私はその人のうなじをよく見ていた。小柄な人だった。その人の背に一歳の私は負われている。その人はよく泣く末の弟のお守りをしていたのである。西日を受けた小さな影であった。聞き分けの無い、泣き虫で生意気な弟の尻をとんとん敲きながら町の中を巡る。巡りながら子守唄をうたってくれた。その人は私の一番上の姉であり、この一篇はその姉が後年私に語ってくれた話から紡ぎ出した雪の日の物語である。声の綺麗な人だった。

「裏の畑にハコベは萌えて、小鳥啄ばむねんねこよ」 

 チェーンを巻いたオート三輪が恐る恐る、欄干に雪を載せた太鼓橋を渡っていた。昭和も三十年代に入ったばかりのことである。その彼方、珍妙な化粧を施し赤いベレー帽にモンペ姿の女が隣町の方からやってくるのが見えている。誰にでも明るく気さくに声を掛け、時には軒下に立ち、米その他の物品を乞うのがその女の職業である。

 毎年この季節に姿を見せるこの人は、陰気でないのはよいのだけれど、憐憫の情を誘おうというこの業種の定石から言えばその振舞い方は異端であって、それかあらぬか手にした赤い布袋に大して膨らみのあった例しがない。人々は彼女を赤ベレーと呼び習わしていた。町の子ども達はその風体の異様さを恐れながらも、彼女の姿を認めると遠くから「赤ベレー、赤ベレー」と囃し立てた。女ベガーはそれに応えて、馬鹿にするなという意味の方言で喚き散らし拳を振り上げ迫ってくる。子どもらは、わっと言っては逃げ惑い、また適当な距離から囃すのである。

 どこに住んでいるのか知っている者は誰もいない。それでも彼女にまつわる伝説だけは豊富であった。滑稽なくらい派手に塗られた化粧の下には、滅多にお目に掛かれぬ程の美貌が隠されているだの、ほんとは大金持ちで住まいは海を臨む高台の広壮な邸宅であるだの、夢物語のようなものばかりであった。

 美形の噂を鵜呑みにした某素封家の爺さんが、家人の留守中彼女を家に上げ、力ずくで怪しからぬ行為に及んだというのもその一つであろうか。残念ながらその年寄は思いを遂げるには至らなかったばかりか、さんざん罵倒された挙句、逃げ去る彼女が行きがけの駄賃よろしく、玄関先にあった高級蝙蝠傘を手にするのを阻止できなかったことに今でも歯噛みしているという。いくら物持ちで勢力があろうと行いが行いだけに、大っぴらに自分の影響力を彼女の身の上に行使することもならず、仕返しの機会を狙って悶々としているという尾鰭までついている。

 よくできた話ではあるけれど作り話に違いない。町に素封家と言える家は三軒あった。立原、小川、一色といってどの家にもそれらしきお爺さんがいたにはいたが、仮に本当の話なら、いくら隠したってどこの家で起きた出来事かというぐらいは伝わったはずである。それがなくてただ、ある金持ちの家の爺様とだけ伝わっているのは、やっかみ半分の流言に過ぎないからであろう。私は一色家の末っ子である。祖父を思い描いてみれば、そんな不埒を仕出かしそうなそうでないような微妙な禿げ頭ではあるものの、まあ大丈夫だろうと思われる。

 赤ベレー、泥棒だってよ。そんな噂が飛び交ったこともあるという。でもそれもきっと、彼女に(よこしま)な思いを寄せた町の好き者の飛ばした噂に相違ないのである。あるいは某年寄りの醜聞がもし本当ならば、案外その人が浮言を流した張本人かもしれぬ。

 私をいつも負ぶってくれる齢の離れた姉繭子(まゆこ)は唄が好きであった。椿油の匂いの襟足と子守唄が私の原風景の一つとなって心に沈んでいる。体の弱い優しい人だった。

「蔵の壁には守り子の影が、ゆらりゆうらりねんねこよ」

 いつものように私の守りをしてくれていた姉のほうへ、赤ベレーが太鼓橋を渡って近づいてくる。彼女は大股に歩を進めながら、例の如く囃しかける男の子達に牙を鳴らしている。けれどほんとは、町の小さい者らとのそんな罪の無い交わりを大人達に見せつけることも、一つの営業的策略だったに違いない。見ようによっては長閑な光景だったのだから。町の人達も内心頬を緩めたはずである。

 悪童達の声と、女ベガーの怒声が重なると、姉の背で子守唄を聞きながらうとうとしていた私は、恐怖に目を大きく見開き首を左右に廻らす。その傍らを(くだん)の女が悠然と過ぎていく。大人であれば誰に対しても愛想がよくて奇抜な濃い化粧を武器にして営業する彼女は、繭子にだけは「ふん」という小馬鹿にした態度そのままに通り過ぎる。

 姉は気の弱いもの静かな人であった。他人の言行を誰かに話すこともない。小賢しい赤ベレーにとって、手管を用いる必要が全く無いと見切った小さな女の影は、言わばただ通行の邪魔をするだけの存在なのだった。

「どいて」

 繭子は素直に脇へ寄る。

「これ、あんたの子ども?」

 姉は首を横に振る。

「じゃ、何なの、この醜い男童子(わらし)?」

 再び微睡みに入ろうかという私は、自分の容貌に関してよその者に無礼な評価を受けているとも知らず、姉の背でゆっくりと小用を足した。布のおむつに幽かな湿り気を姉は感じて、「志朗ちゃん、しっこしたんだね?」と言う。

「答えなよ。偉そうにするんじゃないよ。馬鹿のくせに」

 姉の繭子は病的なはにかみやであった。外の人から見れば、確かに知恵が遅れているようにも見えた。威圧的な相手にただおどおどと震えるばかりだった。

 赤ベレーは、姉が彼女の問いに答えないことに腹を立てている。同時にこの娘にはどんな無礼をはたらこうと自分にしっぺ返しは来ないと見越している。この女は繭子の前では限り無く素に近い姿を曝け出した。

 姉の背に負われた私はしかし、不思議にこの女に嫌悪や恐怖を感じなかった。自分を背負いあやす優しい繭子を罵倒し、私自身の顔形をも云々する人ではあったけれど、擦れ違い様、私の頬を白い手でそっと撫でてくれた。その手は、がさつな所作とは裏腹にすべすべと滑らかで美しかった。愛しそうに撫でてくれた。私はその手を小さな舌でぺろりと舐めた。

「ま、この子ったら」

 微笑みながら今度は頭を撫でてくれる。見上げると、その瞳は思いのほか澄んでいた。

 ようやく赤ベレーから解放された姉はおむつを替え、赤い後ろ姿を見送りながらまた唄をうたい出す。

「守り子いじるな泣かずに眠れ、泣けば山から物怪(もっけ)来らえ」

 すでに晩照に浮かんだ雲が紫の極みに映える頃、町を一巡りしてきた赤ベレーが、私達の姿を見て再び近寄ってきた。

「まだいたのかい。その童子(わらし)ほんとに醜いね。どれ、ちょっと抱かせてみろや」

 矛盾したことを言うものだ。そんなに不器量な赤ん坊を抱いてどうするというのか。繭子はわずかに後ずさる。微かな恐れをさえ頬に浮かべている。

「なんだよ、この馬鹿娘。少しだけだよ。どら、ちょこっと貸してみろって」

 繭子は大きな目で赤ベレーを見つめながら、負ぶい紐に手を掛けた。目が少し潤んでいる。

 赤ベレーは私を腕に抱えてじっと見下ろす。

「見れば見るほど不細工な造りだね」

 そう言われながらも、私はその抱かれ心地が気に入ったとみえて、彼女に笑いかけさえした。姉ほどではないにしろ人見知りの激しい私がである。

 姉が、帰っていく鴉の群に目を遣ったその刹那である。私を抱いた赤ベレーが転がるように駆け出した。一目散、わき目もふらず必死の形相で。

 繭子は咄嗟のことに叫ぶこともならず、声にならぬ声を上げ、女ベガーを追いかけた。そこは町外れに近かったから、雪野と化した田圃の風景がすぐに見えてくる。馬橇に轢かれたグミの実が残照に不吉に光った。この私に限って言えば、赤ベレーは噂どおり確かに盗人に違いなかった。畦道にひょろりと伸びた木の枝から、しずり雪が赤いベレー帽に落ちかかるのに気を留めもせず一散に駆ける。

 姉の繭子は涙を流しながら必死に追いかけたけれど体の弱い彼女に追いつけようはずもなく、赤ベレーは群青の空の向こうに遠ざかる。姉は雪に隠れた水路に足をとられて転んだ。頬が雪にまみれ意識が遠のいていく。

「志朗ちゃん、志朗ちゃん」

 弱々しい声でそう叫ぶのだけれど、赤ベレーの腕にくるまれた私は、すでに西空の淡いの光の向こうへ消え去っていた。

 赤ベレーは前の年の夏、自分の子を亡くしていた。愛しいその子に含ませるべき乳首を私に与えたのだ。寂しげな白い乳房を手に持ち私は無心に吸っていた。その風景はけざやかに心の底にたゆたっている。素顔の彼女は美しい人であった。

 繭子と志朗がいない。一色の家では大騒ぎになっていた。駐在所へ連絡しようとしていたところへ、隣家の親父が繭子を連れてきた。雪野で倒れている彼女を、馬橇で通りかかって見つけてくれたのである。

 警察はさすがに赤ベレーの素性は心得ていてすぐに捕縛された。隠れることさえしなかったのである。彼女にとってそれは覚悟の前のことだったようだ。失った子の面影と私の姿とが重なって、発作的な犯行に及び須臾(しゅゆ)の間母性を満たしたのである。私はひととき赤ベレーの子となって小さな旅をし、そして繭子姉の温かい背へと再び戻ってきた。

 今、その姉の死の顔を眺めているのである。世間的にはけして幸せな一生とは言えなかったその横顔は穏やかであった。何の恩返しもできなかった。だからせめて供えたい。あなたの温かかった背の記憶と綺麗な歌声の思い出とに感謝の思いを。憔悴してはいるけれど、しかし可憐なその頬に触れながら静かに祈ろう。

ー了ー