3月11日に友人から電話がありました。

その友人は現在一つの転機を迎えているタイミングなので話の中であの日の話の話題も出るだろうと思いつつ電話に出ました。あの日とは13年前の2011年の3.11に男3人で会話が切れずにかなり長めのランチをしていたときのこと。

15時近くを意識して、そろそろ会話を終わらせようと頭をよぎる時に店が揺れた。僕達は震度4の地域で店に大きな被害はなかったがその後、違う方向に向かう3人は帰宅困難になった。

 

 メディアの記事を読んで、あれから13年経過した今も震災トラウマに苦しむ人達が多いと知った。それは家族や友人、恋人等を亡くした大きな喪失感とは別に転居や転校等による生活環境の変化に馴染めずに少しづつボディブローのように心のダメージが蓄積されていくケースもあると知った。

 震災後、あらゆることに余裕を失っていた地域社会ではリアルな生活の立て直しで精いっぱいの現実に内面的なストレスを訴えようにも口に出せない環境はあったのだろう。

皆が生活の立て直しに必死になっている状況で我慢するしかないのは仕方なかったであろうが誰もが気持ちを切り替えられる訳ではない程に東日本大震災の衝撃は大きかったのだろうとも思います。

 

 僕があの震災で自国に対する信頼感に初めて陰りを感じました。過去に大きな津波が周期的に有った形跡のある海に面した地域に建設された原子力発電所。その場所で津波で故障した上に放射能被害を起こしてしまった現実の日本という国に少なからずショックを受けた。それは頼れると信頼していた親が実は危機的な潜在的リスクを放置していたという現実を目の当たりにした気持ちだった。日本は素晴らしい国と思っていたのが幻想かもしれないと感じたきっかけになった。幾度となくそんな話をした記憶があるが、そう感じた人も世の中に多いのかもしれない。

 

 強く大きなストレスでなくとも、長く続く不安などのストレスでも人は少しづつダメージを蓄積するようだ。幾度となく励ましの言葉や自分自身で気持ちを切り替えようと思ったこともあっただろう。それでも心は自分に嘘をつけないのだろう。先へ進むしかないのは誰でもわかっているのに心がそうならないのだろう。

世の中のあらゆるネガティブな現象には何かしらの原因があるのだろう。言葉や身体的な暴力、退廃にはおそらくトラウマが潜んでいるのだろう。それを前提として緩和させることが出来たならかなりのネガティブはなくなるのかもしれない。実はそれが人間社会の発展、進化にとって大切なことなのかもしれないとふと思った。文明の進化に心がついていけてないと語られる事は今までもあったと思いますが、実は人々のトラウマの緩和を国がお膳立てをして地域社会で取り組むシステムを作れたなら強い基盤の社会が出来て行くかもしれないと思った。

 僕にも子供時代の長期的なトラウマがあるのです。

僕は損な役回りと感じた事が多い子供時代でした。幸い生活的に大きく深刻な状況にはなりませんでしたが人には話せないストレスを長く抱えていました。

18歳の頃、ストレスが溜まる器がかなりいっぱいになり家を出たのですがその後、あるきっかけでストレスが緩和されていったのです。

それに気づいたのはかなり先の事なのですが20歳頃から始まった頭の中に音符が次々に現れてくる現象がどこから来るのかという疑問がきっかけでした。音符になった感情は消化されてストレスでなくなるような気がしていたように思います。

 

 トラウマ、ストレスはある意味では自然発生的なエナジーです。それをどう扱うかは本人だけではコントロール出来ない事が多いと思います。しかし個人や家族単位ではどうにも良い方向に繋がらないケースでも国や地域社会がボランティア活動のようなものではなく本腰を入れて負のエナジ―をコントロールする手助けしてあげたどうなるのでしょうか。

太陽エネルギー、風力、地熱、潮汐(潮汐)発電、そして人間のストレスエナジーは何かに変換する事が出来ればプラスなエナジーに変わる可能性はあると思うのです。そんな社会にしていけたら楽しいことが増えるんじゃないかな。
 

 

 

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3月28日(木)12:10