こんにちは。
GOLDEN KIDです。
今日は、ミロクの世シリーズからちょっと離れまして・・・、このブログは2017年6月から始まったのですが、今でも2017年に書いた中で、継続してアクセスのある記事がいくつかあります。ありがたいですね。
そのうちの一つが、下記「格とは?格の高い人と低い人のたった一つの違い」です。
この記事を書いてから3年半以上経ち、使う単語なども変わってきましたので、今の私の言葉で「格」についてもう一度説明したいと思います。ぜひ昔の記事と読み比べて見て下さい。
まず「格」は、私たちの首(喉)が主管するものです。
このブログでは思考を、受動的思考と能動的思考の二つに分けて説明しますが、これらの思考は首を基準に考えることができます。つまり首から下を主体とするのが受動的思考、首から上を主体とするのが能動的思考です。
首から下は感情や利己心、首から上は理性や知性などと呼ばれるもので、理性や知性に感情や利己心が勝ればそれは受動的思考であり、反対に感情や利己心に理性や知性が勝ればそれは能動的思考と言うことができます。
そして格の高い人ほど、感情や利己心に勝る理性や知性を持ち合わせています。反対に感情や利己心、あるいは性欲に理性や知性が負かされ、独りよがりな人ほど格が低いと言うことができますね。
ちなみにこのブログで何度か書いていますが、性欲は決して悪ではありません。食欲も同様ですが、性欲にしても食欲にしても、そこに囚われ貪ることが悪です。反対に、性欲や食欲を放棄することも、結局囚われと言えるのでこれも悪かも知れませんね。
話を戻しますと、格は首を基準に上が主体となるのか、それとも下が主体になるのかによって決まってくると言えますが、首自体にも大きな役割があります。
例えば、私たちは食事をする時よく噛んでから飲み込みます。あまり噛まずにそのまま飲み込めば、よく消化できずに調子が悪くなったりしますね。
これは物理的な食事ですが、実は、私たちは精神的にも様々なものを食べています。いわゆる見たもの、聞いもの、嗅いだもの、味わったもの、触ったもの、あるいは考えたことなどといった経験です。
ちなみにここでいう「味わったもの」は、味わった経験(記憶)のことです。物理的な食べ物は数時間もすればなくなってしまうでしょうが、味わった記憶は、それが特別であるほど長く残りますね。
そしてこのように精神的に食べたものは、それが良いものであれば楽しい記憶として残るでしょうが、悪いものであれば私たちを苦しめるようになります。その顕著な例がトラウマです。
ですが私たちの首(喉)の機能が十分働いていれば、食べ物をよく噛んで消化するように、精神的な食べ物もよく噛んで消化することができます。このような精神的な消化を『昇華』と言います。
様々な記憶や経験を首を通じて昇華させることで、首の上、即ち理性や知性を主体として生きられるようになるのです。
そして面白いのは、実際に「噛む(カム)」動作を行うことで、記憶の中の嫌な思い出やモヤモヤを昇華できるという事実です。
上の歯と下の歯をぶつけるようにして噛むと、歯も欠けてよくないでしょうから、歯と歯がぶつからない程度に噛む動作を行ってみます。もちろんただ噛むのではなく、嫌な思い出やモヤモヤを噛むという意識で行います。
夜寝る前に、その日のことを思い出しながら「カミカミ」してもいいかも知れませんね。
この方法は、数ある内の一つに過ぎないかも知れませんが、とにかく首から下の感情や利己心、あるいは性欲といった囚われから離れ、昇華させることではじめて真の理性、真の知性を発揮できるようになると言えますね。
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