おのころ心平です。
あらためて「痛み」というものを
考えてみたとき、これは、
「客観的指標のない症状」
だということがわかります。
血圧や血糖値のような
わかりやすい数値がないので、
痛さの度合いというのもが
計測することができません。
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僕は、人間は脳が発達したゆえに、
人間独特の痛み感覚が進化して
備わったのではないか、と考えています。
私たちの脳には
「視床」という部分があり、
ここで脊髄を上がってきた痛み信号の
増幅を行っています。
同じ圧力刺激でも、
すごく痛がる人とそうでもない人がいるのは
「視床の感度の違い」と言うことが
できるかも知れません。
***
「視床」は脳のほぼ中央に位置し、
嗅覚以外のあらゆる感覚情報
(体性感覚、痛覚、視覚、聴覚、味覚など)
を大脳皮質に送る一大中継基地のような場所です。
中央に位置し、感覚がすべて集まり、
痛み信号を調整する場所です。
***
そこでこう考えるのです。
視床を拠点とする痛覚とは、
私たちに「中心」を教える感
覚なのではないか?
中心軸がブレているときに
生じるものこそ、痛みである
と言えるのではないか?
私たちは痛みによって、
さまざまなことを学びます。
それは、痛い目にあいながら、
「自分の中心軸を知ることになる」
とも言えるのではないか?
***
僕は、痛覚も感覚信号なのだから、
感覚同士で打ち消し合う方法が
あるのではないかと考えています。
脳の視床には、あらゆる信号が
集まってくると言いましたが、
そこに集まる信号同士が調和し合えば、
痛みは、必要以上にひどくはならない
のではないかと・・・・。
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