なぜ毎夜悪夢にうなされなくてはならない 俺がいったい何をした
俺の前世はバンドのウメという二つ名をもつ半端者かもしれぬ
ズボンからバンドをさらりと抜いて 睨みつければ相手は竦む
なにしろウメにバンドを持たせりゃ刀を持たせたのと同じだ
どんなやくざ者でも愛想笑いして踵を返す
ウメから逃げなかった一人の余所者がいたんだが
悪虐を恣にしたそいつはこともあろうに
この世から遁げていった
俺の前々世は自転車のチッコという二つ名を持つ変質者かもしれぬ
自転車で村々町々を徘徊しながら
娘や若嫁たちに悪戯して回ったもんだった
悪戯って言ったって尻を触ったり胸に触れたりとそんなもの
ああ、あの村ではしくじったな
あの娘は青年団の集まりの散会帰りの夜道を歩いていた
早まって仕掛けたもんだから
その娘の叫びに応じた若者たちにさんざんやられちまった
俺の前々々世は竹之丞という洒落た名前の炭焼きかもしれぬ
兵隊外套手直ししたのが一張羅で
手ぬぐいの頬被りがトレードマークで
唇がちょいととんがっているのを見て
悪餓鬼どもはひょっとこひょっとこと囃し立てたもんだった
酔い潰れては雪の上だろうが馬糞の上だろうが
所構わず横になって かみさんに苦労をかけた
でもな俺は何度もかみさんの手を撫でた 愛しい愛しい すまぬすまぬと
みんな冥い夢の中ではあるけれど
俺は悪い人間じゃないんだぞ
北支に連れていかれて鉄砲撃っただけじゃないか
兵隊外套の裾に血の染みの名残りもあるにはあるが
なぜこんなに悪夢にうなされなくてはならないんだ
で、どうしてあなたは泣いているの
幽暗に鎮もる片隅の 顔の無い女の人よ
俺が遠くへ行ってしまうからってなぜ泣くのだ
あなたが妻ならば 妻よ 俺のために泣くな 俺なんかのために泣くな
日の出は五時二分 目覚めれば涙の粒は俺の頬にあった
梵鐘にはまだ間がある須臾の間 誰が吹くか喨々たる笛の音を乗せて
朝焼けの方から風が吹いてくる
酔いどれの褥は昨夜も
駘蕩たる春風に乾いた馬糞であったのか