「ねえわんこさん、わんこさん認知症で、いつか理解力が落ちるかもしれないけれど、今ならまだ私の言ってること、分かるでしょう?分からなくなっちゃう前に、聞いたこと端から忘れちゃう前に、約束しておこう。」
私はわんこさんにゆっくり話しかけはじめました。わんこさんは聞いています。鳴き声をあげるのを止め、じっと動かず、首筋をなでられながら、聞いています。
「輪廻転生、ってのがあるのなら、必ずまたどこかで会おうね。約束だよ。私もわんこさんのこと探すから、わんこさんも私を見つけてね。でもね、私、現世でもまだ諦めないよ。ごはん食べて、また元気が出たら、お散歩にも行きたいし。それができなくても、こうやって近くで体温を感じていたい。それだけで充分幸せだからね。まだまだ、諦めないよ。」
わんこさんと私の、二人の秘密の約束を結びました。
夜10時半。寝る前のお散歩の時間。排尿のために外に連れ出しますが、抱き上げて移動していたわんこさんを道路端におろすと途端に、悲鳴みたいな大声をあげます。足裏から伝わる冬の地面の冷たさが不快なの?
ヨロヨロとよろけ、踏ん張りが効かず、後ろ足が立たない。崩れるように、横座りの体勢から寝姿勢へ。そして、そのまま排尿。広がる尿染みを見ながら、「これは散歩とは呼べないね」と、悲しい気持ちになる。10月の大雨の降る日に、やっぱり立っていられずに寝そべってしまった時と同じ気持ち。
自然のもとで生きる野生の状態なら、この子はもう、間違いなく生きてはいられない。野生の犬の生きるゴールを超えて、飼われているから、支えられ庇護されながら、まだ生きていられるという現実を知る。いやというほど、突きつけられる。
わんこさんは、生き切ったのだ。けれどまだまだ、生きていてほしい、生き続けてほしいと願うのは、わんこさんにとって重荷なのか?
わんこさんに、覚悟を決めた別れの約束をしたかと思えば、またすぐにグラグラと悩み、迷う。私の心は定まりませんでした。
管を使っての栄養補給じゃなければ、ギリギリOKでしょう?わんこさんの意志で、食べてほしいと願うこと。そのお手伝いをすること。大切なあなたの命をつなぎたいから、私たちがとる行動。迷惑かもしれないけれど、わんこさん、許してくれるでしょう?
起き上れず歩けなかった、すっかり軽くなったわんこさんを抱きかかえて家に帰りながら、そう問いかけました。腕の中で丸くなり、すべてを委ねて安心しきった大きな丸い毛玉になったかのようなわんこさんは、その問いかけには何も答えなかったけれど。
