『三種の神器』とサイパワー(3)八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)篇 | 六角時代-Only Sir素空慈の新時代を開く波動文明ブログ
こんにちは。
GOLDEN KIDです。
今日は『三種の神器』とサイパワー
(1)草薙剣(クサナギノツルギ)篇
(2)八咫鏡(ヤタノカガミ)篇
の続きとして
(3)八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)篇
をお届けします。
GOLDEN KIDのやさしい解説

勾玉のイメージ
勾玉を見ていただくと、
人によってはある形に似ていると
気づくかもしれません。
それは、
太極図です。

これは黒塗りの部分、
つまり太極図の片割れが
何だか勾玉の形に似ていますね。
この太極図は、この世の中が
”伸びて行く気運”と”引き寄せる気運”
という二つの相反する気運を同時に
持っていることを示す図です。
そして黒塗りの部分は、
引き寄せる気運によって作られた
「粒子性」を表しています。
粒子性とは簡単に言いますと
「物質」のことですね。
科学は、光が「粒子」としての性格と
「波動」としての性格を同時に持って
いることを発見し、
これを『粒子と波動の二重性』と
呼んでいるようですが、
まさにこの『二重性』を表した図が
太極図となります。
そしてこの『二重性』のうち「粒子」
の性格を表したものが今回の<勾玉>と
言えるのではないかと思います。
さらに、
先ほど粒子は「物質」と言いましたが、
私たちの目の前に存在する物質は、
目に見えない「波動」によって
支えられていることを
私たち人間が視覚的に認識できるように
作られたものが<八尺瓊勾玉>である
と言えるのではないかと思います。
実際、太極図を見た後にもう一度
<勾玉>を見ていただくと、
目に見えない「波動」の世界を
何となく感じられるかも知れません。
たとえば机や椅子を見ても、
それが目に見えない「波動」によって
支えられていると連想することは
ちょっと難しいので、
<勾玉>のようにどこか欠けた形を
作ることで、私たちが思い出しやすい
ようにしたわけですね。
また神道では「万物に神が宿る」
と言いますが、
ここで言う『神』がまさに
目に見えない「波動」を表していて、
そうした意味で
<八尺瓊勾玉>は物質の中に宿る
『神』を見い出すためのツールの一つ
とも言えるかと思います。

なお先ほどは、
目に見える「物質」は目に見えない
「波動」に”支えられている”と
表現しましたが、それよりも
目に見える「物質」は目に見えない
「波動」によって”作られている”と
言った方が正しい表現かと思います。
つまりこれは、
目に見えない波動の世界が「本体」
だとすれば、目に見える物質の世界が
その「投影」であるという意味です。
例えて言えば、
私たちが見る映画のスクリーンは、
フィルムに照らされた「光」の
投影であるようなものです。
もちろんだからと言って、
投影の世界が決して「偽物」という
わけではありません。
本体である「光」の世界を体得した人は、
フィルムに願う世界を刻印することで、
その願う世界をそのまま現実世界に投影
することができますが、
投影世界に翻弄されている人は、
本体である「光」の世界に気づく
ことはできないですし、
またフィルムに刻印された内容を
自分でも気づかずに
ひたすら繰り返すしかないのです。
つまりここで言う「光」とその「投影」
もまた本来一体であると言うのが
<八尺瓊勾玉>の意味するところと
言えるのではないかと思います。
そして重要なことは、
波動である本体が「主」、
その投影である物質が「従」である
ことが、私たちにとって最も健全な
関係であるということですね。
これをサイパワー式に言いますと、
”物質に囚われた自意識の影響から離れ、
波動である魂を主として生きることで、
魂の光を通じて願う世界を現実という
スクリーンに自由に投影、つまり創造
できるようになる”と言えるかと思います。
以上、サイパワーの角度から見ると
<八尺瓊勾玉>はこのような解釈が
できるかと思います♪
もちろん<八尺瓊勾玉>には様々な
解釈があってこれが絶対というわけ
ではありませんが、
このような見方で再度<勾玉>を
見てみると、また違った世界が見えて
来るかも知れませんね!
GOLDEN KID
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