月光ゲーム―Yの悲劇’88 :感想 | しのぶーのブログ

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あらすじ

夏合宿のために矢吹山のキャンプ場へやってきた英都大学推理小説研究会の面々を、予想だにしない事態が待ち構えていた。山が噴火し、偶然一緒になった三グループの学生たちは、陸の孤島と化したキャンプ場に閉じ込められてしまったのだ。その極限状況の中、まるで月の魔力に誘われたように出没する殺人鬼! 有栖川有栖のデビュー長編。
(byアマゾンのページ)


作者の言葉を借りれば、自分は『よき盤面の敵』でなかったが、この物語と戦った一個の存在として、ルールブックそのものにいくつか疑問を提示していきたい。


※以下ネタばれ!!


①武がナイフどうやって手に入れたのか。

武がナイフを手に入れた(と思われる)日の動きを追ってみる。

早朝:サリー行方不明→朝:噴火→午前中:男子はサリーを探しに行く→午後:昼食後皆ちりじりに

その後、サリーのテントにアリスが訪れ、負傷したルミと理代がテントにいることを確認する。


この日の午後、武はサリーのナイフを手に入れたと思われるが、火山弾により負傷したルミが昼食後に外をうろつくだろうか。月が出ていれば、月光浴のため外をうろつくルミであるが、負傷したその日の午後をテント以外の場所で休養をとっていたとは思えない。

もちろんルミもトイレには行くだろうが、その際は理代の動きが気になる。

万が一、二人が同時に姿を消したとしても、互いのテントが近いためどこに人の眼があるか分からないし、女のテントに男が出入りしていればそれだけで目立つ。


ちなみに夜、武は夏夫と話しているためテントに行けない。また、ルミは月光浴のためテントから離れているが、理代を探しながら林を歩いていたアリスが理代を見つけることが出来なかったため、テントにいたと思われる。


そもそも、武が「真夏の照りつける陽の下で俺はサリーのナイフを手に入れて…」という発言があるが、

噴火後の天気は「黒い噴煙だけが上空を覆い、日の光を僕たちから奪っている。」とある。

ということはつまり、その前日、武とサリーがお互いが愛を確信した時にナイフを手に入れたことになるが、それはいくらなんでも……


凶器を入手する時点で、「テントの中にいるはずの理代&ルミが同時にいなくなり、その他13人の眼がたまたまそのテントを見ていなかった」というすさまじい偶然を利用しなければいけない。

このような偶然を期待するより、「理代orルミが犯人」と考えることが普通だと思うが…


結果的に凶器を手に入れているのだから、上記のような偶然の状況があったことは確実なのだが、それならそれで、

『ルミの負傷を手当するため、ルミはボーイスカウト出身者のテントで手当てを受け、理代はその付き添いをしていた』等の描写がなくてはならないのではないか。



②尚三の遺体について

行方不明になった尚三は結果的に「崖から捨てた」が正解だった。

「捜索の輪は相当まで広がっている。文字どおり虱潰しに捜しているのだから、彼が無事にしろそうでないにしろ、まだ発見できないというのは理解に苦しむ。」

という描写があるのに、正解は「崖から捨てた」。

…こっちが理解に苦しむ!!しっかり捜してくれ!!


強いて言えば

「本当に崖から転落してしまったのだろうか?そう考えるのが自然なように思えてきていた。」=「崖から転落したら見つからない」と読み替えることも出来るかもしれないが、それならば

江神さん「この崖から落ちてたら見つからんな……」

みたいな描写をしてほしかった。


「尚三が夕食後から噴火後に殺害されていた」というのが、犯人限定の決め手にもなっている以上、この時に殺人があった、ということがはっきりしないと犯人が限定出来ない。

例えば、「手や足を刺し、指を切り落とし、下山を強要させる」という手を犯人がとっていないとも限らないため(血痕や被害者の抵抗等あるだろうが)、「崖から落ちれば遺体は隠される」という明確な描写がないと、尚三はただ行方不明だっただけに終わってしまう。


また、日没後に夕食のシーン→武が尚三を殺害したとされるシーン(11時)までの間に時間的な空白がある。(夕食が夜の10時であれば別だか)

江神さんはこの後半のシーンのアリバイのみ言及しているが、夕食から2~3時間は時間的な空白がある以上、誰が犯人であってもおかしくない気がするのだが。



③カメラの中身

尚三殺害後指を切り落とす→「武はこちらに歩いてくると、僕と夏夫の間に腰を降ろした」→噴火後、カメラの中に指を隠す

この、アリスと夏夫の間に腰を降ろした時、指はどこに持っていたのだろうか。握った手の中かポケットの中にあったのだろうか…

そのどちらだったとしても、噴火直後身体検査をするわけでもないのだから、カメラの中に指を隠す必要はないのではないか。

また、殺害後「アリスと夏夫の間に腰を降ろす」必然性がない。お腹が痛い・眠いとでも言って、2人を避け、自分のテントの中や弁護士の遺体の近くにでも早急に隠す必要があったのではないか。

作者のアイデアが先行して、登場人物が論理的な動きをしていない。


また、テープのトリックを使った際も、「武が小川の方からやってきた」という描写がある。

テント村、小川、林の正確な位置関係が分からないために、武の正確な動きが分からないが、それでも望月のテントに行き、指を回収し合流したにしては少し無理があるような気がする。



…とまあ、いちゃもんはこれくらいにして。

血がついていなければならないマッチ・マッチ箱に何も血がついていない、というのは完全に騙された。描写が上手い。

…ただこのシーンにしても、ルミが懐中電灯を持っていた描写がないため、「懐中電灯を持っていなくてもそれなりに歩ける」or「ルミの懐中電灯が壊れている」ということも十分に言及できる。


最後までいちゃもんになってしまった。

ルミ犯人説を推してたんだけどなあ…


限定された条件の中「凶器」という殺人の必須アイテムを入手する条件が、ほとんど重要視されていない点がとても気になる。

しかし、噴火により閉ざされた十数人の若者、その中で起こる殺人、謎のダイイングメッセージ等の要素が、本格好きにとっては胸躍る内容となっていることには間違いない。

動機についてはミステリっぽくはないのかもしれないが、200年前から続く一族の恨みなんかよりも、その一瞬において穢されたプライドの方が大事だったということだろう。

論理的なパズルとしては納得いきかねる部分もあるが、名探偵:江神二郎ファンである身としては面白い本だった。



読んでよかった度 :☆☆

もう一回読みたい度:☆☆

江神さんがカッコいい度:☆☆☆☆