私のブログは、面白おかしく、盛り込みながら書き込むことがある。かなり盛りすぎてあり得ないようなことも書くことがあるが、それをホントと思ってしまう真面目な性格の人もいる。活字にすると真実味を増す。それだけに気を付けて書き込まなければとも思う。
早いもので10月後半には全国予選が始まる。ここに照準を合わせてくる強豪チーム。全国少年サッカー大会は、サッカー少年の最高の舞台、日々辛い練習や試合に耐えたのも、この日のためにある。6年生にとっては、勝っても負けても最後の戦いである。
初の全国出場が、今から25年前。第17回の大会であった。創立から12年が経過していた。当時の記憶としては、県の中央大会に出場できればそれでいい。そんな気持ちでいたので、全国への出場が決まった瞬間は夢を見ているよう心境だった。
強くなりたい、その一心で、子供と共にブラジルへ短期留学もした。三浦知良選手が日本人初、サントスとプロ契約した時期だった。
当時、全国大会歴代優勝チームは、静岡、千葉、栃木、埼玉、これらの代表チームは、ほとんどが市選抜チームであった。まだJチームの参加は、読売クラブ(現ヴェルディ)や横浜マリノスぐらいである。片山の初出場の結果は、ベスト16で終わった。
1度全国に出ると、もう一度と欲が湧く。しかし、簡単ではない。当時、埼玉の頂点に君臨するFC浦和の牙城は簡単に崩せない。選抜チームは個々の能力が高い。同じ練習、同じ戦法、同じサッカーでは勝てるわけない。強豪チームが考えも想像も付かないことをやらなければ、勝利はない。教科書に沿っていては普通のチームに終わる。
考えた一つの練習として、徹底的に浮き球の練習を行った。試合も浮き球を多用した。他のチームから批判されるも連戦連勝。しかし、第20回全国大会で優勝した後に、日本サッカー協会より、悪い見本のように批判されてしまった。吹けば飛ぶような小さな町クラブが、市選抜チームやJチームを倒して優勝したのに、おめでとうよく頑張ったな、ではなく批判であった。
16年後、8人制の大会になる。片山サッカーは、8人制では絶対に通用しないとサッカー関係者に言われていいたが、それを打ち消すかのように、決勝でレイソルを破り2回目の全国優勝を果たした。第20回大会の優勝から16年が経過していた。
創立37年、この間、卒団生したOBから、現役、元プロを合わせて7人を輩出している。ただ、まだ日本代表に一人も選出されていない。これが残念でならない。卒団生、おじさんが生きている間に出てくれよな。