73 :おさかなくわえた名無しさん:2011/10/09(日) 00:41:22.98 ID:+bHA+34Y
寝ながら悟る方法ありませんか?
77 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2011/10/09(日) 21:14:58.48 ID:3Yzlt8lm
>>73 まはりしは寝床で悟ったのじゃ。
自らの死を観察したのじゃ。
おぬしもやってみると良い。
体が動かなくなり、目も耳も舌も鼻も皮膚も感じなくなり、考えることさえ無くなる。
記憶も、己と言うものもなくなり、何ものかを認識する事さえ無くなる。
それでもそこに何かがあるじゃろう。
言葉にして在るとさえ言えないなにものかに、到達できれば悟りも訪れるじゃろう。
88 :おさかなくわえた名無しさん:2011/10/11(火) 20:00:34.65 ID:JDtnUjEW
>>77
その何者かに片鱗だけでも触れられれば悟りますか?
90 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2011/10/11(火) 20:24:22.94 ID:hGKtVzw1
>>88 片鱗に触っただけならば、いわゆる神秘体験をしたとうだけで終わってしまうじゃろう。
それに没入し、死によっても滅びる事の無い意識こそが実在であり、他にあると言えるものはないと知るのじゃ。
二度と自我が己であるとか、己のものであると言う謬見に戻らず、記憶に依存した認識も厭離したならば、それが悟りといえるものじゃ。
91 :おさかなくわえた名無しさん:2011/10/11(火) 20:38:52.80 ID:JDtnUjEW
難しいです
これも日々練習していれば上達しますか?
95 :おさかなくわえた名無しさん:2011/10/12(水) 02:46:26.62 ID:LudnXCMk
>>90
>死によっても滅びる事の無い意識こそが実在であり、他にあると言えるものはないと知るのじゃ。
本当にそんな実在あるの? そんなものはないというのが仏教では?
「死によっても滅びる事の無い意識」を鬼和尚はどうやって知ったの?
103 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2011/10/12(水) 21:29:14.91 ID:6pi77l5i
>>91 上達もするが、慣れてきて後退したりもするじゃろう。
常に新しい眼で死に行く己を見つめるのじゃ。
恐れを乗り越えて進めば必ずそれは訪れるじゃろう。
104 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2011/10/12(水) 21:36:54.17 ID:6pi77l5i
>>95 実在が無いというのは龍樹などが唱えた教義じゃのう。
お釈迦様は不死の境地と言っているのじゃ。
大乗仏教にしても仏性とか、如来蔵とか、種子とか、いろいろ言うのじゃ。
仏教とは仏陀になるための教えなのじゃ。
修行させるためにいろいろ言うが、それは絶対的な主義主張思想信条ではないのじゃ。
観る事も触ることも出来ない全てはそれなのじゃ。
言葉やイメージを超えている故に、知ったとも、理解したとも言えない。
言葉としてはそういうがそれも実際ではないのじゃ。
今のおぬしでさえ実はその現われなのじゃ。
106 :おさかなくわえた名無しさん:2011/10/12(水) 23:11:59.98 ID:LudnXCMk
>>104
要するに不死の境地というのは言葉のあやで、実際は死ぬってことですね。
113 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2011/10/13(木) 20:05:54.23 ID:R/e40VmF
>>106 がたいは灰や土になるのじゃ。
112 :おさかなくわえた名無しさん:2011/10/13(木) 18:12:11.34 ID:hcynowtD
瞑想中、強烈な眠気におそわれた場合、どのように対処すべきでしょうか?
また周囲の生活音に気をとられてしまうときはどうすればいいのでしょう?
あと、瞑想するときって目は開けたまま?それとも閉じたほうがいいのですか?
調べてみると指導する方によって意見が分かれてます。
鬼和尚氏はどちらですか?
114 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2011/10/13(木) 20:11:06.56 ID:R/e40VmF
>>112 寝てしまっても良いのじゃ。
どうしても気になるならば止めても良いのじゃ。
瞑想は規則で縛ってやるようなものではないのじゃ。
自分のやり易い方法でやるのが一番なのじゃ。
心身を極限まで緩め、何ものにも囚われない境地に身を委ねるのじゃ。
124 :おさかなくわえた名無しさん:2011/10/14(金) 21:55:04.88 ID:yaWuFeK+
初心者ですが、悟りの最短コースは、何年くらいですか?
131 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2011/10/15(土) 19:40:19.14 ID:UlP3n1gk
>>124 今の自分を捨てる勇気があれば直ぐにでも悟れるじゃろう。
まはりしは少年の頃に死に行く自分を観察して悟れたのじゃ。
修行の時間とは集中力や観察力を養うと共に、己を捨てる覚悟や勇気を確立するための時間と言えよう。
いずれ死に行くこの肉体と心を、今ここで捨てれば永遠が約束されるのじゃ。
187 :おさかなくわえた名無しさん:2011/10/24(月) 00:45:57.15 ID:9VIIJEw7
修行や特に死亡観をやっていたら今までは真面目な若者だったのですが
それが偏狭だったということが分かりカジュアルな方々が善性に従っていると思うようになりました
私も楽しくなり今までの不安も家族に打ち明けたりしたところみな優しくしてくれ、杞憂だと分かりました
しかし今までは苦があり追い詰められるように座ったりしていたのですがそれが無くなってしまいました
今後どのように生きれば良いでしょうか
189 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2011/10/24(月) 20:24:09.00 ID:nmJiMXQH
>>187 それに気づいたのはいい事じゃ。
気づきによって苦が無くなるのを経験したのじゃ。
これからは更に苦を滅するか、暫く今の世界を楽しんだらよい。
どちらを選ぶかは自分次第じゃ。
修行によって苦が滅するのを知っていれば恐れるものは何も無いのじゃ。
焦らずに自分の行くべき道を探すのじゃ。
196 :おさかなくわえた名無しさん:2011/10/25(火) 19:30:43.25 ID:jfsHymUr
眠っていると急に意識が戻って瞑想状態になることが最近たまにある。
それも普段の瞑想では体験できないような静で深い感じがする。
鬼和尚氏なぜでしょう?
197 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2011/10/25(火) 19:51:36.17 ID:IoCn65Z3
>>196 かなり深い意識まで見えるようになったんじゃのう。
通常なら完全に寝ている意識も見えてきたのじゃ。
肉体が完全に休んでいる時には、自我の働きも休んでいる故に、普段より深く入れるのじゃ。
そのような時こそ己に対する気づきも起こりやすいのじゃ。
さらに精進じゃ。
198 :おさかなくわえた名無しさん:2011/10/26(水) 03:00:53.68 ID:CXUMyxKq
はげがとうございました
202 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2011/10/26(水) 20:18:41.70 ID:IHM7KDgM
>>198 さらにはげむのじゃ。
907 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/20(月) 18:20:47.68 ID:v1Y/OzrZ
鬼和尚様
私は、仏教徒です。単なる名も無い一檀家にすぎませんが、仏教に興味を持ち、毎日のお勤めはしています。
さて、仏教のお坊さんには、死刑制度に対して慎重な態度または明確に反対しておられる人が多いと聞きます。
それは、仏教の「殺生を禁ずる」という戒律からくるものだろうと理解できます。鬼和尚様は、死刑制度について
どうお考えですか?
私は、死刑はあったほうが良いと思っています。今日、13年前の、光市母子殺害事件の加害者である大月孝行
(旧姓:福田孝行)に死刑判決が確定しました。私は、当然だと思っています。何なら、テレビの全国生中継で公
開処刑してもいいぐらいだと思っています。こんな私は、仏教徒としては、失格なのでしょうか?
913 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/20(月) 20:59:44.03 ID:kb4byP+j
>>907 昔、アングリマーラという者がおったのじゃ。
99人殺して100人目にお釈迦様に会って帰依したのじゃ。
修行して悟りを得たが、托鉢に出ると石を投げられたり、殴られたりしたのじゃ。
それを見たお釈迦様はただ「耐えるのじゃ」と言ったのじゃ。
お釈迦様は王様の軍隊がきた時には渡さなかったが、人々が痛めつけるのを見てもただ「耐えるのじゃ」と言ったのじゃ。
もしかしたら人々は怒りまくってアングリマーラを殺したりしたかも知れん。
しかし、お釈迦様はただ「耐えるのじゃ」と言ったのじゃ。
99人殺した者でも自ら死刑にしようとはしないが、自らの行いが報いる事は止めようとしなかったのじゃ。
914 :907:2012/02/20(月) 22:07:55.76 ID:v1Y/OzrZ
鬼和尚さま
ありがとうございます。
アングリマーラの話、はじめて聞きました。
なるほど、己の悪行の報いは己が受けていかなければならない、ということですね。
自業自得ということでしょうか。
目から鱗が落ちました。
ご回答に心から感謝いたします。
916 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/20(月) 23:03:16.04 ID:CW4CGYxm
アングリマーラって実在の人物、?
ちょうど100人目がお釈迦様って話ができすぎのような・・・
500人子供を産んだ鬼子母神の話とかあるけどお伽話だよね?
927 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/21(火) 20:07:57.55 ID:VBGewTlb
>>914 どういたしまして、またおいでなさい。
>>916 ちょっと作っているかもしれんのじゃ。
元になった話はあったのじゃろう。
928 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 21:44:32.17 ID:x/w+W0sl
和尚さんたちは今回の光市母子殺人事件の死刑判決について
どのような所感をお持ちでしょうか?
ご意見をお聞かせください
940 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/22(水) 20:02:49.44 ID:53IROb+X
>>928 被害者も加害者も哀れなものと感じるのじゃ。
何も判らぬまま生きて死んで行く人の世の儚さを感じるのう。
鬼和尚様
私は、仏教徒です。単なる名も無い一檀家にすぎませんが、仏教に興味を持ち、毎日のお勤めはしています。
さて、仏教のお坊さんには、死刑制度に対して慎重な態度または明確に反対しておられる人が多いと聞きます。
それは、仏教の「殺生を禁ずる」という戒律からくるものだろうと理解できます。鬼和尚様は、死刑制度について
どうお考えですか?
私は、死刑はあったほうが良いと思っています。今日、13年前の、光市母子殺害事件の加害者である大月孝行
(旧姓:福田孝行)に死刑判決が確定しました。私は、当然だと思っています。何なら、テレビの全国生中継で公
開処刑してもいいぐらいだと思っています。こんな私は、仏教徒としては、失格なのでしょうか?
913 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/20(月) 20:59:44.03 ID:kb4byP+j
>>907 昔、アングリマーラという者がおったのじゃ。
99人殺して100人目にお釈迦様に会って帰依したのじゃ。
修行して悟りを得たが、托鉢に出ると石を投げられたり、殴られたりしたのじゃ。
それを見たお釈迦様はただ「耐えるのじゃ」と言ったのじゃ。
お釈迦様は王様の軍隊がきた時には渡さなかったが、人々が痛めつけるのを見てもただ「耐えるのじゃ」と言ったのじゃ。
もしかしたら人々は怒りまくってアングリマーラを殺したりしたかも知れん。
しかし、お釈迦様はただ「耐えるのじゃ」と言ったのじゃ。
99人殺した者でも自ら死刑にしようとはしないが、自らの行いが報いる事は止めようとしなかったのじゃ。
914 :907:2012/02/20(月) 22:07:55.76 ID:v1Y/OzrZ
鬼和尚さま
ありがとうございます。
アングリマーラの話、はじめて聞きました。
なるほど、己の悪行の報いは己が受けていかなければならない、ということですね。
自業自得ということでしょうか。
目から鱗が落ちました。
ご回答に心から感謝いたします。
916 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/20(月) 23:03:16.04 ID:CW4CGYxm
アングリマーラって実在の人物、?
ちょうど100人目がお釈迦様って話ができすぎのような・・・
500人子供を産んだ鬼子母神の話とかあるけどお伽話だよね?
927 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/21(火) 20:07:57.55 ID:VBGewTlb
>>914 どういたしまして、またおいでなさい。
>>916 ちょっと作っているかもしれんのじゃ。
元になった話はあったのじゃろう。
928 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 21:44:32.17 ID:x/w+W0sl
和尚さんたちは今回の光市母子殺人事件の死刑判決について
どのような所感をお持ちでしょうか?
ご意見をお聞かせください
940 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/22(水) 20:02:49.44 ID:53IROb+X
>>928 被害者も加害者も哀れなものと感じるのじゃ。
何も判らぬまま生きて死んで行く人の世の儚さを感じるのう。
855 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/18(土) 10:32:46.50 ID:JZ9MoRy5
鬼和尚さん
慈悲は、他人を苦しみを自分の苦しみと感じる心は、
イメージや妄想で作られたものとは違うのですか?
872 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/18(土) 20:11:09.90 ID:jKMUnXbx
>>855 そうじゃ、違うものじゃ。
むしろ如実に感じるものなのじゃ。
874 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/18(土) 21:56:11.65 ID:JZ9MoRy5
>>872
鬼和尚さん、ありがとうございます。
慈悲とは、相手に共感したり同情するのではなく、
相手は私そのものということですか?
894 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/19(日) 19:56:37.40 ID:5Vvi5ETV
>>874 全てが一つであれば、他人もまた己と同じなのじゃ。
例えば体のうちの手が痛めば手を庇うように、他人もまた己を含む全ての一部であれば、その苦も感じられるのじゃ。
それ故に自ずから慈悲が起こるものなのじゃ。
896 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 20:51:32.47 ID:1I7GrphK
>>894
鬼和尚さん、ありがとうございます。
慈悲と、全てがひとつと、唯我独尊の意味がわかりました。
ずっと頭で考えても答えが出なかったのに、
観察し続けることで見えるもの、これが気づきですね。
なんとなくですが悟りへの道が見えました。
右足左足、一歩一歩観察しながら進んでゆきます。
900 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/20(月) 03:09:10.67 ID:RCx46jbD
この世は四苦八苦、修行の場だと言われるけどならばなぜ人助けをする必要があるのですか?
助けたらこちらは徳がつめますがその人の修行をじゃますることにはなりませんか?
910 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/20(月) 20:24:57.59 ID:kb4byP+j
>>896 いい事じゃ。実践する者だけが進んで行くのじゃ。
またおいでなさい。
912 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/20(月) 20:40:49.43 ID:kb4byP+j
>>900 それが慈悲と言うものじゃ。
自ら起こるものであり、考えて行うものではないのじゃ。
苦を滅する道を知らない者に、教えるのも修行と言えるじゃろう。
自分が確かに知っていなければ他人には教えられないからのう。
鬼和尚さん
慈悲は、他人を苦しみを自分の苦しみと感じる心は、
イメージや妄想で作られたものとは違うのですか?
872 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/18(土) 20:11:09.90 ID:jKMUnXbx
>>855 そうじゃ、違うものじゃ。
むしろ如実に感じるものなのじゃ。
874 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/18(土) 21:56:11.65 ID:JZ9MoRy5
>>872
鬼和尚さん、ありがとうございます。
慈悲とは、相手に共感したり同情するのではなく、
相手は私そのものということですか?
894 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/19(日) 19:56:37.40 ID:5Vvi5ETV
>>874 全てが一つであれば、他人もまた己と同じなのじゃ。
例えば体のうちの手が痛めば手を庇うように、他人もまた己を含む全ての一部であれば、その苦も感じられるのじゃ。
それ故に自ずから慈悲が起こるものなのじゃ。
896 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 20:51:32.47 ID:1I7GrphK
>>894
鬼和尚さん、ありがとうございます。
慈悲と、全てがひとつと、唯我独尊の意味がわかりました。
ずっと頭で考えても答えが出なかったのに、
観察し続けることで見えるもの、これが気づきですね。
なんとなくですが悟りへの道が見えました。
右足左足、一歩一歩観察しながら進んでゆきます。
900 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/20(月) 03:09:10.67 ID:RCx46jbD
この世は四苦八苦、修行の場だと言われるけどならばなぜ人助けをする必要があるのですか?
助けたらこちらは徳がつめますがその人の修行をじゃますることにはなりませんか?
910 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/20(月) 20:24:57.59 ID:kb4byP+j
>>896 いい事じゃ。実践する者だけが進んで行くのじゃ。
またおいでなさい。
912 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/20(月) 20:40:49.43 ID:kb4byP+j
>>900 それが慈悲と言うものじゃ。
自ら起こるものであり、考えて行うものではないのじゃ。
苦を滅する道を知らない者に、教えるのも修行と言えるじゃろう。
自分が確かに知っていなければ他人には教えられないからのう。
727 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/12(日) 09:47:49.58 ID:4sXc8wjJ
鬼和尚さん
全ての苦しみの根源は、外の世界になく私であることに気づきました。
原因である私を観察することで、苦を滅する方法もわかりました。
しかし、すべてはひとつ、不死の境地がわからないままです。
今、苦を滅したことに満足して、悟りを求める必要ないかなと思ってます。
苦もなく向上心もなく、ただ日々を過ごしても良いですか?
739 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/12(日) 17:57:17.51 ID:+2AcE2BD
鬼和尚さんは、死ぬのは怖くないのですか?
741 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/12(日) 19:48:37.67 ID:ZL81LQEH
>>727 それはおぬしの自由じゃ。
いつか本当に全てが虚しくなったら悟りを求めて修行すると良かろう。
>>739 もはや死に対する恐怖も不安も無いのじゃ。
むしろ安らぎに帰ると知っている故に嬉しいのじゃ。
避暑地とかに行く予定の者がわくわくしているようにのう。
744 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/13(月) 00:26:59.67 ID:coeAKJAf
無常・苦・無我のいずれかを明確に見るなら悟れるとあったのですが、
苦の瞑想ってどういうものなんですか?
全ての現象を苦として見るのならすごい落ち込みそうですが。
761 :727:2012/02/13(月) 07:48:18.89 ID:X/RuRyWw
>>741
鬼和尚さん。ありがとうございます。
とりあえず悟りを求めないことにします。
自己精神安定のため数息観と観察は続けていきます。
その代わり、哲学思想や仏教以外の宗教思想に興味があり、
知恵となるものがあるか探していきます。
766 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/13(月) 20:04:19.10 ID:3mcToHSF
>>744 苦は外の現象としてあるのではない。
心の中にあるものじゃ。
それを観てみるのじゃ。
苦も原因があって起こっておる。
原因が無ければ苦はなくなると、心の中に観るのじゃ。
一切の苦の原因とは、己と言うものが在るからだと気づけば、一切の苦と共に己が無くなるじゃろう。
その時、悟道はやって来るのじゃ。
>>761 そうじゃ、いろいろやってみるのじゃ。
オショーとかクリシュナムルティとかも読むと良かろう。
778 :泥団:2012/02/14(火) 18:26:39.22 ID:A4oo5HMr
鬼和尚さんは外に放出させる前の段階の、純粋な怒りを体の反応として
どんな風に感じますか?
爆発させたり表現したりしないで、自然な怒りだけを自分のうちに認めている
場合です。
781 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/14(火) 19:01:39.73 ID:W1z0MnCp
鬼和尚さん
日常生活で常に呼吸を第一義的な対象にすると他の行為ができなくなります。
というかひとつの行為自体に気づきを押しやること自体窮屈です。心ははっきりとしません。
日常生活において修業的な意味においても今何をすべきかの明確な判断はどうなされるのでしょうか?
787 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/14(火) 20:18:45.30 ID:Mf9PGkGK
>>778 それは人によって違うものじゃ。
ある者は頭に血がのぼったりするかもしれん。
他の者は息が苦しくなったリもするじゃろう。
自ら観察してみるのじゃ。
>>781 日常では集中するのならば、行うべき事に集中するのじゃ。
歩いているならば歩く事に集中する。
仕事ならはば仕事に集中するのじゃ。
観察するならば、何をしていても心の半分は行為しながらその自分を観察するのじゃ。
歩きながら歩く自分を観察するのじゃ。
788 :泥団:2012/02/14(火) 20:43:19.62 ID:A4oo5HMr
>>787
エーン
でもわかりました(´・ω・`)
789 :泥団:2012/02/14(火) 20:52:44.71 ID:A4oo5HMr
>日常では集中するのならば、行うべき事に集中するのじゃ。
>歩いているならば歩く事に集中する。
>仕事ならはば仕事に集中するのじゃ。
名前も何の番組で見たのかも忘れたけど、若いマラソン選手でまさに
そんな感じの人がいたわ。公務員ランナー?だったかしら。
牛乳を飲むとき松岡修三がドン引きするくらい全力で一心不乱に飲むの。
790 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/15(水) 01:28:33.55 ID:VuFD3VOI
閑話休題
鬼和尚さんはクリシュナムルティという人を奨めていますね。(不勉強ですみません、どなたでしょう・・ )
自分は「孔子」という人が、覚っていたんじゃないかと思います。
そう判断したのは、孔子が発したとされる、ある一つの言葉によります。
「人知らずして憤らず、君子の道かな」
一語一句この通りだったかは、調べていませんが、
「人に知られない(理解されない)でも怒らない、これを君子と言う」という意味だったと思います。
いい言葉だと思いました
794 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/15(水) 14:18:20.80 ID:bhYYwToz
朝起きて一日平和に暮らすためのコツを教えてください
799 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/15(水) 20:04:43.82 ID:YWdAPfXR
>>788 泣く己を観察するのじゃ。
>>789 飲む己に集中するのじゃ。
またおいでなさい。
>>790 孔子はなかなか偉い者じゃ。
悟っては居ないが、論理的なのじゃ。
800 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/15(水) 20:09:06.21 ID:YWdAPfXR
>>794 数息観とかの瞑想をして心を平和にするのじゃ。
心が平和ならば何が起きても一日平和で暮らせるじゃろう。
一日の始まりに瞑想をして、一日の終わりに瞑想するのじゃ。
常に平和でいられるじゃろう。
802 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/16(木) 03:47:55.41 ID:olLEEVEN
>>799
そうですか、孔子は覚っていない・・
では良ければ、何を以って孔子は覚っていないと判るのか、
またもしもクリシュナムルティ氏を覚っているとお考えなら、何を以って覚っていると判るのかを、お教え頂けないでしょうか。
孔子に関しては、流石に時代が古過ぎるので、行為からは判断出来ず、遺した言葉で判断しました。
804 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/16(木) 09:59:16.38 ID:2mL8i5gk
悟りった人から見ると悟っていない人はどんなふうに見えるのですか?
子供を見るような感じですか?
812 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/16(木) 20:15:56.43 ID:YSz6AWBS
>>802 孔子は論理的でその中で生きておる。
論理を逸脱する事無く、それを体現した生き方であった。
それは社会の仲で生きるだけなら良いが、老病死の現実には対応できないものじゃ。
クリシュナムルティは一見すると論理的では在るが、そこからの逸脱を教えておる。
それは論理を超えたものであり、そうでなければ老病死をも超える事は出来ないのじゃ。
論理を逸脱した存在を知り、それを論理で教えていたのじゃ。
>>804 そのようなものじゃ。
子供は自分が迷っている事さえ知らないものじゃ。
目覚めた者があえて老病死の苦を説くのは、迷いの世を知らせるためなのじゃ。
835 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/17(金) 03:54:27.66 ID:zhGnrz2U
>>812
なるほど、興味深い解釈をありがとうございます。
孔子(の言葉)は老病死に対応していないという事ですが、
以下の言葉を遺しています。
「朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり」
クリシュナムルティ氏のほうは存じなかったのですが、死に関して、以下の言葉があたりました。
「死という現実から目を背けず、むしろ真っ向から向かい合うことです」
・・解釈は分かれると思いますが、一歩進んで、死との向き合い方、受け容れ方(まで)を語っている、孔子の言葉に、
より真理を見る思いではあるんですけれど
836 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/17(金) 12:49:07.93 ID:k7uDM9ol
デスクワークをするときも骨盤を立てていたいのですが痛くなって結局辞めてしまいます
痛みを無視して座り続けも大丈夫でしょうか
846 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/17(金) 20:18:30.27 ID:EryfIvRH
>>835 孔子の言う道とは真理とか知っていれば悟りというものじゃろう。
それを知らなかったから死んでもいいから知りたいと言っているのじゃ。
まだ修行中という所じゃのう。
クリシュナムルティはすでに死を超える道があると知っていた故に、人に現実である死を見つめさせようとしたのじゃ。
>>836 大丈夫ではないのじゃ。
椅子を低くして座布団を敷くとかするとよかろう。
852 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/18(土) 01:30:21.81 ID:2Kc8QgGS
>>846
「道を聞く」というのは、音声として何か知識を耳に入れるという意味じゃあ、ないでしょう・・?
道を得る、つまり覚るという意味だったと思いますよ。
人が死を恐れるのは、痛そうだとか、苦しそう、そういった痛覚に分類される理由もあるでしょう。
しかし本質的には、心残りがあるからだと思います。
覚れば心残りが無くなる、そうなれば死も最早恐れる事は無い。
このような↑事が、言いたかったのでは
そのための方法も、たとえば「人知らずして憤らず―― 」などの言葉として、明確に遺しています。
「クリシュナムルティはすでに死を超える道があると知っていた―― 」のは、遺した言葉からは、窺えませんでした。
858 :泥団:2012/02/18(土) 12:03:00.99 ID:UoGBluUR
そういえば運送屋さんって腰痛持ちが多いと聞くけど、
鬼和尚さんは大丈夫だったのかしら。。。
872 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/18(土) 20:11:09.90 ID:jKMUnXbx
>>852 その言葉は、朝に道を聞くことが出来れば、夕方に死んだとしても悔いはないと言う意味じゃのう。
他人に説いたものではなく、自らの心境を表したものじゃのう。
おぬしが本当に孔子の事が知りたいのならば、ちゃんと漢文を勉強したほうが良い。
なんでも自分勝手に意味を付け加えるならばどんな捏造もできるじゃろう。
りんごを知らない者が、他人がりんごをもっているかわからないように、悟りを得ていない者には誰が目覚めた者かわからないものじゃ。
自ら修行して悟りを得るが良いのじゃ。
873 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/18(土) 20:12:20.79 ID:jKMUnXbx
>>858 筋肉があれば大丈夫なのじゃ。
875 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/18(土) 23:54:33.20 ID:2Kc8QgGS
>>872
「その言葉は、朝に道を聞くことが出来れば、夕方に死んだとしても悔いはないと言う意味」
そうですよ、勿論。
でも「聞く」をそのまま、「学ぶ」と解釈なさっているのは、ちょっと違うと思います。
「学ぶ」は「学ぶ」で、論語では表現し分けられていますので。(※「道」と「学問」も、表現し分けられています)
論語では「知る」や「聞く」は、
たとえば「今だ生を知らずして、焉んぞ死を知らん」の言葉からも解かる通り、「得る」「理解し終える」の意味で、用いられているようです。
クリシュナムルティ氏が死を超える道を知っていたのは、遺されたどの言葉に表れているのか、挙がらないのですね・・・・
勿論それを以って、鬼和尚さんの何か存在性とでも言うべきのを、否定したいわけではなく、
純粋に学問的議題を取り扱っているに過ぎないので、あしからず
ムルティ氏は、言ってみれば近代のサンジャヤと位置づく人物に、思えました。
876 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 00:24:40.45 ID:+YnVSi2z
訂正
× 今だ生を知らずして
○ 未だ生を知らずして
失礼しました
877 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 00:49:40.86 ID:BsGVZ8G0
そもそも悟り人に聞く話じゃないだろ?ってのばっかだな
それどころか悟り人を自負するやつが何を勘違いしたかまともに答えようと必死w
ヤフー知恵袋のほうがまともな回答を得られると思うぞ?
胡散臭い自称悟り人に質問するよりはw
878 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 01:32:00.98 ID:+YnVSi2z
>>877
「胡散臭い―― 」
とは思わないですよ、別に。
個人的に、「胡散臭い」人とは、話しかけても答えない人だと、思っています。
鬼和尚さんは答えて下さるので、誠実な人だなと、感じています。
880 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 02:30:43.19 ID:BsGVZ8G0
>>878
いや だから知恵を聞くなら相応の人にお伺いするのが当たり前だって話だよ?
悟り人は知恵なんて大して持ってるわけじゃないからな
そりゃ基本的に世捨て人だから一般常識等には疎いわな?
質問の系統がそもそも間違ってるのと、当てにされたもんだから専門知識がある
わけでもないのに必死に答えようとしてる自称悟り人が滑稽ってことだよ
もっと精神論的な質問にしてやったほうがいいぞ?常識的にw
884 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 03:08:29.15 ID:+YnVSi2z
>>880
解かりました。
では精神的なと言うか、鬼和尚さん個人に関して、質問をさせて頂きます。
鬼和尚さん、鬼和尚さんの↓の記事を拝読しました。
http://onioshyou.blog122.fc2.com/blog-entry-3.html
子供の頃の九死に一生を得たご体験、
そして覚りをひらいた瞬間について、お話し願えないでしょうか
覚りへと至る道は人の数だけあると思うので、個人を見ても興味本位にしかならないと思いますが、
実は(僭越ながら)共感出来る部分もあり、敢えて伺いたいなと、思いました。
宜しくお願い致します。
893 :泥団:2012/02/19(日) 18:41:57.76 ID:6KAnUsY7
鬼和尚さんは、体がお丈夫なんですね。
普段の食事はどんな感じなんですか?
また、お仕事をやめられた今はなにか運動とかされているんでしょうか。
私も九死に一生を得たお話に興味があります。
子供のころにプールでおぼれかけたいう話が前にありましたが、
もしかしたらそれかな。
894 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/19(日) 19:56:37.40 ID:5Vvi5ETV
>>875 それが得るとか、理解するという事であっても、孔子の言いたかった事は全く変わらんのじゃ。
道と言うものが在り、それが聞けたり、得たり、理解したりするものであったとしてもそれは明らかに悟りではない。
わしは言葉を使うために悟りを得ると書くが、実際にはそれは何かを得たり、理解したり、聞いたりするものではないのじゃ。
孔子はその行いからも明らかに悟りを知らず、得る事も無かったのじゃ。
クリシュナムルティの言葉はほとんどが自ら悟った事を証明しておるが、例えで表したようにそれを得ておらず、知らない者にはわからないじゃろう。
全てを捨てて真理を説いて周った生き様は、仕官を求めて国々をさまよっていた者とは明らかに違うじゃろう。
895 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/19(日) 20:15:36.48 ID:5Vvi5ETV
>>884 あの時は本当に死ぬると思ったのう。
一回生きるのを諦めたのじゃ。
後から考えればそれが己を捨てると言う覚悟に繋がっていたのかもしれんと思うのじゃ。
己の生をあきらめる事で、自我を捨てる事も可能になったのかも知れんのじゃ。
悟りを得た直後はずうっと座っておった。
もはや座ると言う事も無く、何もしなかったのじゃ。
何かをする己が無く、為す事も無かったのじゃ。
>>893 食事は普通なのじゃ。
今日はカレーを食べたのじゃ。
運動はあまりしていないのじゃ。
897 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 22:49:55.90 ID:O0vuk5Qb
>>895
一回その境地に陥ったwけど
そしたら虐めと言うか周りにいいようにされるは、悪いやつばかりが集まった
899 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/20(月) 03:04:40.18 ID:b5r5Mh4G
>>894
「道を得る」というのは、「学問等の何か知識を入れる」のとは、全然違うと思います。
道は、そもそも外にあるものではないですからね。
論語(あるいは道徳経)では、「道」は「学問」等、外にあるものとは、区別して表現されています。
道を得る = 覚り
こう理解されれば良いかと
「クリシュナムルティの言葉はほとんどが自ら悟った事を証明しておる―― 」
言葉の、具体例を(宜しければ)教えて下さい。
「全てを捨てて真理を説いて周っ―― 」
たとは限りません。
それが真理であるかは、今のところ確かな説明が無いですし、また寄付で生活するのが「全てを捨てていて」、
自ら職を手にする事に努めるのを「全てを捨てていない」とするのは、
やや表層的な見方かと
910 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/20(月) 20:24:57.59 ID:kb4byP+j
>>897 それは自我とは己を守るものという幻想を抱く者の恐れが表れたものじゃのう。
実際には自我は恐れを生じ、苦を起こし、智恵を歪めるものであるがのう。
幻想をみていてはいかんのう。
>>899 わしの書いた事をちゃんと読むのじゃ。
① 悟りという意味でも文意は同じ。
② 悟りを知らぬ者には、他人が悟りを得た者であるか知られない。
わしはおぬしを説得はしないのじゃ。
おぬしもわしを説得は出来ないのじゃ。
わしは孔子が悟りを知らず、得る事も無かったと知っておる。
それはおぬしが何を書いても変わらないのじゃ。
そしておぬしが孔子は悟って居たと思いたいならば思っていて良いのじゃ。
それが自由なのじゃ。
922 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 19:36:55.31 ID:dYGfvhCt
>>910
「書いた事をちゃんと読―― 」
みましょう、鬼和尚さん。
(道を)得るのを「学ぶ」と同じにしていらっしゃった(そう読解されていた)ので、それは違いますよと、説明させて頂いた次第です。
「文意は同じ―― 」
じゃないですよ。
「道を得る」と「知識を入れる」とでは、(孔子の件の言葉の)全体の意味が、まるで違ってきちゃいますからね。
「死すのも可なり」、じゃあ人は通常、なぜ死すのが「不可なり」なのかを、考えてみて下さい。
それを遣り残した事、心残りがあるからです。
痛いから、(生体反応として)苦しいから、ではありません。
ちなみになぜ苦行が間違っているのかを説きますと、苦行でこれら痛覚的生体反応を取り去る事は、出来ないからです。
無論、他のどんな方法でも。
取り去れないものを取り去ろうとしても意味が無い事に、釈迦は気が付いたんじゃないでしょうか。
923 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 19:44:50.26 ID:dYGfvhCt
また人は決定的に、他人が死すのも「不可なり」です。
これは体の苦痛が理由じゃないのの、証左になります。
人は心残りがあるから「死すのは不可なり」、つまり死を怖れるのです。
孔子の言葉は、覚りの本質、すなわち「覚れば心残りが消える」のを、見事に明文化しているのです。
924 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 19:46:00.94 ID:dYGfvhCt
>>922
× それを遣り残した事、心残りがあるからです
○ それは遣り残した事、心残りがあるからです
失礼致しました
925 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 19:53:24.81 ID:dYGfvhCt
なおムルティ氏は、(検索したところによれば)「私は何も信じない」という言葉を残されています。
同時に、「ありのままを見つめなさい」とも。
信じないという事は、ありのままが見られない事になり、言葉に矛盾、つまり迷いが生じています。
よって覚られていないと、解かるわけです。
「ムルティ氏は覚っている。
覚れば判る」
これじゃ↑説明になっていませんし、真「理」という言葉もあるくらいなので、
こうだからこう、という、「理」的な物の見方をされたほうが、宜しいんじゃないでしょうか
926 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 19:57:32.01 ID:ofiYBxoV
ありのままに見ることと信じないことには矛盾は無いよ。
そこは悟って無くてもわかるところ。
927 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/21(火) 20:07:57.55 ID:VBGewTlb
>>922>>923 孔子の言う道とは悟りでない事は論語をちゃんと読めば判るはずであるがのう。。
孔子は明らかに悟りというものを知らず、得ても居なかった。
しかし、おぬしがそのように思い、書く事は自由なのじゃ。
それが言論の自由と言うものじゃ。
929 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/22(水) 00:21:32.26 ID:kUWOxN+Z
>>926
「何も」信じないという事は、ありのままを見るべき対象も信じない、つまり「これはありのままじゃないハズだ」と見ている事になり、
ありのままが見られない、となるわけです。
>>927
「ちゃんと読めば判る」
これじゃ↑、説明になってないと思います。
935 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/22(水) 15:05:47.37 ID:uBJXeSlH
ありのままってなんですか?
ありのままなんてあるんですか?
940 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/22(水) 20:02:49.44 ID:53IROb+X
>>929 今このスレでおぬし自身が証明しておるように、悟った者の言葉も直ぐに矛盾が無いとわかる者が居れば、それが矛盾していると思い、それが理だと思う者も居る。
文字が読む者によって変わるわけではない。
ちゃんと読んで正しく考えるかどうかの違いなのじゃ。
論語も本当にその意味が知りたいならば、ちゃんと研究している者にでもついて学ぶが良かろう。
そうすれば真の意味を知り、かつて自分が奇説を述べていた事が恥ずかしくなるじゃろう。
その時、本当に論語を知ったことになるのじゃ。
>>935 全てが本来ありのままじゃ。
それ以外にありようはないのじゃ。
人が余計な思考や記憶によって分別しなければそれは見ることができるのじゃ。
941 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/22(水) 20:37:47.83 ID:uBJXeSlH
>>940
> >>935 全てが本来ありのままじゃ。
> それ以外にありようはないのじゃ。
> 人が余計な思考や記憶によって分別しなければそれは見ることができるのじゃ。
ただの言葉遊びですね。
ありのままなどというものはない。
人は自分のバイアスを通してしかものを見られない。
「ものごとは心にもとづき、心を主とし、 心によってつくり出される」のです。
「人が余計な思考や記憶によって分別しなければそれは見ることができるのじゃ。」ではなく、
「思考や記憶によって分別」しなければ、何も見えなくなってしまうのです。
心の働きを止めれば、心によってつくり出されたものも消えるのです。
あなたはまだまだ修行が足りない。偉そうに人に説教垂れる前に、もっと自分の修行に専念しなさい。
せめて自分が預流果に達してから他人にアドバイスなさい。
948 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/22(水) 22:55:50.08 ID:De93YdNv
>>940
「矛盾が無い―― 」
事は、今のところ説明が成されていないようです。
「奇説―― 」
である「理」が、今のところ(この場合、鬼和尚さんが)説明出来ていませんよね。
繰り返しますが、「覚れば判る」じゃ、説明になっていません。
別に装う必要はありませんので、人を見ずテーマ自体をご覧になって、楽しく「理」を語ってみてはいかがでしょう。
961 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/23(木) 10:54:50.43 ID:Tos+NbVy
なんで和尚様は論語知ってるのん?
963 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/23(木) 12:10:11.77 ID:gwoMKunr
怒りや他人を見下すのは悪いこと、これは
間違いないと思うので、極力そうしないように生きています。
しかし、私のような人間は愚鈍な人間と思われ、
なめられやすいので、常に周囲の人間の嘲笑の対象になります。
こういう不条理にはどう対処すればいいですか。
980 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/23(木) 19:56:32.23 ID:ZEGcE7SY
>>941 おやおやおかしな事を書くのう。
ありのままが無いと言う事と、人が見る物全てが自分のバイアスを通してしかものを見られないと言う事とがおぬしの頭の中では結びついておるのじゃな。
関連妄想の類じゃのう。
人がどのように物事を見ようが、ありのままの物事は在るじゃろう。
人の見るものがバイアスを通しているから、この世にありのままのものがなくなったりする訳ではないのじゃ。
先ずおぬしが自らの妄想に気づき、そこから離れるが良い。
>>948 理とは例えば相談のスレには相談事を書き込むとか言う事じゃのう。
それが正しい理というものじゃ。
おぬしはそれを理解し、実践できるかのう。
981 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/23(木) 20:04:24.99 ID:ZEGcE7SY
>>961 読んでみたのじゃ。
孔子もなかなか良い者じゃ。
悟っては居ないが真摯に学び、謙虚なのじゃ。
>>963 立派な事じゃ。
おぬしのような者こそ真のお釈迦様の教えを実践していると言えよう。
嘲笑するような者は普段は相手にしなくて良いのじゃ。
しかし、相手が困っていたら助けてやるのじゃ。
そうすれば嘲笑は尊敬に変わるじゃろう。
鬼和尚さん
全ての苦しみの根源は、外の世界になく私であることに気づきました。
原因である私を観察することで、苦を滅する方法もわかりました。
しかし、すべてはひとつ、不死の境地がわからないままです。
今、苦を滅したことに満足して、悟りを求める必要ないかなと思ってます。
苦もなく向上心もなく、ただ日々を過ごしても良いですか?
739 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/12(日) 17:57:17.51 ID:+2AcE2BD
鬼和尚さんは、死ぬのは怖くないのですか?
741 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/12(日) 19:48:37.67 ID:ZL81LQEH
>>727 それはおぬしの自由じゃ。
いつか本当に全てが虚しくなったら悟りを求めて修行すると良かろう。
>>739 もはや死に対する恐怖も不安も無いのじゃ。
むしろ安らぎに帰ると知っている故に嬉しいのじゃ。
避暑地とかに行く予定の者がわくわくしているようにのう。
744 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/13(月) 00:26:59.67 ID:coeAKJAf
無常・苦・無我のいずれかを明確に見るなら悟れるとあったのですが、
苦の瞑想ってどういうものなんですか?
全ての現象を苦として見るのならすごい落ち込みそうですが。
761 :727:2012/02/13(月) 07:48:18.89 ID:X/RuRyWw
>>741
鬼和尚さん。ありがとうございます。
とりあえず悟りを求めないことにします。
自己精神安定のため数息観と観察は続けていきます。
その代わり、哲学思想や仏教以外の宗教思想に興味があり、
知恵となるものがあるか探していきます。
766 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/13(月) 20:04:19.10 ID:3mcToHSF
>>744 苦は外の現象としてあるのではない。
心の中にあるものじゃ。
それを観てみるのじゃ。
苦も原因があって起こっておる。
原因が無ければ苦はなくなると、心の中に観るのじゃ。
一切の苦の原因とは、己と言うものが在るからだと気づけば、一切の苦と共に己が無くなるじゃろう。
その時、悟道はやって来るのじゃ。
>>761 そうじゃ、いろいろやってみるのじゃ。
オショーとかクリシュナムルティとかも読むと良かろう。
778 :泥団:2012/02/14(火) 18:26:39.22 ID:A4oo5HMr
鬼和尚さんは外に放出させる前の段階の、純粋な怒りを体の反応として
どんな風に感じますか?
爆発させたり表現したりしないで、自然な怒りだけを自分のうちに認めている
場合です。
781 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/14(火) 19:01:39.73 ID:W1z0MnCp
鬼和尚さん
日常生活で常に呼吸を第一義的な対象にすると他の行為ができなくなります。
というかひとつの行為自体に気づきを押しやること自体窮屈です。心ははっきりとしません。
日常生活において修業的な意味においても今何をすべきかの明確な判断はどうなされるのでしょうか?
787 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/14(火) 20:18:45.30 ID:Mf9PGkGK
>>778 それは人によって違うものじゃ。
ある者は頭に血がのぼったりするかもしれん。
他の者は息が苦しくなったリもするじゃろう。
自ら観察してみるのじゃ。
>>781 日常では集中するのならば、行うべき事に集中するのじゃ。
歩いているならば歩く事に集中する。
仕事ならはば仕事に集中するのじゃ。
観察するならば、何をしていても心の半分は行為しながらその自分を観察するのじゃ。
歩きながら歩く自分を観察するのじゃ。
788 :泥団:2012/02/14(火) 20:43:19.62 ID:A4oo5HMr
>>787
エーン
でもわかりました(´・ω・`)
789 :泥団:2012/02/14(火) 20:52:44.71 ID:A4oo5HMr
>日常では集中するのならば、行うべき事に集中するのじゃ。
>歩いているならば歩く事に集中する。
>仕事ならはば仕事に集中するのじゃ。
名前も何の番組で見たのかも忘れたけど、若いマラソン選手でまさに
そんな感じの人がいたわ。公務員ランナー?だったかしら。
牛乳を飲むとき松岡修三がドン引きするくらい全力で一心不乱に飲むの。
790 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/15(水) 01:28:33.55 ID:VuFD3VOI
閑話休題
鬼和尚さんはクリシュナムルティという人を奨めていますね。(不勉強ですみません、どなたでしょう・・ )
自分は「孔子」という人が、覚っていたんじゃないかと思います。
そう判断したのは、孔子が発したとされる、ある一つの言葉によります。
「人知らずして憤らず、君子の道かな」
一語一句この通りだったかは、調べていませんが、
「人に知られない(理解されない)でも怒らない、これを君子と言う」という意味だったと思います。
いい言葉だと思いました
794 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/15(水) 14:18:20.80 ID:bhYYwToz
朝起きて一日平和に暮らすためのコツを教えてください
799 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/15(水) 20:04:43.82 ID:YWdAPfXR
>>788 泣く己を観察するのじゃ。
>>789 飲む己に集中するのじゃ。
またおいでなさい。
>>790 孔子はなかなか偉い者じゃ。
悟っては居ないが、論理的なのじゃ。
800 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/15(水) 20:09:06.21 ID:YWdAPfXR
>>794 数息観とかの瞑想をして心を平和にするのじゃ。
心が平和ならば何が起きても一日平和で暮らせるじゃろう。
一日の始まりに瞑想をして、一日の終わりに瞑想するのじゃ。
常に平和でいられるじゃろう。
802 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/16(木) 03:47:55.41 ID:olLEEVEN
>>799
そうですか、孔子は覚っていない・・
では良ければ、何を以って孔子は覚っていないと判るのか、
またもしもクリシュナムルティ氏を覚っているとお考えなら、何を以って覚っていると判るのかを、お教え頂けないでしょうか。
孔子に関しては、流石に時代が古過ぎるので、行為からは判断出来ず、遺した言葉で判断しました。
804 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/16(木) 09:59:16.38 ID:2mL8i5gk
悟りった人から見ると悟っていない人はどんなふうに見えるのですか?
子供を見るような感じですか?
812 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/16(木) 20:15:56.43 ID:YSz6AWBS
>>802 孔子は論理的でその中で生きておる。
論理を逸脱する事無く、それを体現した生き方であった。
それは社会の仲で生きるだけなら良いが、老病死の現実には対応できないものじゃ。
クリシュナムルティは一見すると論理的では在るが、そこからの逸脱を教えておる。
それは論理を超えたものであり、そうでなければ老病死をも超える事は出来ないのじゃ。
論理を逸脱した存在を知り、それを論理で教えていたのじゃ。
>>804 そのようなものじゃ。
子供は自分が迷っている事さえ知らないものじゃ。
目覚めた者があえて老病死の苦を説くのは、迷いの世を知らせるためなのじゃ。
835 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/17(金) 03:54:27.66 ID:zhGnrz2U
>>812
なるほど、興味深い解釈をありがとうございます。
孔子(の言葉)は老病死に対応していないという事ですが、
以下の言葉を遺しています。
「朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり」
クリシュナムルティ氏のほうは存じなかったのですが、死に関して、以下の言葉があたりました。
「死という現実から目を背けず、むしろ真っ向から向かい合うことです」
・・解釈は分かれると思いますが、一歩進んで、死との向き合い方、受け容れ方(まで)を語っている、孔子の言葉に、
より真理を見る思いではあるんですけれど
836 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/17(金) 12:49:07.93 ID:k7uDM9ol
デスクワークをするときも骨盤を立てていたいのですが痛くなって結局辞めてしまいます
痛みを無視して座り続けも大丈夫でしょうか
846 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/17(金) 20:18:30.27 ID:EryfIvRH
>>835 孔子の言う道とは真理とか知っていれば悟りというものじゃろう。
それを知らなかったから死んでもいいから知りたいと言っているのじゃ。
まだ修行中という所じゃのう。
クリシュナムルティはすでに死を超える道があると知っていた故に、人に現実である死を見つめさせようとしたのじゃ。
>>836 大丈夫ではないのじゃ。
椅子を低くして座布団を敷くとかするとよかろう。
852 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/18(土) 01:30:21.81 ID:2Kc8QgGS
>>846
「道を聞く」というのは、音声として何か知識を耳に入れるという意味じゃあ、ないでしょう・・?
道を得る、つまり覚るという意味だったと思いますよ。
人が死を恐れるのは、痛そうだとか、苦しそう、そういった痛覚に分類される理由もあるでしょう。
しかし本質的には、心残りがあるからだと思います。
覚れば心残りが無くなる、そうなれば死も最早恐れる事は無い。
このような↑事が、言いたかったのでは
そのための方法も、たとえば「人知らずして憤らず―― 」などの言葉として、明確に遺しています。
「クリシュナムルティはすでに死を超える道があると知っていた―― 」のは、遺した言葉からは、窺えませんでした。
858 :泥団:2012/02/18(土) 12:03:00.99 ID:UoGBluUR
そういえば運送屋さんって腰痛持ちが多いと聞くけど、
鬼和尚さんは大丈夫だったのかしら。。。
872 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/18(土) 20:11:09.90 ID:jKMUnXbx
>>852 その言葉は、朝に道を聞くことが出来れば、夕方に死んだとしても悔いはないと言う意味じゃのう。
他人に説いたものではなく、自らの心境を表したものじゃのう。
おぬしが本当に孔子の事が知りたいのならば、ちゃんと漢文を勉強したほうが良い。
なんでも自分勝手に意味を付け加えるならばどんな捏造もできるじゃろう。
りんごを知らない者が、他人がりんごをもっているかわからないように、悟りを得ていない者には誰が目覚めた者かわからないものじゃ。
自ら修行して悟りを得るが良いのじゃ。
873 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/18(土) 20:12:20.79 ID:jKMUnXbx
>>858 筋肉があれば大丈夫なのじゃ。
875 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/18(土) 23:54:33.20 ID:2Kc8QgGS
>>872
「その言葉は、朝に道を聞くことが出来れば、夕方に死んだとしても悔いはないと言う意味」
そうですよ、勿論。
でも「聞く」をそのまま、「学ぶ」と解釈なさっているのは、ちょっと違うと思います。
「学ぶ」は「学ぶ」で、論語では表現し分けられていますので。(※「道」と「学問」も、表現し分けられています)
論語では「知る」や「聞く」は、
たとえば「今だ生を知らずして、焉んぞ死を知らん」の言葉からも解かる通り、「得る」「理解し終える」の意味で、用いられているようです。
クリシュナムルティ氏が死を超える道を知っていたのは、遺されたどの言葉に表れているのか、挙がらないのですね・・・・
勿論それを以って、鬼和尚さんの何か存在性とでも言うべきのを、否定したいわけではなく、
純粋に学問的議題を取り扱っているに過ぎないので、あしからず
ムルティ氏は、言ってみれば近代のサンジャヤと位置づく人物に、思えました。
876 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 00:24:40.45 ID:+YnVSi2z
訂正
× 今だ生を知らずして
○ 未だ生を知らずして
失礼しました
877 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 00:49:40.86 ID:BsGVZ8G0
そもそも悟り人に聞く話じゃないだろ?ってのばっかだな
それどころか悟り人を自負するやつが何を勘違いしたかまともに答えようと必死w
ヤフー知恵袋のほうがまともな回答を得られると思うぞ?
胡散臭い自称悟り人に質問するよりはw
878 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 01:32:00.98 ID:+YnVSi2z
>>877
「胡散臭い―― 」
とは思わないですよ、別に。
個人的に、「胡散臭い」人とは、話しかけても答えない人だと、思っています。
鬼和尚さんは答えて下さるので、誠実な人だなと、感じています。
880 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 02:30:43.19 ID:BsGVZ8G0
>>878
いや だから知恵を聞くなら相応の人にお伺いするのが当たり前だって話だよ?
悟り人は知恵なんて大して持ってるわけじゃないからな
そりゃ基本的に世捨て人だから一般常識等には疎いわな?
質問の系統がそもそも間違ってるのと、当てにされたもんだから専門知識がある
わけでもないのに必死に答えようとしてる自称悟り人が滑稽ってことだよ
もっと精神論的な質問にしてやったほうがいいぞ?常識的にw
884 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 03:08:29.15 ID:+YnVSi2z
>>880
解かりました。
では精神的なと言うか、鬼和尚さん個人に関して、質問をさせて頂きます。
鬼和尚さん、鬼和尚さんの↓の記事を拝読しました。
http://onioshyou.blog122.fc2.com/blog-entry-3.html
子供の頃の九死に一生を得たご体験、
そして覚りをひらいた瞬間について、お話し願えないでしょうか
覚りへと至る道は人の数だけあると思うので、個人を見ても興味本位にしかならないと思いますが、
実は(僭越ながら)共感出来る部分もあり、敢えて伺いたいなと、思いました。
宜しくお願い致します。
893 :泥団:2012/02/19(日) 18:41:57.76 ID:6KAnUsY7
鬼和尚さんは、体がお丈夫なんですね。
普段の食事はどんな感じなんですか?
また、お仕事をやめられた今はなにか運動とかされているんでしょうか。
私も九死に一生を得たお話に興味があります。
子供のころにプールでおぼれかけたいう話が前にありましたが、
もしかしたらそれかな。
894 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/19(日) 19:56:37.40 ID:5Vvi5ETV
>>875 それが得るとか、理解するという事であっても、孔子の言いたかった事は全く変わらんのじゃ。
道と言うものが在り、それが聞けたり、得たり、理解したりするものであったとしてもそれは明らかに悟りではない。
わしは言葉を使うために悟りを得ると書くが、実際にはそれは何かを得たり、理解したり、聞いたりするものではないのじゃ。
孔子はその行いからも明らかに悟りを知らず、得る事も無かったのじゃ。
クリシュナムルティの言葉はほとんどが自ら悟った事を証明しておるが、例えで表したようにそれを得ておらず、知らない者にはわからないじゃろう。
全てを捨てて真理を説いて周った生き様は、仕官を求めて国々をさまよっていた者とは明らかに違うじゃろう。
895 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/19(日) 20:15:36.48 ID:5Vvi5ETV
>>884 あの時は本当に死ぬると思ったのう。
一回生きるのを諦めたのじゃ。
後から考えればそれが己を捨てると言う覚悟に繋がっていたのかもしれんと思うのじゃ。
己の生をあきらめる事で、自我を捨てる事も可能になったのかも知れんのじゃ。
悟りを得た直後はずうっと座っておった。
もはや座ると言う事も無く、何もしなかったのじゃ。
何かをする己が無く、為す事も無かったのじゃ。
>>893 食事は普通なのじゃ。
今日はカレーを食べたのじゃ。
運動はあまりしていないのじゃ。
897 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 22:49:55.90 ID:O0vuk5Qb
>>895
一回その境地に陥ったwけど
そしたら虐めと言うか周りにいいようにされるは、悪いやつばかりが集まった
899 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/20(月) 03:04:40.18 ID:b5r5Mh4G
>>894
「道を得る」というのは、「学問等の何か知識を入れる」のとは、全然違うと思います。
道は、そもそも外にあるものではないですからね。
論語(あるいは道徳経)では、「道」は「学問」等、外にあるものとは、区別して表現されています。
道を得る = 覚り
こう理解されれば良いかと
「クリシュナムルティの言葉はほとんどが自ら悟った事を証明しておる―― 」
言葉の、具体例を(宜しければ)教えて下さい。
「全てを捨てて真理を説いて周っ―― 」
たとは限りません。
それが真理であるかは、今のところ確かな説明が無いですし、また寄付で生活するのが「全てを捨てていて」、
自ら職を手にする事に努めるのを「全てを捨てていない」とするのは、
やや表層的な見方かと
910 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/20(月) 20:24:57.59 ID:kb4byP+j
>>897 それは自我とは己を守るものという幻想を抱く者の恐れが表れたものじゃのう。
実際には自我は恐れを生じ、苦を起こし、智恵を歪めるものであるがのう。
幻想をみていてはいかんのう。
>>899 わしの書いた事をちゃんと読むのじゃ。
① 悟りという意味でも文意は同じ。
② 悟りを知らぬ者には、他人が悟りを得た者であるか知られない。
わしはおぬしを説得はしないのじゃ。
おぬしもわしを説得は出来ないのじゃ。
わしは孔子が悟りを知らず、得る事も無かったと知っておる。
それはおぬしが何を書いても変わらないのじゃ。
そしておぬしが孔子は悟って居たと思いたいならば思っていて良いのじゃ。
それが自由なのじゃ。
922 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 19:36:55.31 ID:dYGfvhCt
>>910
「書いた事をちゃんと読―― 」
みましょう、鬼和尚さん。
(道を)得るのを「学ぶ」と同じにしていらっしゃった(そう読解されていた)ので、それは違いますよと、説明させて頂いた次第です。
「文意は同じ―― 」
じゃないですよ。
「道を得る」と「知識を入れる」とでは、(孔子の件の言葉の)全体の意味が、まるで違ってきちゃいますからね。
「死すのも可なり」、じゃあ人は通常、なぜ死すのが「不可なり」なのかを、考えてみて下さい。
それを遣り残した事、心残りがあるからです。
痛いから、(生体反応として)苦しいから、ではありません。
ちなみになぜ苦行が間違っているのかを説きますと、苦行でこれら痛覚的生体反応を取り去る事は、出来ないからです。
無論、他のどんな方法でも。
取り去れないものを取り去ろうとしても意味が無い事に、釈迦は気が付いたんじゃないでしょうか。
923 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 19:44:50.26 ID:dYGfvhCt
また人は決定的に、他人が死すのも「不可なり」です。
これは体の苦痛が理由じゃないのの、証左になります。
人は心残りがあるから「死すのは不可なり」、つまり死を怖れるのです。
孔子の言葉は、覚りの本質、すなわち「覚れば心残りが消える」のを、見事に明文化しているのです。
924 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 19:46:00.94 ID:dYGfvhCt
>>922
× それを遣り残した事、心残りがあるからです
○ それは遣り残した事、心残りがあるからです
失礼致しました
925 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 19:53:24.81 ID:dYGfvhCt
なおムルティ氏は、(検索したところによれば)「私は何も信じない」という言葉を残されています。
同時に、「ありのままを見つめなさい」とも。
信じないという事は、ありのままが見られない事になり、言葉に矛盾、つまり迷いが生じています。
よって覚られていないと、解かるわけです。
「ムルティ氏は覚っている。
覚れば判る」
これじゃ↑説明になっていませんし、真「理」という言葉もあるくらいなので、
こうだからこう、という、「理」的な物の見方をされたほうが、宜しいんじゃないでしょうか
926 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/21(火) 19:57:32.01 ID:ofiYBxoV
ありのままに見ることと信じないことには矛盾は無いよ。
そこは悟って無くてもわかるところ。
927 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/21(火) 20:07:57.55 ID:VBGewTlb
>>922>>923 孔子の言う道とは悟りでない事は論語をちゃんと読めば判るはずであるがのう。。
孔子は明らかに悟りというものを知らず、得ても居なかった。
しかし、おぬしがそのように思い、書く事は自由なのじゃ。
それが言論の自由と言うものじゃ。
929 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/22(水) 00:21:32.26 ID:kUWOxN+Z
>>926
「何も」信じないという事は、ありのままを見るべき対象も信じない、つまり「これはありのままじゃないハズだ」と見ている事になり、
ありのままが見られない、となるわけです。
>>927
「ちゃんと読めば判る」
これじゃ↑、説明になってないと思います。
935 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/22(水) 15:05:47.37 ID:uBJXeSlH
ありのままってなんですか?
ありのままなんてあるんですか?
940 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/22(水) 20:02:49.44 ID:53IROb+X
>>929 今このスレでおぬし自身が証明しておるように、悟った者の言葉も直ぐに矛盾が無いとわかる者が居れば、それが矛盾していると思い、それが理だと思う者も居る。
文字が読む者によって変わるわけではない。
ちゃんと読んで正しく考えるかどうかの違いなのじゃ。
論語も本当にその意味が知りたいならば、ちゃんと研究している者にでもついて学ぶが良かろう。
そうすれば真の意味を知り、かつて自分が奇説を述べていた事が恥ずかしくなるじゃろう。
その時、本当に論語を知ったことになるのじゃ。
>>935 全てが本来ありのままじゃ。
それ以外にありようはないのじゃ。
人が余計な思考や記憶によって分別しなければそれは見ることができるのじゃ。
941 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/22(水) 20:37:47.83 ID:uBJXeSlH
>>940
> >>935 全てが本来ありのままじゃ。
> それ以外にありようはないのじゃ。
> 人が余計な思考や記憶によって分別しなければそれは見ることができるのじゃ。
ただの言葉遊びですね。
ありのままなどというものはない。
人は自分のバイアスを通してしかものを見られない。
「ものごとは心にもとづき、心を主とし、 心によってつくり出される」のです。
「人が余計な思考や記憶によって分別しなければそれは見ることができるのじゃ。」ではなく、
「思考や記憶によって分別」しなければ、何も見えなくなってしまうのです。
心の働きを止めれば、心によってつくり出されたものも消えるのです。
あなたはまだまだ修行が足りない。偉そうに人に説教垂れる前に、もっと自分の修行に専念しなさい。
せめて自分が預流果に達してから他人にアドバイスなさい。
948 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/22(水) 22:55:50.08 ID:De93YdNv
>>940
「矛盾が無い―― 」
事は、今のところ説明が成されていないようです。
「奇説―― 」
である「理」が、今のところ(この場合、鬼和尚さんが)説明出来ていませんよね。
繰り返しますが、「覚れば判る」じゃ、説明になっていません。
別に装う必要はありませんので、人を見ずテーマ自体をご覧になって、楽しく「理」を語ってみてはいかがでしょう。
961 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/23(木) 10:54:50.43 ID:Tos+NbVy
なんで和尚様は論語知ってるのん?
963 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/23(木) 12:10:11.77 ID:gwoMKunr
怒りや他人を見下すのは悪いこと、これは
間違いないと思うので、極力そうしないように生きています。
しかし、私のような人間は愚鈍な人間と思われ、
なめられやすいので、常に周囲の人間の嘲笑の対象になります。
こういう不条理にはどう対処すればいいですか。
980 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/23(木) 19:56:32.23 ID:ZEGcE7SY
>>941 おやおやおかしな事を書くのう。
ありのままが無いと言う事と、人が見る物全てが自分のバイアスを通してしかものを見られないと言う事とがおぬしの頭の中では結びついておるのじゃな。
関連妄想の類じゃのう。
人がどのように物事を見ようが、ありのままの物事は在るじゃろう。
人の見るものがバイアスを通しているから、この世にありのままのものがなくなったりする訳ではないのじゃ。
先ずおぬしが自らの妄想に気づき、そこから離れるが良い。
>>948 理とは例えば相談のスレには相談事を書き込むとか言う事じゃのう。
それが正しい理というものじゃ。
おぬしはそれを理解し、実践できるかのう。
981 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/23(木) 20:04:24.99 ID:ZEGcE7SY
>>961 読んでみたのじゃ。
孔子もなかなか良い者じゃ。
悟っては居ないが真摯に学び、謙虚なのじゃ。
>>963 立派な事じゃ。
おぬしのような者こそ真のお釈迦様の教えを実践していると言えよう。
嘲笑するような者は普段は相手にしなくて良いのじゃ。
しかし、相手が困っていたら助けてやるのじゃ。
そうすれば嘲笑は尊敬に変わるじゃろう。
27 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/25(土) 12:41:02.19 ID:j3Mg+QDv
私、おかしいかもしれないです
成人してるのに親や身近にいる人に甘えたくなります。
親がテレビみて私にかまってくれないと
「なんで産んだんだよ」って気分になります。
彼氏できても八つ当たり、依存して困らせてしまう
対人関係が全体的におかしい・・辛い
数息観などをしてみて、楽になれた
今は心を沈めようとしてみても、辛い気持ちが勝ってしまう
どうすればいいと思いますか、
28 :泥団:2012/02/25(土) 12:55:26.37 ID:e3xWKIDt
>>27
いつ頃から「おかしい」って思うようになったんですか?
それ以前はどうでしたか?
あと、今後どうなりたいですか?
36 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/25(土) 14:45:15.91 ID:j3Mg+QDv
>>28
ありがとうございます。他人に依存しはじめたのは19歳ごろです(今21歳です)
それ以前は、、辛くても、気付かないフリをしてやり過ごしていました。
(鬼和尚さんのブログの最新記事のような、心をゴミ箱にしていた感じです。)
気付かないふりをしていたので、溜め込んでいた辛さがどっときたのかもしれません。
生まれてから私はある程度幸せでしたが、思春期にある事件がおき、それがきっかけで生きるのが辛いものに変わりました
私が中学生のころ、反抗期で汚い言葉づかいをしていたピークのときに、
父親が夕食時にニラとイカの酢味噌和えをすすめてきたんですね、
でも私はその料理きらいだったんで、遠慮しとくと断ったんです
でも父は、「いいから食べてみなって」って笑顔ですすめてきました。
私はそのとき満更でもない気持ちでしたが、ちょっと強めに言ったら食べなくてすむんじゃないか、と思ったんだとおもいます。
そして「こんなもの食えるか!」と言ってしまったらしいんです。今思えばばかでした。
そして父親はキレまして、ちゃぶ台がひっくり返り、すごい勢いで怒鳴られ殴られました。
母がとめに入りましたが、「これは躾だ!」と私のお腹にけりをいれてきました
あとで知ったんですがその料理は父の母がつくったものだったんです。
あのとき「そんな言い方はないんじゃない、これはおばあちゃんのつくったものなんだよ」
と手よりも先に言葉で示されてたらな、と思います。そして私ももっと自分の言葉のひどさを顧みれば。
父はいままで、母を怒鳴りつけたり、普通の人より怒りっぽかったのをしっていましたが、私には甘く
いままで大体のわがままが通り、蝶よ花よと甘やかされて育ってきたので、いきなりの暴力にとても混乱しました
続きます
37 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/25(土) 14:53:48.85 ID:j3Mg+QDv
(続き)
「これ、言われたら相手はどう思うかな」ってまず考えて言葉を出ことができるようになったのでこの経験はよかったと思います
父がいなくてもいつかはこんなふうになってたのかもしれません。
今後は、多少つらいことがあったも、自分を傷つけたりしないで、生きていきたいです
あの日から、疑心暗鬼に陥り、にくしみや破壊衝動など心に良くないマモノが棲みついたようで、それが時々顔をのぞかせます
あの事件がおこるまえは、多少いやなことがあっても、へこたれませんでした。
今は、自分を信じられてないから、ほんの些細なことで不安定になります
それが他人への依存とかにもつながっているんだと思います
できることならもういちど反抗期がやりなおしたいですが、、
このようなマモノとは、どうやって付き合っていけばいいですか?
38 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/25(土) 15:22:01.97 ID:VX4OBOuT
そこまで自己分析できる人なら大丈夫でしょう。
>>35に書いたように、毎日自分を観察し、衝動を抑え、不安定な自分を
安定させていくのです。不安定を生じる原因が滅すれば、常に安定した平穏
な人生を歩めるようになるでしょう。
39 :泥団:2012/02/25(土) 16:33:23.34 ID:e3xWKIDt
>>36、37
>>38さんのおっしゃるように、第三者から見ると、まずあなたは冷静に
ご自分を把握できてらっしゃるように見えますよ。
きっかけの出来事も、それが自分の心に影響していることもちゃんと
わかっておられます。
ただ、その出来事が当時のあなたにとって少々ショッキングで刺激が強すぎた
のは確かなようですね?
たぶんその時、相当自信やアイデンティティが揺らいだことと思います。
特に思春期でしたから。
それで、今でもそのショックが36さんの中に残っていて、時々顔をのぞかせますね?
自分が気づかないところで、ひそかに人間関係上でなにか悪さをしている
ようにも見えています。
そこで、「それは本当にマモノでしょうか?」
もし、仮に36さんが一度まったく目をそらしたり、嫌ったり、自分を攻撃
してくる!と身構えることなしに、ただその部分を真正面から見てあげる
ことができたとしたら、それはどんな感じになるでしょうか?
見てみたいと思いませんか?
(これをするとき、もし逃げるともっと大きくて怖いマモノに見えるかもしれません)
43 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/25(土) 20:50:07.18 ID:D9g/EFtA
>>27->>37 信じていた者に裏切られて代わりを探している状態のようじゃのう。
最初は父親を信じて頼り切っていたが、それがいきなり暴力を振るわれて、信頼を裏切られ、頼るものを無くしたのじゃ。
その心の傷を癒すために代わりの者を欲しがっているのじゃろう。
先ずは辛かろうが己の本心を観なくてはならん。
父親にいきなり暴力をふるわれた事を、本当は怒り、悲しみ、苦にしている事を認めなければならん。
裏切られたとか、憎しみとかそのような思いがあれば、そのままに認めるのじゃ。
そしてその思いから他人への依存が起こり、それが満たされないから苦があると、己の心を観察するのじゃ。
さらにその原因が無ければ、他人に依存する気も無く、満たされなくて苦しむ事もないと観察するのじゃ。
そうすれば苦は滅して行くじゃろう。
45 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/25(土) 21:00:58.01 ID:drXuDrUI
>>43
横レスで申し訳無い。
自分のトラウマを観察する所までは分るんだけど、
>さらにその原因が無ければ、他人に依存する気も無く、満たされなくて苦しむ事もないと観察するのじゃ。
この部分がいつも引っかかるんだよね。
その原因が無ければ苦しみが無いのは分るよ。でも原因はあったんだから
どうやってそれを無かった事にするの?
その方法を教えないと駄目なんじゃ無いかと、いつも思うんだよね。
86 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/26(日) 19:36:32.73 ID:iAmrkEWL
>>45 それは無いと想うだけなのじゃ。
その原因が無かったらどのようになるかと、心の中で想い、心の反応を観察するのじゃ。
例えば手にりんごを持っていたとして、それが無ければどうなるかとか想うとする。
りんごが無ければ、手にかかる重みが無いじゃろう。
冷たい感触とか、匂いも無いじゃろう。
そのようにもし無かったらどのようであるかと想い、その反応を観察するだけでよいのじゃ。
87 :泥団:2012/02/26(日) 19:50:59.60 ID:/Cvj/e1Z
>>86
>もし無かったらどのようであるかと想い、その反応を観察するだけでよいのじゃ
ここは私も聞きたかったところでした。
理屈で「原因がなかったらそらないじゃんww」じゃなくて、
実際にそうであったらどうか、を丁寧に体感してみる作業ですね。
それを何度も繰り返す。
思考と実感を明確に分ける必要がありますね。
92 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/27(月) 09:45:23.51 ID:kJM1uu5e
>>86
あったものを無いと妄想して、それが無くなるとは思えないんだけど。
それが無かったら自分はこんなふうに成らなかったな。と思ってもそれは実際にあったんだからさ。
それとも覚者以外が見てるこの世の事はみんな自分の頭の中の妄想だから、
その境地まで達しろって事?
98 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/27(月) 20:12:15.38 ID:0y71FybF
>>87 そうじゃ、そのように想う事によって、原因から起きた反応が滅するのじゃ。
それは原意から起きた反応を滅する作業なのじゃ。
記憶は残るがそれから起きる反応がなくなるのじゃ。
>>92 それが無くなるのではないのじゃ。
原因の記憶はありつづけるじゃろう。
しかし、そこから次々に起こる反応が滅するのじゃ。
例えば親にぶたれたとかの記憶から他人への過度の依存が起こり、満たされぬと、そこからの逃避として酒や薬にまで依存するようになると言うような反応があるとしよう。
原因から観想して反応が完全に観察されれば、原因となった記憶は残っておる。
しかし、その原因から起こる他人への依存や満たされぬ苦や、そこからの逃避としての依存も起こらなくなるのじゃ。
それを理解するのじゃ。
101 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/27(月) 21:15:01.76 ID:kJM1uu5e
>>98
何か>>86と言ってる事変わって来てない?
なら何にも依存しないで、ただただ苦しみに耐えてる場合はどうするの?
実際に親に虐待を受けた過去があって、それで人間関係を上手く築けなく成るなんて人はいくらでも居るし
その人達がみんな酒や他人に依存してるわけじゃ無いでしょう。
その場合その人達が、自分が人間関係を上手く築けないのは親に虐待を受けたからだ。
それが無ければ自分は人間関係を上手く築けるはずだなんて思うだけじゃ
苦しさからは開放されないと思うよ。
もっと具体的はアドバイスは無いですか?
111 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/28(火) 20:15:28.06 ID:wQ/pz3Tj
>>101 最初から行う事を説いておるのじゃ。
苦に耐えておる者ならば、原因から苦が生じ、それに耐えていると観察するだけじゃ。
耐える事も原因から生じた苦から起きた反応なのじゃ。
これは語ることではなく、行う事なのじゃ。
自らやってみて他人が何を語っていたかわかるものじゃ。
例えば泳がない者が水泳ついて何を聞いてもわからぬようにのう。
想うだけでは何もならんのじゃ。
心の反応を観察するのじゃ。
これが真に具体的なアドバイスというものじゃ。
行わない者には何の効果も無いのじゃ。
すでに何人にも教え、実際に苦が滅したという者も多いのじゃ。
おぬしも思うのはひとまず置いて行ってみるのじゃ。
112 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/28(火) 21:18:33.28 ID:V2OMbBG6
>>111
結局、具体的な事は言えないって事なんでね。
まあその人じゃ無いから、妄想になっちゃうか。
なら例えばさ、あなたは子供の頃だかに死にかけて、それから死ぬのが物凄く怖くて
それで仏教とか悟りとかにのめり込んで行ったとか言ってたよね。
ならそれをどうやって克服したのか、それこそ順を追って書きこんでくれれば
凄く参考になると思うんだけど。
124 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/29(水) 19:11:20.01 ID:CdDH9jYn
>>112 おぬしが自分の苦に付いて具体的な事を書かなければ、誰にもわからんのじゃ。
しかし、死についての苦であるならば、悟りを得るしかないのじゃ。
真の死と死の恐怖とは違うものじゃ。
誰も未だ死んだ事が無い故に、死そのものを恐れる事は出来ないのじゃ。
死の恐怖には、死後の未知についての恐怖とか、死ぬ時の痛みや苦に対してのものとか、己がなくなる事への恐怖とかがあるのじゃ。
わしは悟りを得て死にも変化しない意識に到達し、未知のものへの恐怖が無くなった。
肉体を己と認識する事が無くなった故に、死ぬ時の痛みや苦しみへの恐怖が無くなった。
すでに自我は無く、意識は永遠と知る故に死もまた無いと知るに至った。
故にもはや死は無く、死への恐怖も無いのじゃ。
129 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/29(水) 21:28:47.42 ID:gjnRrG/a
>>124
悟ったから死の恐怖が無くなったって事ね。
ならしょうがない。ありがとう。
130 :泥団:2012/02/29(水) 22:25:25.45 ID:eC7rt/9V
鬼和尚さんは、修行を始めてから死の経験を思い出したことはありますか?
人間以外の時のでも。
どんな感覚とか、何を思っていたとか、死んだあとの情景・状態とか、
よければそのときの様子を教えてください。
137 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/01(木) 19:30:51.19 ID:d24Kk+2W
>>129 おぬしも修行すると良いのじゃ。
またおいでなさい。
>>130 大体白い世界じゃ。
家とかは同じであるがみんな白く清浄なのじゃ。
先に死んだ者が居るのじゃ。
観ようと思えば誰にでも観られるものじゃ。おぬしも観た事がある筈じゃ。
思い出せばよいのじゃ。
139 :泥団:2012/03/01(木) 20:28:11.55 ID:9fWoT4MO
>>137
ありがとうございます。
白い家・・・、思い出せないわ。。。
先に死んだ人を認識できるということは、自我が落ちない限り死後もかつての
肉体=自分という意識のまま、その記憶やデータを保持したままなんですね。
その一つの生(肉体)の記憶が新しいものにとって変わられるのは、やはり
転生が決まった時とか受胎時ですか?
肉体を必要としない転生もあるのでしょうか?
あと、「みんな清浄」っていうのがちょっと腑に落ちないですが、
生前の行いの因果は死後反映されてないのですか?
他の生きものを苦しめた者も、よく多く善をおこなった者も、みんな同じステージ?
なるべく方便を使わずに、率直に本当のことを教えてください。
それと、死の直前はどうでしたか?
普通の人が死に対して抱くイメージの通り、本当に肉体的・精神的に
苦しかったでしょうか?
納得し、やすらかな息の引きとり方ができた時もあったのでしょうか?
なんだかいっぱい質問してしまったけれど、
やはり死についての疑問はつきないもので。。。。
142 :おさかなくわえた名無しさん:2012/03/02(金) 11:08:29.42 ID:6JFZ1WOY
>>137
その白い世界には、人間の言葉を話す白い犬のお父さんは居ましたか?
146 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/02(金) 19:38:28.62 ID:PW6azkAM
>>139 おぬしも本当は知っているのじゃ。
特に新しいものにはならないのじゃ。忘れているだけなのじゃ。
そこは中有だからじゃ。
死んだ後しばらくそこにいるのじゃ。
報いは生まれる時に出るものじゃ。
死んだのがわからなかったり、いろいろなのじゃ。
おぬしも自分が生まれる前にどこにいたとか、遡って観ると良かろう。
いろいろ思い出すじゃろう。
>>142 おぬしも行って観てくると良かろう。
いずれどのようにしても行く事になるがのう。
156 :>>27:2012/03/03(土) 11:04:39.93 ID:bwBCoo0D
>>39泥団さん、>>38さん、>>43鬼和尚さん答えてくれたみなさん
ありがとうございました。返事が遅くなってすみません
あの日から、相談したからか胸がスッとして依存心がおこらなくなっていましたが、
またいつ起こるかわからないので対策をおこたらないようにしようと思います。
原因について、私も>>45さんのような疑問がありましたが、鬼和尚さんの回答を見て、
なんとなくわかったような気がします。
原因がなかったらどうなるのか心の反応を観察するのですね。
皆さまの回答がこころから嬉しかったです。ありがとうございました
157 :泥団:2012/03/03(土) 11:20:07.44 ID:04dUd/Uf
>>156
よかったー。こんなところでも少し吐き出すと楽になりますよね。
もう書いちゃったから言うけど、マモノも本当はあなたのお友達だし、
感じる機能は誰でも持ってるから、気楽な遊び感覚で
ゆっくり気長にやっていくといいと思うわ。
158 :おさかなくわえた名無しさん:2012/03/03(土) 11:53:29.25 ID:GvYp6LEg
>原因がなかったらどうなるのか心の反応を観察する
原因は無くならなくてもこの観察をする事で、結局全ての苦は自分が作り出してるにすぎない
という事が分かるって事かな?
原因が無かったら苦も無い。しかし実際には原因があった。
でもその原因自体が無ければ苦は無いんだろ?
元々無いものが、その原因による心の反応として苦に成った。
苦になる原因があったとしても、心の反応によっては苦にならない。
なら自分で苦を作ってるって事だね。
う~ん。なんかしっくり来ないな。
苦の原因があったとしても、元々そんなものは無かったんだから
そんな事を思い出して苦しむのは馬鹿馬鹿しい。
これじゃ苦は滅しないな。
ただ単にその原因が無かったらどんな人生だったかを妄想して楽しむ。
これは話にならないな。
突き詰めて行くと、その原因が無ければ今の人格では無い。
なら自分で自分だと思ってるものは何なんだ?
ん?もしかしたら悟れるかもw って喜ぶ。
なんかどうでも良くなって来た。もしかしてこれが狙いか?
161 :泥団:2012/03/03(土) 18:58:16.39 ID:04dUd/Uf
>>146
中有かー。
人間世界ではだいたい49日ですね。
じゃあホイットニーは今まだそこにいるんだわ。
いつごろそういうのが観れるようになるのかしら。。。
163 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/03(土) 20:07:56.47 ID:QS4ncir7
>>156 どういたしまして、またおいでなさい。
>>158 判らなくて良いのじゃ。
観察は知識や理解を得るためのものではないのじゃ。
原因から起こる苦の反応を厭離するためのものなのじゃ。
自ら行えばわかるじゃろう。
>>161 今も観ようとすれば観られるのじゃ。
寝ている時に観たりするのじゃ。
死者と生きる者の意識はつながっているのじゃ。
183 :泥団:2012/03/04(日) 19:52:55.10 ID:x+1Nss/M
>>163
特に集中力が強くなくてもですか?
寝る前に強く思う、だっけ。
でもいろんな思い込みや観念が邪魔になって「そんな簡単に観れるわけない」
とか「でも本当は観るのがこわい」とかになってそう。
187 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/05(月) 20:16:41.01 ID:CZrXPSKi
>>183 本当は誰もが親しい人と夢の中で会ったりしているものじゃ。
眠りの意識と死の意識は同じなのじゃ。
起きた時に変な夢を見たとか知識で解釈してしまうと忘れるのじゃ。
それは合理的で秩序のある自分の世界を、壊さないようにしたいという願望から起こるものじゃ。
188 :おさかなくわえた名無しさん:2012/03/05(月) 20:36:44.79 ID:uaYWFQyw
死ぬと生まれ変わるから 死者と会うのは無理じゃないですか
193 :泥団:2012/03/06(火) 12:45:33.56 ID:SvgOww0D
>>187
そっかー、覚えてないだけってのはありえますね。
また、覚めている間に現実世界をどうとらえているかが、逆に夢の世界を
どう解釈するかに影響するんですね。
たとえば、人生思っているようにうまくいかないとかで苦悩の多い人は
「現実とはつらいものだ」的な眼鏡を無意識にかけてしまっていることが多いけど、
そしたら夢の世界も起きてから思い出すときにそんな視点から解釈してしまうんだわ。
本当は本心にかなった夢を見ているかもしれないのに。
独断かしら。。。
でも、きっと本当の自分を知ることは、現実世界をありのままに見ることに
つながっているのだわ。
歪んだ眼鏡なしに。
194 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/06(火) 20:00:50.54 ID:GlUDJYyu
>>188 生まれる前に会えるのじゃ。
人によって違うが間があるのじゃ。
>>193 そのようなものじゃ。またおいでなさい。
198 :泥団:2012/03/07(水) 15:57:44.99 ID:SDyVz30v
>>194
鬼和尚さん、ありがとうございます。
今朝の夢の中で、過去と現在と未来が混然一体となって日常のありさまを形成して
いて、夢の中っていつもそうだと気づきました。体験している私も
覚めるまでは、それを当たりまえのように受け取っていました。
夢の世では現実世界でまかり通っている時間の束縛がないみたいなので、
きっと死の世界もそうなのでしょうね。
200 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/07(水) 19:55:48.75 ID:8yUAK7Zt
>>198 そうじゃ、それは混沌の世界なのじゃ。
またおいでなさい。
私、おかしいかもしれないです
成人してるのに親や身近にいる人に甘えたくなります。
親がテレビみて私にかまってくれないと
「なんで産んだんだよ」って気分になります。
彼氏できても八つ当たり、依存して困らせてしまう
対人関係が全体的におかしい・・辛い
数息観などをしてみて、楽になれた
今は心を沈めようとしてみても、辛い気持ちが勝ってしまう
どうすればいいと思いますか、
28 :泥団:2012/02/25(土) 12:55:26.37 ID:e3xWKIDt
>>27
いつ頃から「おかしい」って思うようになったんですか?
それ以前はどうでしたか?
あと、今後どうなりたいですか?
36 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/25(土) 14:45:15.91 ID:j3Mg+QDv
>>28
ありがとうございます。他人に依存しはじめたのは19歳ごろです(今21歳です)
それ以前は、、辛くても、気付かないフリをしてやり過ごしていました。
(鬼和尚さんのブログの最新記事のような、心をゴミ箱にしていた感じです。)
気付かないふりをしていたので、溜め込んでいた辛さがどっときたのかもしれません。
生まれてから私はある程度幸せでしたが、思春期にある事件がおき、それがきっかけで生きるのが辛いものに変わりました
私が中学生のころ、反抗期で汚い言葉づかいをしていたピークのときに、
父親が夕食時にニラとイカの酢味噌和えをすすめてきたんですね、
でも私はその料理きらいだったんで、遠慮しとくと断ったんです
でも父は、「いいから食べてみなって」って笑顔ですすめてきました。
私はそのとき満更でもない気持ちでしたが、ちょっと強めに言ったら食べなくてすむんじゃないか、と思ったんだとおもいます。
そして「こんなもの食えるか!」と言ってしまったらしいんです。今思えばばかでした。
そして父親はキレまして、ちゃぶ台がひっくり返り、すごい勢いで怒鳴られ殴られました。
母がとめに入りましたが、「これは躾だ!」と私のお腹にけりをいれてきました
あとで知ったんですがその料理は父の母がつくったものだったんです。
あのとき「そんな言い方はないんじゃない、これはおばあちゃんのつくったものなんだよ」
と手よりも先に言葉で示されてたらな、と思います。そして私ももっと自分の言葉のひどさを顧みれば。
父はいままで、母を怒鳴りつけたり、普通の人より怒りっぽかったのをしっていましたが、私には甘く
いままで大体のわがままが通り、蝶よ花よと甘やかされて育ってきたので、いきなりの暴力にとても混乱しました
続きます
37 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/25(土) 14:53:48.85 ID:j3Mg+QDv
(続き)
「これ、言われたら相手はどう思うかな」ってまず考えて言葉を出ことができるようになったのでこの経験はよかったと思います
父がいなくてもいつかはこんなふうになってたのかもしれません。
今後は、多少つらいことがあったも、自分を傷つけたりしないで、生きていきたいです
あの日から、疑心暗鬼に陥り、にくしみや破壊衝動など心に良くないマモノが棲みついたようで、それが時々顔をのぞかせます
あの事件がおこるまえは、多少いやなことがあっても、へこたれませんでした。
今は、自分を信じられてないから、ほんの些細なことで不安定になります
それが他人への依存とかにもつながっているんだと思います
できることならもういちど反抗期がやりなおしたいですが、、
このようなマモノとは、どうやって付き合っていけばいいですか?
38 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/25(土) 15:22:01.97 ID:VX4OBOuT
そこまで自己分析できる人なら大丈夫でしょう。
>>35に書いたように、毎日自分を観察し、衝動を抑え、不安定な自分を
安定させていくのです。不安定を生じる原因が滅すれば、常に安定した平穏
な人生を歩めるようになるでしょう。
39 :泥団:2012/02/25(土) 16:33:23.34 ID:e3xWKIDt
>>36、37
>>38さんのおっしゃるように、第三者から見ると、まずあなたは冷静に
ご自分を把握できてらっしゃるように見えますよ。
きっかけの出来事も、それが自分の心に影響していることもちゃんと
わかっておられます。
ただ、その出来事が当時のあなたにとって少々ショッキングで刺激が強すぎた
のは確かなようですね?
たぶんその時、相当自信やアイデンティティが揺らいだことと思います。
特に思春期でしたから。
それで、今でもそのショックが36さんの中に残っていて、時々顔をのぞかせますね?
自分が気づかないところで、ひそかに人間関係上でなにか悪さをしている
ようにも見えています。
そこで、「それは本当にマモノでしょうか?」
もし、仮に36さんが一度まったく目をそらしたり、嫌ったり、自分を攻撃
してくる!と身構えることなしに、ただその部分を真正面から見てあげる
ことができたとしたら、それはどんな感じになるでしょうか?
見てみたいと思いませんか?
(これをするとき、もし逃げるともっと大きくて怖いマモノに見えるかもしれません)
43 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/25(土) 20:50:07.18 ID:D9g/EFtA
>>27->>37 信じていた者に裏切られて代わりを探している状態のようじゃのう。
最初は父親を信じて頼り切っていたが、それがいきなり暴力を振るわれて、信頼を裏切られ、頼るものを無くしたのじゃ。
その心の傷を癒すために代わりの者を欲しがっているのじゃろう。
先ずは辛かろうが己の本心を観なくてはならん。
父親にいきなり暴力をふるわれた事を、本当は怒り、悲しみ、苦にしている事を認めなければならん。
裏切られたとか、憎しみとかそのような思いがあれば、そのままに認めるのじゃ。
そしてその思いから他人への依存が起こり、それが満たされないから苦があると、己の心を観察するのじゃ。
さらにその原因が無ければ、他人に依存する気も無く、満たされなくて苦しむ事もないと観察するのじゃ。
そうすれば苦は滅して行くじゃろう。
45 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/25(土) 21:00:58.01 ID:drXuDrUI
>>43
横レスで申し訳無い。
自分のトラウマを観察する所までは分るんだけど、
>さらにその原因が無ければ、他人に依存する気も無く、満たされなくて苦しむ事もないと観察するのじゃ。
この部分がいつも引っかかるんだよね。
その原因が無ければ苦しみが無いのは分るよ。でも原因はあったんだから
どうやってそれを無かった事にするの?
その方法を教えないと駄目なんじゃ無いかと、いつも思うんだよね。
86 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/26(日) 19:36:32.73 ID:iAmrkEWL
>>45 それは無いと想うだけなのじゃ。
その原因が無かったらどのようになるかと、心の中で想い、心の反応を観察するのじゃ。
例えば手にりんごを持っていたとして、それが無ければどうなるかとか想うとする。
りんごが無ければ、手にかかる重みが無いじゃろう。
冷たい感触とか、匂いも無いじゃろう。
そのようにもし無かったらどのようであるかと想い、その反応を観察するだけでよいのじゃ。
87 :泥団:2012/02/26(日) 19:50:59.60 ID:/Cvj/e1Z
>>86
>もし無かったらどのようであるかと想い、その反応を観察するだけでよいのじゃ
ここは私も聞きたかったところでした。
理屈で「原因がなかったらそらないじゃんww」じゃなくて、
実際にそうであったらどうか、を丁寧に体感してみる作業ですね。
それを何度も繰り返す。
思考と実感を明確に分ける必要がありますね。
92 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/27(月) 09:45:23.51 ID:kJM1uu5e
>>86
あったものを無いと妄想して、それが無くなるとは思えないんだけど。
それが無かったら自分はこんなふうに成らなかったな。と思ってもそれは実際にあったんだからさ。
それとも覚者以外が見てるこの世の事はみんな自分の頭の中の妄想だから、
その境地まで達しろって事?
98 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/27(月) 20:12:15.38 ID:0y71FybF
>>87 そうじゃ、そのように想う事によって、原因から起きた反応が滅するのじゃ。
それは原意から起きた反応を滅する作業なのじゃ。
記憶は残るがそれから起きる反応がなくなるのじゃ。
>>92 それが無くなるのではないのじゃ。
原因の記憶はありつづけるじゃろう。
しかし、そこから次々に起こる反応が滅するのじゃ。
例えば親にぶたれたとかの記憶から他人への過度の依存が起こり、満たされぬと、そこからの逃避として酒や薬にまで依存するようになると言うような反応があるとしよう。
原因から観想して反応が完全に観察されれば、原因となった記憶は残っておる。
しかし、その原因から起こる他人への依存や満たされぬ苦や、そこからの逃避としての依存も起こらなくなるのじゃ。
それを理解するのじゃ。
101 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/27(月) 21:15:01.76 ID:kJM1uu5e
>>98
何か>>86と言ってる事変わって来てない?
なら何にも依存しないで、ただただ苦しみに耐えてる場合はどうするの?
実際に親に虐待を受けた過去があって、それで人間関係を上手く築けなく成るなんて人はいくらでも居るし
その人達がみんな酒や他人に依存してるわけじゃ無いでしょう。
その場合その人達が、自分が人間関係を上手く築けないのは親に虐待を受けたからだ。
それが無ければ自分は人間関係を上手く築けるはずだなんて思うだけじゃ
苦しさからは開放されないと思うよ。
もっと具体的はアドバイスは無いですか?
111 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/28(火) 20:15:28.06 ID:wQ/pz3Tj
>>101 最初から行う事を説いておるのじゃ。
苦に耐えておる者ならば、原因から苦が生じ、それに耐えていると観察するだけじゃ。
耐える事も原因から生じた苦から起きた反応なのじゃ。
これは語ることではなく、行う事なのじゃ。
自らやってみて他人が何を語っていたかわかるものじゃ。
例えば泳がない者が水泳ついて何を聞いてもわからぬようにのう。
想うだけでは何もならんのじゃ。
心の反応を観察するのじゃ。
これが真に具体的なアドバイスというものじゃ。
行わない者には何の効果も無いのじゃ。
すでに何人にも教え、実際に苦が滅したという者も多いのじゃ。
おぬしも思うのはひとまず置いて行ってみるのじゃ。
112 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/28(火) 21:18:33.28 ID:V2OMbBG6
>>111
結局、具体的な事は言えないって事なんでね。
まあその人じゃ無いから、妄想になっちゃうか。
なら例えばさ、あなたは子供の頃だかに死にかけて、それから死ぬのが物凄く怖くて
それで仏教とか悟りとかにのめり込んで行ったとか言ってたよね。
ならそれをどうやって克服したのか、それこそ順を追って書きこんでくれれば
凄く参考になると思うんだけど。
124 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/02/29(水) 19:11:20.01 ID:CdDH9jYn
>>112 おぬしが自分の苦に付いて具体的な事を書かなければ、誰にもわからんのじゃ。
しかし、死についての苦であるならば、悟りを得るしかないのじゃ。
真の死と死の恐怖とは違うものじゃ。
誰も未だ死んだ事が無い故に、死そのものを恐れる事は出来ないのじゃ。
死の恐怖には、死後の未知についての恐怖とか、死ぬ時の痛みや苦に対してのものとか、己がなくなる事への恐怖とかがあるのじゃ。
わしは悟りを得て死にも変化しない意識に到達し、未知のものへの恐怖が無くなった。
肉体を己と認識する事が無くなった故に、死ぬ時の痛みや苦しみへの恐怖が無くなった。
すでに自我は無く、意識は永遠と知る故に死もまた無いと知るに至った。
故にもはや死は無く、死への恐怖も無いのじゃ。
129 :おさかなくわえた名無しさん:2012/02/29(水) 21:28:47.42 ID:gjnRrG/a
>>124
悟ったから死の恐怖が無くなったって事ね。
ならしょうがない。ありがとう。
130 :泥団:2012/02/29(水) 22:25:25.45 ID:eC7rt/9V
鬼和尚さんは、修行を始めてから死の経験を思い出したことはありますか?
人間以外の時のでも。
どんな感覚とか、何を思っていたとか、死んだあとの情景・状態とか、
よければそのときの様子を教えてください。
137 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/01(木) 19:30:51.19 ID:d24Kk+2W
>>129 おぬしも修行すると良いのじゃ。
またおいでなさい。
>>130 大体白い世界じゃ。
家とかは同じであるがみんな白く清浄なのじゃ。
先に死んだ者が居るのじゃ。
観ようと思えば誰にでも観られるものじゃ。おぬしも観た事がある筈じゃ。
思い出せばよいのじゃ。
139 :泥団:2012/03/01(木) 20:28:11.55 ID:9fWoT4MO
>>137
ありがとうございます。
白い家・・・、思い出せないわ。。。
先に死んだ人を認識できるということは、自我が落ちない限り死後もかつての
肉体=自分という意識のまま、その記憶やデータを保持したままなんですね。
その一つの生(肉体)の記憶が新しいものにとって変わられるのは、やはり
転生が決まった時とか受胎時ですか?
肉体を必要としない転生もあるのでしょうか?
あと、「みんな清浄」っていうのがちょっと腑に落ちないですが、
生前の行いの因果は死後反映されてないのですか?
他の生きものを苦しめた者も、よく多く善をおこなった者も、みんな同じステージ?
なるべく方便を使わずに、率直に本当のことを教えてください。
それと、死の直前はどうでしたか?
普通の人が死に対して抱くイメージの通り、本当に肉体的・精神的に
苦しかったでしょうか?
納得し、やすらかな息の引きとり方ができた時もあったのでしょうか?
なんだかいっぱい質問してしまったけれど、
やはり死についての疑問はつきないもので。。。。
142 :おさかなくわえた名無しさん:2012/03/02(金) 11:08:29.42 ID:6JFZ1WOY
>>137
その白い世界には、人間の言葉を話す白い犬のお父さんは居ましたか?
146 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/02(金) 19:38:28.62 ID:PW6azkAM
>>139 おぬしも本当は知っているのじゃ。
特に新しいものにはならないのじゃ。忘れているだけなのじゃ。
そこは中有だからじゃ。
死んだ後しばらくそこにいるのじゃ。
報いは生まれる時に出るものじゃ。
死んだのがわからなかったり、いろいろなのじゃ。
おぬしも自分が生まれる前にどこにいたとか、遡って観ると良かろう。
いろいろ思い出すじゃろう。
>>142 おぬしも行って観てくると良かろう。
いずれどのようにしても行く事になるがのう。
156 :>>27:2012/03/03(土) 11:04:39.93 ID:bwBCoo0D
>>39泥団さん、>>38さん、>>43鬼和尚さん答えてくれたみなさん
ありがとうございました。返事が遅くなってすみません
あの日から、相談したからか胸がスッとして依存心がおこらなくなっていましたが、
またいつ起こるかわからないので対策をおこたらないようにしようと思います。
原因について、私も>>45さんのような疑問がありましたが、鬼和尚さんの回答を見て、
なんとなくわかったような気がします。
原因がなかったらどうなるのか心の反応を観察するのですね。
皆さまの回答がこころから嬉しかったです。ありがとうございました
157 :泥団:2012/03/03(土) 11:20:07.44 ID:04dUd/Uf
>>156
よかったー。こんなところでも少し吐き出すと楽になりますよね。
もう書いちゃったから言うけど、マモノも本当はあなたのお友達だし、
感じる機能は誰でも持ってるから、気楽な遊び感覚で
ゆっくり気長にやっていくといいと思うわ。
158 :おさかなくわえた名無しさん:2012/03/03(土) 11:53:29.25 ID:GvYp6LEg
>原因がなかったらどうなるのか心の反応を観察する
原因は無くならなくてもこの観察をする事で、結局全ての苦は自分が作り出してるにすぎない
という事が分かるって事かな?
原因が無かったら苦も無い。しかし実際には原因があった。
でもその原因自体が無ければ苦は無いんだろ?
元々無いものが、その原因による心の反応として苦に成った。
苦になる原因があったとしても、心の反応によっては苦にならない。
なら自分で苦を作ってるって事だね。
う~ん。なんかしっくり来ないな。
苦の原因があったとしても、元々そんなものは無かったんだから
そんな事を思い出して苦しむのは馬鹿馬鹿しい。
これじゃ苦は滅しないな。
ただ単にその原因が無かったらどんな人生だったかを妄想して楽しむ。
これは話にならないな。
突き詰めて行くと、その原因が無ければ今の人格では無い。
なら自分で自分だと思ってるものは何なんだ?
ん?もしかしたら悟れるかもw って喜ぶ。
なんかどうでも良くなって来た。もしかしてこれが狙いか?
161 :泥団:2012/03/03(土) 18:58:16.39 ID:04dUd/Uf
>>146
中有かー。
人間世界ではだいたい49日ですね。
じゃあホイットニーは今まだそこにいるんだわ。
いつごろそういうのが観れるようになるのかしら。。。
163 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/03(土) 20:07:56.47 ID:QS4ncir7
>>156 どういたしまして、またおいでなさい。
>>158 判らなくて良いのじゃ。
観察は知識や理解を得るためのものではないのじゃ。
原因から起こる苦の反応を厭離するためのものなのじゃ。
自ら行えばわかるじゃろう。
>>161 今も観ようとすれば観られるのじゃ。
寝ている時に観たりするのじゃ。
死者と生きる者の意識はつながっているのじゃ。
183 :泥団:2012/03/04(日) 19:52:55.10 ID:x+1Nss/M
>>163
特に集中力が強くなくてもですか?
寝る前に強く思う、だっけ。
でもいろんな思い込みや観念が邪魔になって「そんな簡単に観れるわけない」
とか「でも本当は観るのがこわい」とかになってそう。
187 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/05(月) 20:16:41.01 ID:CZrXPSKi
>>183 本当は誰もが親しい人と夢の中で会ったりしているものじゃ。
眠りの意識と死の意識は同じなのじゃ。
起きた時に変な夢を見たとか知識で解釈してしまうと忘れるのじゃ。
それは合理的で秩序のある自分の世界を、壊さないようにしたいという願望から起こるものじゃ。
188 :おさかなくわえた名無しさん:2012/03/05(月) 20:36:44.79 ID:uaYWFQyw
死ぬと生まれ変わるから 死者と会うのは無理じゃないですか
193 :泥団:2012/03/06(火) 12:45:33.56 ID:SvgOww0D
>>187
そっかー、覚えてないだけってのはありえますね。
また、覚めている間に現実世界をどうとらえているかが、逆に夢の世界を
どう解釈するかに影響するんですね。
たとえば、人生思っているようにうまくいかないとかで苦悩の多い人は
「現実とはつらいものだ」的な眼鏡を無意識にかけてしまっていることが多いけど、
そしたら夢の世界も起きてから思い出すときにそんな視点から解釈してしまうんだわ。
本当は本心にかなった夢を見ているかもしれないのに。
独断かしら。。。
でも、きっと本当の自分を知ることは、現実世界をありのままに見ることに
つながっているのだわ。
歪んだ眼鏡なしに。
194 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/06(火) 20:00:50.54 ID:GlUDJYyu
>>188 生まれる前に会えるのじゃ。
人によって違うが間があるのじゃ。
>>193 そのようなものじゃ。またおいでなさい。
198 :泥団:2012/03/07(水) 15:57:44.99 ID:SDyVz30v
>>194
鬼和尚さん、ありがとうございます。
今朝の夢の中で、過去と現在と未来が混然一体となって日常のありさまを形成して
いて、夢の中っていつもそうだと気づきました。体験している私も
覚めるまでは、それを当たりまえのように受け取っていました。
夢の世では現実世界でまかり通っている時間の束縛がないみたいなので、
きっと死の世界もそうなのでしょうね。
200 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/03/07(水) 19:55:48.75 ID:8yUAK7Zt
>>198 そうじゃ、それは混沌の世界なのじゃ。
またおいでなさい。
1.自分のニックネーム鬼和尚の由来は何ですか?
① 鬼のようだからじゃ。
2.血液型は?
②ええなのじゃ。
3.身長・体重は?
③165センチ80キロぐらいじゃ。
4.鬼和尚の外見の特徴を教えてください
4筋肉むきむきで鬼の如しじゃ。
5.チャームポイントはどこだと思いますか?
⑤鬼のようなところじゃ。
6.一番多い表情はどんな顔ですか?
六鬼のような顔じゃ。
7.鬼和尚の性格を自分で簡単に教えてください
7鬼のような性格じゃ
8.最終学歴は何ですか?
8こうそつじゃ
9.鬼和尚の欠点があったら教えてください
9正に鬼じゃ。
10.口癖はなんですか?
10鬼じゃ。
11.結婚はしていますか?または恋人がいますか?
11無じゃ。
12.今までの体験で最も恥ずかしかったことは?
12無じゃ。
13.職業は何ですか?
13運び屋じゃ。
14.家族構成を教えてください。
14親と子じゃ。
15.お金持ちですか?
15今千円持っているからお金持ちじゃ。
16.尊敬する人はいますか?いれば誰でしょうか?
16お釈迦様じゃ。
17.初恋はいつですか?
17二歳じゃ
18.趣味は何ですか?
18無じゃ。
19.特技を教えてください
19ひーりんぐじゃな
20.習い事の経験があったら教えてください
20算数とか国語を習ったのじゃ。
21.好きな歌は何ですか?
21マハームドラーの歌じゃ。
22.嫌いな歌は何ですか?
21無じゃ。
23.紅茶・コーヒー・緑茶。どれが好き?
23水じゃ
24.休日・休暇が取れました。何をしますか?
24瞑想じゃ。
25.夢・目標はありますか?あるとしたら何?
25全人類を悟りに導く事じゃ。
26.悩みはありませんか?あれば何ですか?
26無じゃ。
27.ヤクザに囲まれている少女がいます。どうしますか?
27金棒でみんなたおすのじゃ。
28.お金を拾いました(1億円)どうします?
28棄てるのじゃ。
29.お酒・タバコを好みますか?
30.ギャンブルはしますか?または経験はありますか?
30しないのじゃ。
31.ペットは飼っていますか?
31無じゃ。
32.嘘はつくほうですか?正直ですか?
32言葉は全部嘘じゃ。
33.UFOは実在すると思いますか?またその正体は?
33おぬしの心の中にいるのじゃ。
34.死んだら生まれ変わるのですか?
34わしはもう生まれないのじゃ。
35.幽霊はいますか?見たことありますか?
35おぬしの心の中に見えるじゃろう。
36.もし幽霊を見たらどうしたら良いですか?
36こんにちはとか挨拶すると良かろう。
37.東京で大地震は5年以内に起こるでしょうか?
37いつも起こっているのじゃ。
38.日本で次に大地震が来るのはどこですか?
38北のほうじゃな。
39.富士山はいつ爆発しますか?
39もう無いのじゃ。
40.安部総理に伝えるとしたら何を訴えますか?
40西式健康法とかをやると良かろう。
41.日本の良い所、悪い所を端的に教えてください
41無じゃ。
42.動物や虫に植物にも魂はありますか?
42おぬしがあると思えばあるのじゃ。
43.天皇陛下についてどう思いますか?
43苦を滅したいならば悟りを目指すのじゃ。
44.311大震災について感想を聞かせてください
44無じゃ。
45.ビックフッドや巨大生物はいますか?
46.座敷わらしなどの妖怪は実在しますか?
45、46おぬしがいると思えばいるのじゃ。
47.自殺を考えてる人にメッセージをお願いします
48.ホームレスにメッセージをお願いします
47、48生きてるだけでまるもうけじゃ。
49.戦国時代の人物で誰が好きですか?またその理由も
50.この世で最も素晴らしい職業は何だと思いますか?
50無じゃ。
51.今のアメリカに対して一言お願いします
52.今の中国に対して一言お願いします
53.今の韓国に対して一言お願いします
54.今の北朝鮮に対して一言お願いします
55.今のロシアに対して一言お願いします
51-55無じゃ。
56.性行為をしたことありますか?
56やりまくりじゃ。
57.悟った人は死んだらどうなりますか?
57どうもならないのじゃ。何一つ変わらないのじゃ。
58.ご先祖さまはお墓に24時間いますか?
58いないのじゃ。もう生まれ変わっているのじゃ。
59.今までどんな修行をしてきましたか?
59瞑想じゃ。
60.超能力は実在すると思いますか?するならどういう能力?
60あるのじゃ。100Mを9秒で走るのも超能力なのじゃ。
70.1+2+3×0+1=?
70 4じゃ。
71.ミレニアム懸賞問題をどれか解決できますか?
71知らんのじゃ。
72.子孫を残さないと生きてきた意味がありませんか?
72悟れば意味があるのじゃ。
73.不老不死は可能ですか?
73できるじゃろう。
74.病気になる人は心に問題がありますか?
74環境や習慣でもなるのじゃ。
75.神様や悪魔はいますか?
75おぬしがあると思えばあるのじゃ。
76.法律に違反するのは駄目な人間ですか?
76 違反する人間じゃ。
77.肉体を鍛えると精神に良い影響はありますか?
77 器官が健全に成ったりするじゃろう。
78.性欲は邪念ですか?
78ただの性質なのじゃ。
79.神社でお願い事しても叶いません。何がいけないの?
79、よい事をするのじゃ。
80.神社のおみくじは効果がありますか?
80 おぬしがそう思った時だけ効果があるのじゃ。
81.事故や災害など亡くなる種類によってどんな意味がありますか?
81 この世では意味無く死ぬ事もあると言う意味があるのじゃ。
82.パワーストーンは効果がありますか?
82おぬしがそう思った時だけ効果があるのじゃ。
83.姓名判断は本当でしょうか?
84.占星術は信用できますか?
85.血液型占いは当りますか?
86.手相で言われていることは本当ですか?
87.風水は効果的でしょうか?
83、84、85 86、87 おぬしがそう思った時だけ効果があるのじゃ。
88.どうして語尾に「じゃ」と付けるのですか?
88鬼だからじゃ。
89.軍隊は必要ですか?またその理由は?
89 わしには要らないのじゃ。
90.鬼和尚は日本語以外に何語が話せますか?
90英語も少し話せるのじゃ。
91.不慮の死に見舞われた方の霊に一言お願いします
91 こんばんはじゃ。
92.家族が死んで残された遺族に一言お願いします
92 修行したらよいのじゃ。
93.呪いは存在しますか?あるなら呪いを解く方法は?
93 無いのじゃ。おぬしが気にしなかったら降下は無いのじゃ。
94.呪う方法はありますか?
94 無駄なのじゃ。
95.どうしてうちはこんなに沢山質問したと思いますか?
95 愛じゃな。
96.TVや雑誌の出演依頼があったら受けますか?
96 わしの伝説の礎になってもらうのじゃ。
97.鬼和尚が今まで生きてきて幸せに感じたことは何ですか?
97 悟りこそ無上の幸福なのじゃ。
98.いつまで2chで相談に答える予定ですか?
98 死ぬまでじゃ。
99.2chで相談してくる人に対して一言お願いします
99 修行あるのみじゃ。
100.この質問に答えて何か感想があれば聞かせてください
100 60から70に飛んでいるのじゃ。手抜きじゃな。
① 鬼のようだからじゃ。
2.血液型は?
②ええなのじゃ。
3.身長・体重は?
③165センチ80キロぐらいじゃ。
4.鬼和尚の外見の特徴を教えてください
4筋肉むきむきで鬼の如しじゃ。
5.チャームポイントはどこだと思いますか?
⑤鬼のようなところじゃ。
6.一番多い表情はどんな顔ですか?
六鬼のような顔じゃ。
7.鬼和尚の性格を自分で簡単に教えてください
7鬼のような性格じゃ
8.最終学歴は何ですか?
8こうそつじゃ
9.鬼和尚の欠点があったら教えてください
9正に鬼じゃ。
10.口癖はなんですか?
10鬼じゃ。
11.結婚はしていますか?または恋人がいますか?
11無じゃ。
12.今までの体験で最も恥ずかしかったことは?
12無じゃ。
13.職業は何ですか?
13運び屋じゃ。
14.家族構成を教えてください。
14親と子じゃ。
15.お金持ちですか?
15今千円持っているからお金持ちじゃ。
16.尊敬する人はいますか?いれば誰でしょうか?
16お釈迦様じゃ。
17.初恋はいつですか?
17二歳じゃ
18.趣味は何ですか?
18無じゃ。
19.特技を教えてください
19ひーりんぐじゃな
20.習い事の経験があったら教えてください
20算数とか国語を習ったのじゃ。
21.好きな歌は何ですか?
21マハームドラーの歌じゃ。
22.嫌いな歌は何ですか?
21無じゃ。
23.紅茶・コーヒー・緑茶。どれが好き?
23水じゃ
24.休日・休暇が取れました。何をしますか?
24瞑想じゃ。
25.夢・目標はありますか?あるとしたら何?
25全人類を悟りに導く事じゃ。
26.悩みはありませんか?あれば何ですか?
26無じゃ。
27.ヤクザに囲まれている少女がいます。どうしますか?
27金棒でみんなたおすのじゃ。
28.お金を拾いました(1億円)どうします?
28棄てるのじゃ。
29.お酒・タバコを好みますか?
30.ギャンブルはしますか?または経験はありますか?
30しないのじゃ。
31.ペットは飼っていますか?
31無じゃ。
32.嘘はつくほうですか?正直ですか?
32言葉は全部嘘じゃ。
33.UFOは実在すると思いますか?またその正体は?
33おぬしの心の中にいるのじゃ。
34.死んだら生まれ変わるのですか?
34わしはもう生まれないのじゃ。
35.幽霊はいますか?見たことありますか?
35おぬしの心の中に見えるじゃろう。
36.もし幽霊を見たらどうしたら良いですか?
36こんにちはとか挨拶すると良かろう。
37.東京で大地震は5年以内に起こるでしょうか?
37いつも起こっているのじゃ。
38.日本で次に大地震が来るのはどこですか?
38北のほうじゃな。
39.富士山はいつ爆発しますか?
39もう無いのじゃ。
40.安部総理に伝えるとしたら何を訴えますか?
40西式健康法とかをやると良かろう。
41.日本の良い所、悪い所を端的に教えてください
41無じゃ。
42.動物や虫に植物にも魂はありますか?
42おぬしがあると思えばあるのじゃ。
43.天皇陛下についてどう思いますか?
43苦を滅したいならば悟りを目指すのじゃ。
44.311大震災について感想を聞かせてください
44無じゃ。
45.ビックフッドや巨大生物はいますか?
46.座敷わらしなどの妖怪は実在しますか?
45、46おぬしがいると思えばいるのじゃ。
47.自殺を考えてる人にメッセージをお願いします
48.ホームレスにメッセージをお願いします
47、48生きてるだけでまるもうけじゃ。
49.戦国時代の人物で誰が好きですか?またその理由も
50.この世で最も素晴らしい職業は何だと思いますか?
50無じゃ。
51.今のアメリカに対して一言お願いします
52.今の中国に対して一言お願いします
53.今の韓国に対して一言お願いします
54.今の北朝鮮に対して一言お願いします
55.今のロシアに対して一言お願いします
51-55無じゃ。
56.性行為をしたことありますか?
56やりまくりじゃ。
57.悟った人は死んだらどうなりますか?
57どうもならないのじゃ。何一つ変わらないのじゃ。
58.ご先祖さまはお墓に24時間いますか?
58いないのじゃ。もう生まれ変わっているのじゃ。
59.今までどんな修行をしてきましたか?
59瞑想じゃ。
60.超能力は実在すると思いますか?するならどういう能力?
60あるのじゃ。100Mを9秒で走るのも超能力なのじゃ。
70.1+2+3×0+1=?
70 4じゃ。
71.ミレニアム懸賞問題をどれか解決できますか?
71知らんのじゃ。
72.子孫を残さないと生きてきた意味がありませんか?
72悟れば意味があるのじゃ。
73.不老不死は可能ですか?
73できるじゃろう。
74.病気になる人は心に問題がありますか?
74環境や習慣でもなるのじゃ。
75.神様や悪魔はいますか?
75おぬしがあると思えばあるのじゃ。
76.法律に違反するのは駄目な人間ですか?
76 違反する人間じゃ。
77.肉体を鍛えると精神に良い影響はありますか?
77 器官が健全に成ったりするじゃろう。
78.性欲は邪念ですか?
78ただの性質なのじゃ。
79.神社でお願い事しても叶いません。何がいけないの?
79、よい事をするのじゃ。
80.神社のおみくじは効果がありますか?
80 おぬしがそう思った時だけ効果があるのじゃ。
81.事故や災害など亡くなる種類によってどんな意味がありますか?
81 この世では意味無く死ぬ事もあると言う意味があるのじゃ。
82.パワーストーンは効果がありますか?
82おぬしがそう思った時だけ効果があるのじゃ。
83.姓名判断は本当でしょうか?
84.占星術は信用できますか?
85.血液型占いは当りますか?
86.手相で言われていることは本当ですか?
87.風水は効果的でしょうか?
83、84、85 86、87 おぬしがそう思った時だけ効果があるのじゃ。
88.どうして語尾に「じゃ」と付けるのですか?
88鬼だからじゃ。
89.軍隊は必要ですか?またその理由は?
89 わしには要らないのじゃ。
90.鬼和尚は日本語以外に何語が話せますか?
90英語も少し話せるのじゃ。
91.不慮の死に見舞われた方の霊に一言お願いします
91 こんばんはじゃ。
92.家族が死んで残された遺族に一言お願いします
92 修行したらよいのじゃ。
93.呪いは存在しますか?あるなら呪いを解く方法は?
93 無いのじゃ。おぬしが気にしなかったら降下は無いのじゃ。
94.呪う方法はありますか?
94 無駄なのじゃ。
95.どうしてうちはこんなに沢山質問したと思いますか?
95 愛じゃな。
96.TVや雑誌の出演依頼があったら受けますか?
96 わしの伝説の礎になってもらうのじゃ。
97.鬼和尚が今まで生きてきて幸せに感じたことは何ですか?
97 悟りこそ無上の幸福なのじゃ。
98.いつまで2chで相談に答える予定ですか?
98 死ぬまでじゃ。
99.2chで相談してくる人に対して一言お願いします
99 修行あるのみじゃ。
100.この質問に答えて何か感想があれば聞かせてください
100 60から70に飛んでいるのじゃ。手抜きじゃな。
潜在意識とは本来、フロイトが日常は意識されないが、言動に影響を及ぼす心の働きをそう名付けたのじゃ。
普通は意識されないから潜在した意識なのじゃ。
それも実は記憶に因って働いているのじゃ。
記憶に因って信念として心の奥に根づいた考えは、日常では意識できなくとも、確実に働いていくのじゃ。
そのような潜在意識を活用するには、信念として構築する一つの考えを繰り返し、言葉にして唱えると良いのじゃ。
私はやりたい事が全部出来るとか、そのようなアファメーションとか自己暗示といわれる技が役に立つのじゃ。
それらの言葉が心の中に信念として根づけば、その通りに言動も変化するのじゃ。
無理に何でも出来るようにしようとか、思わなくても良いのじゃ。
特に意識しなくとも以前には出来なかった事が簡単に出来るようになったり、やり方がわかったりするのじゃ。
それが正に潜在意識の働きなの じゃ。
逆によくない信念があるならば、良く観察して消す事も出来るのじゃ。
信念が明らかに観察されれば、それは自己同一化が止まり、消え去るのじゃ。
良くない信念から不正な言動が起こっている事を、全体として観察できれば不正な行いも信念も消えていくのじゃ。
そして新しい良い信念を唱えて心の奥に植えれば、言動は変わり、性格も環境も人生も良いものへと変わっていくじゃろう。
実践してみるのじゃ。
普通は意識されないから潜在した意識なのじゃ。
それも実は記憶に因って働いているのじゃ。
記憶に因って信念として心の奥に根づいた考えは、日常では意識できなくとも、確実に働いていくのじゃ。
そのような潜在意識を活用するには、信念として構築する一つの考えを繰り返し、言葉にして唱えると良いのじゃ。
私はやりたい事が全部出来るとか、そのようなアファメーションとか自己暗示といわれる技が役に立つのじゃ。
それらの言葉が心の中に信念として根づけば、その通りに言動も変化するのじゃ。
無理に何でも出来るようにしようとか、思わなくても良いのじゃ。
特に意識しなくとも以前には出来なかった事が簡単に出来るようになったり、やり方がわかったりするのじゃ。
それが正に潜在意識の働きなの じゃ。
逆によくない信念があるならば、良く観察して消す事も出来るのじゃ。
信念が明らかに観察されれば、それは自己同一化が止まり、消え去るのじゃ。
良くない信念から不正な言動が起こっている事を、全体として観察できれば不正な行いも信念も消えていくのじゃ。
そして新しい良い信念を唱えて心の奥に植えれば、言動は変わり、性格も環境も人生も良いものへと変わっていくじゃろう。
実践してみるのじゃ。
681 :マジレスさん:2012/06/09(土) 20:01:13.24 ID:8xYHtdDw
和尚今日は早いですな
ある程度修行が進んで来たものに対する説法を今日はよろしくお願いします
682 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/06/09(土) 21:08:37.28 ID:a73MI1Xe
>>681 そうじゃのう。今日は偽りによって飾られた心を観るのじゃ。
例えばニュースでどこかの犯罪者が何億も儲けて逃げていたら、あたまにきたりすね者も居るじゃろう。
それは不正をした事に対する怒りよりも、むしろ本心では上手く金儲けした事が羨ましかったりするから怒ったりするものじゃ。
しかしそれを隠すために、自分は不正をした事に怒っていると、自分を偽ったりする。
そうするとそれを隠すために更に自分を偽り、さらにそれを隠すためにと、自分を偽りつづけるものじゃ。、
そのように偽りによって飾った美しい心を作り上げ、自分は不正を憎む正しい心の持ち主であると、間違ったイメージを作り上げてしまうのじゃ。
もしも瞑想がそのような偽りを助け、誤ったイメージを強化するものならば、それは間違った修行とさえ言えるのじゃ。
そのような瞑想ならばむしろしない方がましなのじゃ。
瞑想が深くなり、平等性智にまで達したならば、偽りによるイメージさえも破壊する事が出来るのじゃ。
この心は確かに己を偽っていた、とはっきり知られるのじゃ。
そのようであってこそ瞑想もするべきものと言えるのじゃ。
そして偽りによって飾られた美しい心がにせものと判り、犯罪の金を羨むような醜い心であってもそれが偽りの無い心であれば、修行者は受け入れ、尊重すべきなのじゃ。
なぜならば今の己の本心がわからなければ、どこにも行く事が出来ないからじゃ。
本心がわかって人は心の中にある苦の原因を知って苦を滅し、己を観察し、悟りを得る事も出来るのじゃ。
そのように偽りの無い心を知る事が出来るようにまで、瞑想に励むが良いのじゃ。
687 :マジレスさん:2012/06/10(日) 07:22:19.78 ID:IMlxd3X1
とすると和尚
朝起きて「会社行くのめんどくせーな」と思ったとします
その瞬間言語によるイメージ操作で「今日も楽しい事がいっぱいあるぞ」と書き換えたとしましょう
それは本心を偽ったのでしょうか
703 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/06/10(日) 20:35:46.20 ID:/FbvNy/8
>>687 その操作を行って、面倒な気持ちを楽しいと書き換えたと、観察したならば偽っていないのじゃ。
最初から楽しいと思っていたとか思う事が本心を偽った事になるのじゃ。
事実を常に隠さなければ、本心は見えてくるものじゃ。
和尚今日は早いですな
ある程度修行が進んで来たものに対する説法を今日はよろしくお願いします
682 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/06/09(土) 21:08:37.28 ID:a73MI1Xe
>>681 そうじゃのう。今日は偽りによって飾られた心を観るのじゃ。
例えばニュースでどこかの犯罪者が何億も儲けて逃げていたら、あたまにきたりすね者も居るじゃろう。
それは不正をした事に対する怒りよりも、むしろ本心では上手く金儲けした事が羨ましかったりするから怒ったりするものじゃ。
しかしそれを隠すために、自分は不正をした事に怒っていると、自分を偽ったりする。
そうするとそれを隠すために更に自分を偽り、さらにそれを隠すためにと、自分を偽りつづけるものじゃ。、
そのように偽りによって飾った美しい心を作り上げ、自分は不正を憎む正しい心の持ち主であると、間違ったイメージを作り上げてしまうのじゃ。
もしも瞑想がそのような偽りを助け、誤ったイメージを強化するものならば、それは間違った修行とさえ言えるのじゃ。
そのような瞑想ならばむしろしない方がましなのじゃ。
瞑想が深くなり、平等性智にまで達したならば、偽りによるイメージさえも破壊する事が出来るのじゃ。
この心は確かに己を偽っていた、とはっきり知られるのじゃ。
そのようであってこそ瞑想もするべきものと言えるのじゃ。
そして偽りによって飾られた美しい心がにせものと判り、犯罪の金を羨むような醜い心であってもそれが偽りの無い心であれば、修行者は受け入れ、尊重すべきなのじゃ。
なぜならば今の己の本心がわからなければ、どこにも行く事が出来ないからじゃ。
本心がわかって人は心の中にある苦の原因を知って苦を滅し、己を観察し、悟りを得る事も出来るのじゃ。
そのように偽りの無い心を知る事が出来るようにまで、瞑想に励むが良いのじゃ。
687 :マジレスさん:2012/06/10(日) 07:22:19.78 ID:IMlxd3X1
とすると和尚
朝起きて「会社行くのめんどくせーな」と思ったとします
その瞬間言語によるイメージ操作で「今日も楽しい事がいっぱいあるぞ」と書き換えたとしましょう
それは本心を偽ったのでしょうか
703 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/06/10(日) 20:35:46.20 ID:/FbvNy/8
>>687 その操作を行って、面倒な気持ちを楽しいと書き換えたと、観察したならば偽っていないのじゃ。
最初から楽しいと思っていたとか思う事が本心を偽った事になるのじゃ。
事実を常に隠さなければ、本心は見えてくるものじゃ。
564 :マジレスさん:2012/11/23(金) 20:07:08.20 ID:rTqABwD0
鬼和尚
説法をお願いします。
566 :マジレスさん:2012/11/23(金) 20:20:47.91 ID:rTqABwD0
苦滅の法の次のステップについて
576 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/11/23(金) 21:20:54.78 ID:KU2vDKl3
>>564 幾ら修行をしても悟りを得られない者と、少しの修行でも悟りを得られる者が居るじゃろう。
お釈迦様は七日間の瞑想で悟りを得たのじゃ。
マハリシはただ一晩自分が死ぬという観想をしていただけで悟りに至った。
それとは逆に何十年も修行して悟りを得られぬ者がある。
なぜそのように違いが出るのかと言えば、それは自分を何処まで変化する事を許せるかにかかって居るのじゃ。
人は自分が許した範囲までしか変わらないのじゃ。
修行してサマーディにまで到達する自分でいたいと思えばそこまでしかいかない。
ただ漠然と瞑想が上手くなりたいとか思っていれば、そこで修行は止まるのじゃ。
お釈迦様やマハリシは死を超えたいと願っていたのじゃ。
死を超えるには自らを捨て、目覚めるしかなかった故に、自らに目覚めを許し、悟道は訪れたのじゃ。
人の意志はこの世で最も強い故に、自分に許した分だけしか人は成長しないのじゃ。
今わしのこの文を見るほどの者ならば、以前に何度かその瞬間を迎えていた可能性もあるのじゃ。
己というものが消える瞬間、自我を成立させているからくりが垣間見えそうになった瞬間、それらに会ったとしても自らに悟りを許していなければ、意志によって止めてしまうのじゃ。
真に悟りを求める修行者は、自らの心をさらに深く見極め、自分に悟りを許すのじゃ。
579 :マジレスさん:2012/11/23(金) 21:42:37.86 ID:rTqABwD0
>>576
まさに今考えていたことです。
私は苦滅の法を繰り返し修行したせいか日常生活を送る上での苦は殆ど無くなってしまいました。
するとこれ以上悟りを深める意味があるのか
これ以上の悟りは今、現在の平安をうち崩すものではないか
このように思い修行が進まなくなりました。
病気や事故にでもあえばさらに修行する気にもなるかもしれませんが
581 :マジレスさん:2012/11/24(土) 02:52:55.98 ID:KMJt0F4x
死を超えるっていうのは一度死ななきゃいけないじゃないですか、意識の上で。
582 :マジレスさん:2012/11/24(土) 11:55:47.44 ID:jFtLW6JS
>>576
そーいう「考え方」ってことで受け止めました。
お和尚さんは過去に沢山吸収したであろう
悟りに纏わる知識に非常に長けてらっしゃる。
きっと和尚さんを惹きつけるものがあったんでしょうね、
そっちの分野に。
私にはそーいうのがないので探してます。
夢中になれるものが欲しいです。
598 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/11/24(土) 19:51:36.22 ID:q6G9/3x/
>>579 今その境地を楽しむのも良い。
老病死の苦はやはり逃れられないと知って更に修行するのも良いのじゃ。
少しずつでも登って行けばいつかは山の天辺にも行けるのじゃ。
>>581 そうじゃ、死ぬのじゃ。
今自分が自分だと思っている自我を無くすとは、正に意識の上で死ぬ事になるのじゃ。
それ故に己を捨てる勇気が必要なのじゃ。
>>582 そうじゃ、何でも試してみると良いのじゃ。
619 :マジレスさん:2012/11/26(月) 06:11:50.98 ID:PCUHwNU3
>>598
自我が死ぬとは、とてつもない苦しみや悲しみが伴いませんでしたか?引き裂かれるような、胸がつぶれるような。
今は執着がなく、苦しみや悲しみが思い出せなかったとしてもそれらを感じる自我があったからこそ悟る必要があった。
どのような過程を通られましたか?
625 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/11/26(月) 19:57:25.96 ID:rhfgxjp3
>>619 そこに恐れはあったのう。
しかし、何もしなければいずれは死ぬという事を常に考えていたのじゃ。
死という条件がある以上、自我はただ一時だけこの世にあるものに過ぎないと気づきがあり、いずれ消えるものを今捨てる勇気が出たのじゃ。
鬼和尚
説法をお願いします。
566 :マジレスさん:2012/11/23(金) 20:20:47.91 ID:rTqABwD0
苦滅の法の次のステップについて
576 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/11/23(金) 21:20:54.78 ID:KU2vDKl3
>>564 幾ら修行をしても悟りを得られない者と、少しの修行でも悟りを得られる者が居るじゃろう。
お釈迦様は七日間の瞑想で悟りを得たのじゃ。
マハリシはただ一晩自分が死ぬという観想をしていただけで悟りに至った。
それとは逆に何十年も修行して悟りを得られぬ者がある。
なぜそのように違いが出るのかと言えば、それは自分を何処まで変化する事を許せるかにかかって居るのじゃ。
人は自分が許した範囲までしか変わらないのじゃ。
修行してサマーディにまで到達する自分でいたいと思えばそこまでしかいかない。
ただ漠然と瞑想が上手くなりたいとか思っていれば、そこで修行は止まるのじゃ。
お釈迦様やマハリシは死を超えたいと願っていたのじゃ。
死を超えるには自らを捨て、目覚めるしかなかった故に、自らに目覚めを許し、悟道は訪れたのじゃ。
人の意志はこの世で最も強い故に、自分に許した分だけしか人は成長しないのじゃ。
今わしのこの文を見るほどの者ならば、以前に何度かその瞬間を迎えていた可能性もあるのじゃ。
己というものが消える瞬間、自我を成立させているからくりが垣間見えそうになった瞬間、それらに会ったとしても自らに悟りを許していなければ、意志によって止めてしまうのじゃ。
真に悟りを求める修行者は、自らの心をさらに深く見極め、自分に悟りを許すのじゃ。
579 :マジレスさん:2012/11/23(金) 21:42:37.86 ID:rTqABwD0
>>576
まさに今考えていたことです。
私は苦滅の法を繰り返し修行したせいか日常生活を送る上での苦は殆ど無くなってしまいました。
するとこれ以上悟りを深める意味があるのか
これ以上の悟りは今、現在の平安をうち崩すものではないか
このように思い修行が進まなくなりました。
病気や事故にでもあえばさらに修行する気にもなるかもしれませんが
581 :マジレスさん:2012/11/24(土) 02:52:55.98 ID:KMJt0F4x
死を超えるっていうのは一度死ななきゃいけないじゃないですか、意識の上で。
582 :マジレスさん:2012/11/24(土) 11:55:47.44 ID:jFtLW6JS
>>576
そーいう「考え方」ってことで受け止めました。
お和尚さんは過去に沢山吸収したであろう
悟りに纏わる知識に非常に長けてらっしゃる。
きっと和尚さんを惹きつけるものがあったんでしょうね、
そっちの分野に。
私にはそーいうのがないので探してます。
夢中になれるものが欲しいです。
598 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/11/24(土) 19:51:36.22 ID:q6G9/3x/
>>579 今その境地を楽しむのも良い。
老病死の苦はやはり逃れられないと知って更に修行するのも良いのじゃ。
少しずつでも登って行けばいつかは山の天辺にも行けるのじゃ。
>>581 そうじゃ、死ぬのじゃ。
今自分が自分だと思っている自我を無くすとは、正に意識の上で死ぬ事になるのじゃ。
それ故に己を捨てる勇気が必要なのじゃ。
>>582 そうじゃ、何でも試してみると良いのじゃ。
619 :マジレスさん:2012/11/26(月) 06:11:50.98 ID:PCUHwNU3
>>598
自我が死ぬとは、とてつもない苦しみや悲しみが伴いませんでしたか?引き裂かれるような、胸がつぶれるような。
今は執着がなく、苦しみや悲しみが思い出せなかったとしてもそれらを感じる自我があったからこそ悟る必要があった。
どのような過程を通られましたか?
625 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/11/26(月) 19:57:25.96 ID:rhfgxjp3
>>619 そこに恐れはあったのう。
しかし、何もしなければいずれは死ぬという事を常に考えていたのじゃ。
死という条件がある以上、自我はただ一時だけこの世にあるものに過ぎないと気づきがあり、いずれ消えるものを今捨てる勇気が出たのじゃ。
452 :マジレスさん:2012/11/17(土) 11:31:58.92 ID:3YfX/dIz
数息感で12345と数えていって10を超えても11 12と折り返すのを忘れたり
9876と逆にいっているとき0まで行く前に途中で789とまた普通に無意識で数えてしまうのですが
対策法ないですか?
460 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/11/17(土) 20:38:28.46 ID:P3QvRpxh
>>452 良くある事じゃ。
わしも時々一から数えているのか10から数えているのかわからなくなる時があるのじゃ。
それらは気づいた時に直せば良いのじゃ。
呼吸に集中する事が本来の瞑想であり、数を数えるのは補助のために過ぎないのじゃ。
むしろ呼吸に集中したために忘れる事もあるじゃろう。
呼吸に集中していれば数も数えなくて良いのじゃ。
邪魔になれば数を数えずに呼吸にのみ集中して良いのじゃ。
数息感で12345と数えていって10を超えても11 12と折り返すのを忘れたり
9876と逆にいっているとき0まで行く前に途中で789とまた普通に無意識で数えてしまうのですが
対策法ないですか?
460 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2012/11/17(土) 20:38:28.46 ID:P3QvRpxh
>>452 良くある事じゃ。
わしも時々一から数えているのか10から数えているのかわからなくなる時があるのじゃ。
それらは気づいた時に直せば良いのじゃ。
呼吸に集中する事が本来の瞑想であり、数を数えるのは補助のために過ぎないのじゃ。
むしろ呼吸に集中したために忘れる事もあるじゃろう。
呼吸に集中していれば数も数えなくて良いのじゃ。
邪魔になれば数を数えずに呼吸にのみ集中して良いのじゃ。