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これはパソコンのほうが楽にできます。

ただ、ぼくがスマホで始めに使っていたアプリはテーマをブログと日記以外に作ることができなかったんです。スマホでそういうことをできるようになったのは、よく画面をみたら、スマホでも編集できることが分かったのですが、そのためには他のアメーバアプリをインストールする必要があり、それでテーマを自分で作られることがわかって、途中からテーマを小説にしたのです。

夕食の後、ハイセイコーがでたという牧場が近くにある分屯地にいたぼくは中隊事務室の掃除を夕食の後で掃除をしないといけなかった。それで若手の幹部隊員がこんな話をしていた。

「年賀状を出してもいけないんだと」とか。

 

なぜ、そういう人がその幹部に接触したのか? ぼくのことを個人的なつてで聞くためだったと考えられないか?

 

ぼくは昭和58年に4月に宮城県の多賀城市にいたわけだが、そこでぼくを区隊長が指さして「警察の件は大丈夫だな」とか言っていた。

 

昭和58年に秋田市で殺人事件が起こった。ぼくがしたという証言があったが、不在証明は完璧だった。それから心霊現象が起こった。昭和59年の1月にはぼくは札幌の真駒内にいた。そこで心霊現象を根拠にぼくが調べられた。だが、関係ないと自衛隊にははっきり分かった。

事件が昭和58年にぼくが多賀城にいて、そのことで昭和59年に真駒内の教育隊が警察の問い合わせるにあたって、方面隊が違うので、方面隊同士の話合いとなるだろう。話が大きくなる。それで警察が自衛隊が誤魔化しているのでないかと考えられる。自衛隊が疑われる。

殺人事件を自衛隊が組織的に隠ぺいしていると思われたら、重大だ。公安とか内閣情報調査室といった組織が調べることとなったのでないか。

ぼくの情報が総理府に送られるなんて、ことがあったのか? 明らかな誇大妄想である。

「いいな、お前はしたい時に仕事して、休みたい時に休めて」

夏樹兄さんは池田さんの家に上がりこんで部屋に入るとなんとなくそう口にした。

「だけど、決まった給料がないのは辛いものだよ」

池田さんの部屋には登山靴とかなんか登山グッズが置かれていた。

「お前に山に行く趣味があったのか?」

「ああ、写真を撮りたくてね」

「ふーん」

なんとなく、夏樹兄さんが部屋の本棚をみると、パソコン通信の過去LOGのファイルが目についた。

「ちょっと、PC-VANのLOGを見せてくれないか?」

「いいよ」

夏樹兄さんはPC-9801シリーズのパソコンは買ったものの、あまりパソコン通信をする時間がとれなかった。なんとなくUFOサロンと書かれたファイルが目について読んでみた。

で、ヒデと書かれたメッセージを見つけた。IDを見て、ぼくが書いたものだと分かった。

夏樹兄さんは母がぼくがカメラをもって、窓の外を見ているようになったと言ったりしたのを思いだした。

ファイルを遡って読んで、池田さんが唯というニックネームで4月1日付で白神山地にUFOの基地があるという記事を見つけて笑いが出た。が、書いたのが池田さんとだと考えて池田さんの顔を見て、血の気が引いた。だが、はじめからよく読んでそれが4月1日に書かれたメッセージだという意味に気づいた。

「ああ、エイプリルフールか」

「ぼくが白神山地にUFOの基地があると書いたメッセージか。あまりうけなかったようだが」

夏樹兄さんは池田が取りたい写真って、UFOの基地か? とか思い浮かんだ。そして、ぼくが写真をネットにあげてほしいと言ってきたことを思いだした。

部屋に置いてあったテレビが親の金を盗んで、関東から自転車で逃げてきた高校生が秋田で補導されたというニュースを流した。

「自転車って、ホームセンターで1万円以下で売られるようになったな」

夏樹兄さんはぼくの母がぼくに2万円を渡したことを思いだした。で、頭で考える前に言葉が出た。

「大うけだよ、池田。UFOサロンのヒデはぼくがお前に相談していた従弟の村山秀和だ。お前のメッセージを読んで自転車を買って白神山地へ行ってしまったんだ」