今回は毒親のサイコパス性についてお話させてください。。。

 

 前回も書かせていただきましたけど・・・サイコパスは、特長を上げると・・・「共感性が無く、残酷性が高い」「自己中心的な物事への判断(損得)」「虚言性が強い」「他者を操作的に誘導する」などがあります。。。

 前にもお話しましたが、彼は会社(住宅関連)をやっていましたが、私が観る限りでは、住宅の事に豊富な知識があるわけでもなく・・・積み重ねた技術力も無く・・・とりわけすぐれた感性(センス)も無く・・・何より住宅への情熱も感じられない・・・基本的な財務的知識のみで会社を経営していたと思います。。。

 通常ですと、まず会社は発展しなそうな経営者であると思いますが・・・彼の場合、「人に負の感情を与えるのが上手」で、特に「嫉妬、疑念、不安、恐怖・・・そして傲慢さ」といった感情を、相手は操作されていると気が付かないまま誘導していく事には長けていたと思います。。。

 

「操作方法」

①社員などであれば、まず威圧的に入ります・・・そしてマウンティング的な上下関係を無意識的に植え付ける。

②今度は、このままでは自分はダメになるというような、焦り、不安などを植え付けていきます

③結果それらの感情がエネルギーとなって相手は動き始めます・・・更に、一通りの結果が出てホッとした状態になる

④もう一段の負の感情を与えていきます・・・それらを繰り返す

⑤相手の心的エネルギーが消耗しゼロに近くなるのを見計らって、褒める、認めるなど、わずかな報酬を与えます。。。

 

 ポイントとなるのは、相手が弱っている状態をよく観察していて、その状態をキープしようとしている感じがあります。。。

サイコパスは共感性を持たない為に、自分の利益のために、他者が苦しんでいるところを観ても基本的に心が苦しまない・・・おそらく機械を動かして、オーバーヒートしそうなところで休ませる・・・そんなイメージで向き合っている感があります。。。

 このような手法を使った会社とかは結構あったりもしますが、往々に経営者はサイコパス的な要素を含んでいるのかもしれません。。。

そして、彼の会社もそうなのですが、仕事が雑になりやすく、収益が上がっていても、仕事の不備が多く、社員の柄もあまりよろしくなかったりするものなのかもと思います。。。

 人は心的エネルギーが低下している時は自我機能が低下する為に、客観性、冷静さ、集中力なども低下します。。。それらによって自分が無理をしている事に気が付きにくくなりやすくなるので、「仕事が雑になる」「気持ちが粗野になる」そんな現象が生まれるのかもと思います。。。

 

次回は、もう少しサイコパス性についてお話させていただきます。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の場合毒親(父)は、サイコパスでナルシズムであり、ボーダーラインであると思います。。。

今回は、その中の「サイコパス」と言われるものについてのお話をさせてください。。。

 

 サイコパス(反社会性人格障害)というと、映画などで観られるような、快楽殺人鬼的なイメージが多いかもしれません。。。

確かに残酷な行為を平然とやってのける殺人鬼は、サイコパスだと確かに思います。。。ただ、サイコパスと言われるものは、もう少し範囲が広いようでして。。。

サイコパスの特長として上げられるのが、「共感性が無く、残酷性が高い」「自己中心的な物事への判断(損得)」「虚言性が強い」「他者を操作的に誘導する」といった感じで、サイコパスの中には、犯罪者にならないまま社会にいる事も多く、その能力を生かして出世している人物なども多いのが現実です。。。

例えば、政治家などはサイコパスが多いと言われ、ドイツのヒトラーや北朝鮮の委員長などはサイコパスですが、中には世間の評価の高い人もいて、アメリカ元大統領のケネディさんやイギリスのサッチャー元首相、中国の毛沢東などもサイコパスだったと言われています。。。

その他職業別では、法律に関係する人や警察、マスコミ関係、企業のCEOなども多いと言われます。。。これらに共通して言えるのは、「裁く」という行為が必要とされる職業で、サイコパスの共感性を持たない資質をうまく生かして社会に還元出来ている人もいると言われています。。。

 サイコパスは例えるなら、毒性のある植物のようなもので、普通に食べたら病気になりますが、使い方を間違えなければ、薬にもなるものでもあると思います。。。

個人的に思うのは、社会に還元できる人物なのか、毒としかならないのかの違いは、その人の自己愛性の成熟度によるものなのかもと思います。。。自己愛性は、成熟してくると、他者を幸せにして、その他者からの恩恵(賞賛、好意、金銭など)を得て自己愛を満たすようになってきます。。。サイコパスの人が他者への行為の中に、「純粋さの有る無し」は別として、結果的に誰かの幸せに繋がっているのであれば、社会的に認められやすくなります。。。世間の評価の高いサイコパスはそのあたりをよく理解して行動していたと考えます。。。

 ただ、自己愛が未成熟なままだと、自己中心的で短絡的な為、他者存在を軽視しやすくなります。。。今の自分の自己愛欲求が満たせればOKの状態なので、虚言や演技的なものでその場を取り繕ってでも、他者を不幸にする事で自己愛を満たそうと考えやすくなります。。。結果、他者からの反感、反発を受けて、最後は破滅的に終わっていくサイコパスもいるのだと考えています。。。(ヒトラーなどはいい例かと思います)

 

 こういう話とかさせていただくと、もしかして自分もサイコパス??異常者とか心配になる方もいらっしゃいますので、一応補足させていただきます。。。

サイコパスの特徴に関しても、全く残酷性を持たない人、嘘をつかない人、損得勘定をしない人、他者を操作しようとしない人って居ないと思います。。。逆に、大人になれば、サイコパス要素は、ある程度は持っていて自然だと思います。。。

問題となるものは、その程度が強すぎる事によって、さまざまな不幸を生み出してしまう事で・・・。もし誰かの不幸を生み出してしまっていても、後で罪悪感や後悔などが心にあれば、サイコパスとは言えないと思います。。。

 

次回は毒親のサイコパス性についてお話させてください。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は20代後半になり、不動産関連の会社を起業することになっていきました。。。

といっても、父の資産を個人でなく、法人として有効利用していく事が主な目的の会社でしたので、不動産の経験もあったので、普通の企業よりはプレッシャーは無かったものだと思います。。。ただ、それでも会社を立ち上げ、役員として仕事をするというのは、初めての体験なので、どうしていったら良いのか戸惑いもあったのは確かだと思います。。。

メンバーは当初4人で、私と姉と従業員女性となぜか父の愛人も一緒で・・・。愛人の人は、性格的には少々我が強い所はありましたが、仕事自体は責任感があって事務的なキャリアも豊富だったので、仕事面では信頼感のある方だったと思います。。。お互い普通の関係性であればなお良かったんですけどね。。。

 

 一方、父の会社は、バブル期の影響を受けて、一時期は大きくなり、ついに上場までする事にはなったものの・・・上場以来連日株価は下がり続け・・・ついには初値の4分の1程度まで下がり続けていました。。。父の会社は見た目は大きいものの、実状は、本業の住宅の利益はあまり出ておらず、利益のほとんどは土地の売買差益に頼っている状態で、健全性に欠けていました。。。更に、住宅のほうも、建てれば欠陥ばかりが出てくるようなものが多く、信頼性に欠けるものでした。。。

 株式市場とは、冷静なもので・・・バブル期が終わり、土地の売買などに頼ってばかりで、本業も信頼性に欠ける企業というのは将来性が無いと判断されたのだと思います。。。

そんな状況の会社だったので、上場後数年で会社は身売りとなり、事実上父のものではなくなっていきました。。。

 

そんなものとは裏腹だったのかもしれませんが、私と姉のいる会社のほうは、小さいながら地道に安定したスタートとなっていき・・・程なく、父も兄もそちらの会社に合流してくることになっていきました。。。

ここで、初めて、父や仕事ぶりを観る事になっていきますが・・・いままで、父はプライベートでは愚かな行動が目立つ人だったですけど、仕事は出来る人・・・なんて勝手な思い込みだったのかもしれません。。。

異様に欲深く、せっかちで、必要のない所でも慌てて事を進めようとする・・・そんな中、皆でなんとかして結果的にうまくいっても、今度は、価格が安いからうまくいったと、安易に売値を上げようとする。。。反対に、悪い結果が出ようものなら、自分が言いだした事でも、その責任は誰かに押し付けようとする。。。以前の会社が、なぜダメになっていったのか・・・良く解りました。。。

猪突猛進的でパワフル(我執)な状態の人は、珍しくは無いと思います。。。個人的な主観かもしれませんが、この傾向は団塊世代の人にはよく見られる感じがしています。。。団塊世代全ての人がそうだとは言えませんが、時代背景もあってかこのような傾向がある方は割とと多いかもと思います。。。

ちなみに、個人的には、その状態が善か悪かはわかりません、ただ、好きか嫌いで言えば、あまり好きにはなりにくい・・・そんな印象です。

 

 脳科学はあまり詳しくない上での話ですけど・・・脳内物質には色々なものがあって、その中にドーパミンとノルアドレナリンというものがあります。。。ドーパミンは快楽を貪るような物質なので、ハイテンションで楽しいなんて気持ちに繋がりますが、楽天的で冷静さに欠ける為危なっかしいものでもあります。。。またノルアドレナリンは、不安恐怖などの感情が出やすくなるため、攻撃的で怒りっぽい傾向が強くなったりもします。。。(いわゆる躁鬱(そううつ)的な感じです)躁鬱的な心の波は、基本誰にでもあるものだと思います、ただ、自己愛的な人ほど、その波が大きく揺れてしまいやすいものでして。。。

 

 心の波の少ない人から大きな波の人を観たら、異常さ、怖さ、違和感などを感じます。。。往々にして、波の大きい人は、それらの原因で孤立していきます。。。そこで、波のない本当の所の自分に戻れれば、周りとの信頼関係を取り戻して、幸せになれたりするもんですが・・・返って波を大きくしてしまう人もいて。。。

当たり前ですが、大きな津波がやってくれば人は逃げようとします。。。そして、周りの人が自分から離れれば、人は寂しさを感じ孤独になっていきます・・・でも、我に執着するためか、自己愛的な人たちは、生まれてくる孤独感を解消するために、権力的な物に執着して、支配的な行動に走ってしまうものと思います。。。

 

 

 今回は、本格的に毒親的になっていったきっかけのお話をさせてください。。。

 

 20歳前後で発症したうつ病は、3年くらいはきわどい状態が続いていました・・・営業の仕事など、人と接する仕事ではとてもしんどかったもので・・・程なく休職をすることになり。。。

 休職して2,3月経った頃に、彼(父)から「お前が休んでいると周りの役員などから突っつかれるから働け」的な事を言われ、今度は、地方の支社みたいな所で設計の方の仕事をする事になりました。。。

 

 そして仕事を初めて数か月経った頃でした・・・当時本社にいた兄から連絡があって、「今夜家族会議があるから早く上がって実家にくるように」とのこと・・・入ったばかりで、残業もしなければ仕事が間に合わない状態だったので「忙しいから今日は無理かも」と言ったら「そういう訳にはいかないんだ(ガチャ)」という感じで一方的に電話を切られてしまい。。。渋々実家に向かいました。。。

 実家に行くと、父母兄姉と居て・・・母親が泣いていました。。。そして父は皆の居る前で、「自分に冷たいご飯を出すなんてとんでもない!離婚だ!」とか言い始め・・・「はぁ?」という気持ちになりました。。。

その後もお決まりのような感じで、姉などが夫婦をなだめて・・・母が謝って・・・父はふんぞり返って・・・一件落着と。。。 安っぽい三文芝居を見せられているような気分になりました。。。

 自分は、そんな状況に不満を感じ、ムッとした感じでいたら・・・父が、「お前、何か不満でもあるのか!」というので・・・「うーん・・・結局なんなの・・・」「冷たいご飯を出されたからって・・・家族会議?離婚?てどういうこと?」というと、父は一瞬言葉につまり・・・いきなり叩いてきました。。。 そして反射的に私も叩き返したら・・・今度は狂ったように怒りだし・・・それを止める兄弟たち。。。これもまた茶番っぽい感じがして。。。「今日はもう帰るわ」といって実家を出ました。。。

 その後数か月、父とは合わなかったのですが、理由はいずれにしても自分が殴った事は謝罪し一応和解とはなりました。。。

ただ、この一件での父の恨みはそれだけでは終わってなかったように思います。。。その後は、家族の中で自分はスケープゴートにされていく事になります。。。

 

 この一件、今思うと、まず「母が冷たいご飯を父に出した」という所は、普段の母は、父の機嫌にはとても気を使う人なので、おそらく、意図的に父に対する何等かのメッセージが込められていたと思います。。。想像ですが、また父のえげつない異性関係あたりか金銭的なものが原因かと思います。。。

そして、父は、母のメッセージに対して、言い訳できない程の問題があって・・・通常であれば、謝るしかないような状況でも、謝るという行為が耐えられない為に、「家族会議や離婚」というようなものを持ち出して、周りの人まで巻き込んで、話を大袈裟にすることによって話の根底を誤魔化そうと考えたのかもと推測しています。。。

 冷たいご飯を出された・・・とすれば、普通であれば、仮に意図的で悪意があったとしても、それなりに理由があれば、せいぜい夫婦喧嘩で済む話で・・・それを子供たちまで集めて自分の味方をさせて、母親を追い詰めようとする・・・たかだか冷たいご飯を出されただけで。。。

 

 人格障害の中にサイコパス(反社会性人格障害)というものがありますけど・・・サイコパスの特徴の一つに、嘘も真実も含めて「目先を誤魔化す」傾向があり、それぞれのサイコパスによって、誤魔化し方は違いがありますが、父の場合は、自分にとって都合の悪い状況になった時は、必要以上に事を大きくして、皆がそもそもの問題の主旨に意識を向けにくくしていくというパターンを使っていると考えています。。。

 おそらく兄弟3人とも「冷たいご飯には理由があった」とは感づいていたと思いますが、必要以上に癇癪を起している父を観て、正直めんどくさい・・・そして母親が泣いて謝っているから、責任は母親にあるようにして話を終わらせたい。。。そんな所だと思います。。。

そして、その状況は、父にとって家族の状況は、筋書通りの展開だったと思います。。。ただ、私が問題の主旨に話を戻そうとしたのが予想外の展開で、言葉に詰まったのかと思います。。。そして、今度は問題の主旨を、「親を殴る悪い子供」という事にすり替えていったと考えます。。。結局、その後も冷たいご飯を出された理由というものは、持ち出すと面倒な事になるという空気感が家族の中に漂ったままになりました。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「毒親」という本主旨とちょっとズレますけど、まず私の昔のお話をさせてください。。。

 私は、20歳くらいの時にうつ病にかかりました・・・当時を知る友人の話では、いつも、ぼーっとしていたようで・・・たまに一点をじっと見つめて考え事したり。。。自分としても、友人と遊んでいても楽しくなく(ゴメン)・・・一人の時は落ち込んだ気分でいつも自殺するかどうかを考えている状態になっていました。。。結局病院に行ったらうつ病だったんですけど。。。

 原因は、一応仕事のプレッシャーが強かったのが原因ではありますが、今思うと、それ以前の心持ちにも原因があったと思います。。。

つまり、理想(幻想)の自分と現実の自分のギャップに苦しんでいたというのが本当の所だったと思います。。。

 

「精神分析的なお話」

 

 人間は、生まれたばかりの頃は、ほとんどの場合「特別」な存在として扱われて育ちます。。。

お腹が空いたら言葉にしなくてもお乳が飲めて・・・うんちをしたいときは出し放題・・・気持ち悪くなって泣けばオムツを替えてくれる。。。

自分が気持ちよくなって笑えば・・・母親も笑顔になり・・・自分が泣けば・・・母親も悲しそうな顔になる。。。

 こんな状態をほとんどの人たちは経験して成長していきます。。。 この時に赤ちゃんの心に備わるのは、自分の外の人は、なんでも自分の思い通りにしてくれる・・・という気持ちから、自分は「特別で万能」な存在なんだという意識を持ちます。。。(特別意識と万能感と言います)

 この特別意識や万能感というものは、成長していく上で、子供時代に親離れをしていくには、必要なエネルギーになります。。。

ただ、自我が目覚めて青年期あたりになると、特別で万能だったはずの自分は・・・現実とのギャップで苦しさを生む事になりやすく。。。

恥ずかしながら、私などはその意識が剥がれる時の苦痛で・・・ある意味、典型的なパターンでうつ病になったと思います。。。

 ちなみに、うつ病になるまで思春期の苦しみを味わうのはどうかと思いますが・・・青年期に特別意識や万能感というものが薄れてくることはある意味健全でもありまして・・・結果、初めて「地に足の着いた大人」になっていくものなんだと思います。。。

 

 毒親の話を進めるにあったて、この「特別意識や万能感」というものは、知っていただいたほうが良いとおもいますので、今回はそのあたりの話をさせてください。。。

 

 個人的に、この「特別意識や万能感」と言われる幼児性の名残には、心地よさが忘れられない、麻薬みたいな依存性があるものだなと思っています。。。

人によっては、成長した段階でもこの意識が崩れにくい、「自分は特別で万能なんだ」という気持ちを保ちやすい環境で人生を送る人もいます・・・また、その意識(快感)を手放すことができなくて執着してしまう人も少なくはなかったりもします。。。

例えば、学歴や地位など社会的なアイデンティティーにこだわり過ぎたり・・・車、住居、衣服、などまで人とは違うという意識を持ちやすい環境にこだわり過ぎたり。。。

 皆さんも、たまにそんな人を見かけると思いますが・・・これは、ナルシズム(自己愛)と言われるもので・・・その自己愛の根底にあるものは「特別意識と万能感」への執着心だったりします。。。

 

 自己愛は、本質的な現実の自分を覆い隠してしまう外見を形作る殻のような「虚像の自分」です。。。これは心地よいものなので、例えば、お酒を飲んで気持ちが良いという位で、精神安定上、ある程度までなら持ってて良いものと個人的には考えます。。。

ただ、自己愛的なものに依存しすぎてしまうと、今度は、本質的な自分を受け入れなくなり・・・「自分を見失う」という状態から人格障害や犯罪的な行動に繋がってしまうのかもと考えています。。。

大切な事は、外見を作っていたとしても、本当の所の自分は見失わないという所なのかもと思います。。。

 

 ちょっと、話が長くなってしまいましたけど・・・私の父親はこの自己愛性が強い人間になってしまった人だと思います。。。若い時期から自己愛という殻を持ち続けて、今では、その殻が無いと生きていけないくらいに殻が分厚くなっているように思います。。。

人生のどこかでその殻を捨ててしまえるチャンスは、何度もあったと思いますが、老人となった今ではもう遅い感じはしています。。。

 

次回は青年時代の仕事のお話をさせてください。。。