含め、いつでも家族みんなで笑いながら過ごした、柴犬「わんこさん」との16年と8カ月の生活。
悲喜こもごもあったけど、トータルしてとっても幸せだった日々のおはなしです。

犬と一緒に過ごす生活って、いいね。

わんこさんが旅立った。


年齢的に考えても、それから脳梗塞を起こしてから1年以上もの闘病生活の期間もあって、いつか近いうちに訪れることが予測できていたお別れ。むしろ、充分な心の準備期間があったといえる。

お別れは、もちろん悲しい。寝たきりになってから1週間で旅立って行ってしまったわんこさん。床ずれは全く出来なかった。夜鳴きの期間も、今から考えれば短かった。もっと手を煩わされたってよかったのに、あっさりと潔く逝ってしまった。


わんこさんが亡くなってから、火葬の待合時間や、一人の部屋で、あれこれ考えたこと。「わんこさんは、人間じゃない」ってことだった。

一緒に暮らしていたら、ワンコは家族。私はわんこさんを兄弟のように思っていたし、子供のようにも、自分の分身のようにも思っていた。でも、それは万人に当たり前に受け入れられる考え方ではない。ワンコのことをただのペットとか動物と思っている考え方の人たちとは、どうしても埋められない温度差が生まれる。価値観の違いだから責めるつもりもないけれど、友人でも職場でも、その温度差は仕方ないこととはいえ、たびたび感じられた。

死亡報告の電話を役所に入れた時。役所の対応は本当に丁寧だったけれど、名前より先に聞かれたのは性別だった。登録番号の方が名前よりも優先されていると感じた。

人間じゃないから、忌引きもない。亡くなったのが金曜日で、お休みの日である翌日土曜日に家族立ち合いの火葬ができたのは、たまたまの幸運だった。

「わんこさん、次は必ず、人間に生まれ変わってね。」そう思った。


犬は、言葉を話さない。そこが、犬のいいところだと思っていた。沈黙の美徳、無条件の従順。そんな犬の一生を、わんこさんは立派に生き抜いた。

仏教には六道という考え方があるらしい。犬として生きたその生を終えた魂は次に人間道に生まれ変わり、人間として徳を積み、人間の一生を終えた後に、極楽浄土に行ける。霊園の法要でのおはなしを聞きかじった受け売りなんだけれど、そういうものなのかなあ、って納得できる気がする。そうであってほしいと願う優しさが作った、死後の世界解釈であるように思える。


言葉を持たなかった一生を終えた後、わんこさんの魂が再び生まれ変わるのなら、次はきちんと自己主張できる人生を歩んでほしい。自分の選んだ道を進み、自立して、思う通りに生きてほしい。

私はわんこさんと、「輪廻転生で生まれ変わったらまた会おう」と約束した。いつか人間に生まれ変わったわんこさんと、どこかで出会えるかもしれない。私が選んだ選択をいつでも従順に受け入れたわんこさんは愛おしかった。だから私は、わんこさんを全力で守ったつもり。でも次の人生ではしっかり自己主張をしてね。私も気が強いところがあって、言いすぎる癖があるのは知っているでしょう?時には言い合いもしよう。生まれ変わったわんこさんに言い負かされるのは、そりゃあ悔しいけど、でもそんな日が来るのが少しだけ楽しみでもあるな。


人の親として、最終の願いは子供の自立。犬として生まれたこの世界では叶わなかったこと。次に生まれたときには、自分の力で選び取った人生を、どうか幸せに貫いてほしい。この世界でわんこさんの母であった私は、どこかで次の生を受け、きっと優しい両親に恵まれるであろうわんこさんの次なる人生が順風満帆であるよう、ひそかに願っているのです。そしてできれば、ずっとずっと先のことになるけれど、今度はわんこさんも「お母さん」になれますように。


            
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