2022年マイベスト映画10選(25選) | 「道草オンラインマガジンonfield」[別館]

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今年も年間ベストの季節がやってきました。締切に追われる日々が続いたこともあって映画館がすっかり遠のいていましたが、11月は37本を鑑賞して怒濤の追い込みをかけ、合計92本で打ち止め。見逃した作品も数々あるのが残念ですが、ともあれ観た作品のうち10選を挙げたいと思います(と言いつつ合計25選です)。ざっくりした印象ですが、今年は喪失感、母性・父性について考える機会を得る映画が多かったように感じます。

 

●映画10選●

 

1「スペンサー ダイアナの決意」

Spencer(英国、ドイツ、チリ) パブロ・ラライン監督

イギリス王室への関心はさほどなく、一連の興味本位な伝聞も遠い目で見ていましたが、彼女に寄り添う視点で描かれた3日間の寓話は、私に、あなたに突きつけられた物語でもあると気づかされます。
自分の今日も明日も、そして未来も、全てが決まっているという圧倒的な絶望感、自分自身の喪失感に強い痛みを感じ、胸が締め付けられる思い。99%の絶望の末に、1%添えられた開放感に涙が流れました。映画を見終わった後も余韻がなかなか消えず、しばらくぼーっとしてましたね。
王室を象徴するような高貴なバロックの調べと、彼女の心情を表すブルージーな音楽の対比が見事で、音楽は誰だろうとクレジットを見たら、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドでした。彼の映画音楽の才能にも感服。
最後に、雅子さまはこの映画をご覧になったのだろうか。そんなことを思いながら帰路につきました。

 

2「パリ13区」

Les Olympiades, Paris 13e/Paris, 13th District(フランス) ジャック・オーディアール監督

身体はたやすく繋がるのに(まぐわえるのに)、心はすれ違う。ネットは簡単に繋がるのに、リアルの世界ではよそよそしい。そんな現代社会を風刺気味に描いたアーティスティックな作品。救いようのない物語の運びに荒涼感や寂寥感がずっと漂っていましたが、「私の名はルイーズ」の一言でガラリと物語は展開していきます。その見事な仕掛けに息を呑みました。

大好きな女性ロックバンド、Savagesのボーカリスト、ジェニー・ベスの役どころ(ポルノ女優というか、課金型ポルノサイトの主)があんまりだ、こんな役を引き受けなければ良かったのに、と思っていたけれど、終わってみれば彼女だから演じ切れたと思えてきて安堵しました。いやあ才能豊かな女性だなあ。誰ともつながれず、愛されもせずに孤独で死んでいく老女の役も効いていますね。

それにしても皆さん、見事に脱ぐわ脱ぐわ。全ての女優さんたちが魅力的に思えたのは僕もオスだからか。

 

3「ケイコ 目を澄ませて」

Keiko, me wo sumasete(日本)三宅唱監督

映画を鑑賞しながら、ずっと、音のない世界を想像していました。「ろうの世界」について、こんなに想像を掻き立てる映画は初めて。

自分の家族を含めて、なかなか通じ合えない健聴者との「対話」ばかりを重ねてきたケイコにとって、ミットから伝わる衝撃は身体で感じ取ることができる「対話」だったろうし、対戦相手との殴り合いも「対話」、見守り、寄り添ってくれた会長と交わす表情や口の動きも「対話」だったでしょう。そんな「対話」を通じて、ケイコは自分自身とも「対話」しようと試みていきます。

生活音や状況音を意図的に増幅させることで「聞こえない世界」を想像させた三宅監督、そして、ろう者同士の楽しげな会話に意図的に字幕をつけないことで「聞こえない世界」を見せつけた三宅監督に、ただならぬ才能を感じて身震いがしました。

二人が鏡に向かってシャドーボクシングしながら「音のない対話」を交わすシーンに、涙が止まらなかった。これが感動ポルノでなかったことを祈りたいです。

岸井ゆきの、三浦友和が抜群に素晴らしい。二人にとっても代表作になったと思う。

 

4「カモン カモン」

C'mon C'mon(米国) マイク・ミルズ監督

相手の考えを知る。自分の考えを伝える。違いに気づく。違いを受け止める。相手をねじ伏せない。ねじ伏せられることを拒む。年長者であろうが年少者であろうが、1人の人間同士として互いの存在を認め、共存し合う。そうしていけば、問題だらけの人生にもきっと光は差す。明日は何が起きるか分からないけど、さあ、来いよ、未来。来てみろよ、未来。カモン未来。

実験的でありながら普遍的なテーマを持った作品でした。これがアカデミー賞作品賞でも文句はありませんでした。

 

5「ザリガニの鳴くところ」

Where the Crawdads Sing(米国) オリビア・ニューマン監督

DV父親への激しい憎悪と怒り、家を捨て去った母や兄弟姉妹への思慕、世捨て人の変人扱いをしてきた村人への恨み、弁護士による陪審員の村人への熱弁、そしてペンダント。これらが最後の最後に絵合わせされる見事な構成。鑑賞者の涙を散々ふり絞っておいて、最後にニヤリとさせる心憎い筋立てでした。
沼地の自然が美しく、エンドロールも楽しませてくれます。そしてTaylor Swiftの書き下ろしと思われる、物語により沿ったエンディングテーマ。もう完璧ですね。

 

6「わたしは最悪。」

Verdens verste menneske/The Worst Person in the World(ノルウェー、フランス、スウェーデン、デンマーク) ヨアヒム・トリアー監督

人生は後悔と道草と徒労と気まぐれの連続。こんなワタシって最低最悪。
でも人生ってそんなもんだよ。早々と進路を決着しなくても、それで良いんだよ。そんな君は、君のままで素敵だし最高だ。
ーーあの台詞良かったですね。
迷いの渦中にある人、そこから抜け出した人の背中を優しく支えてくれる作品でした。周囲がストップモーションになる場面、あれどうやって撮ったんだろう、でも本人の心情としては、まさしくあの感じ。それを再現したシーンがとても印象的です。大胆かつ繊細な模写、隅々まで心配りが行き届いた作品。公開と同時にSNSで評判が流れていた作品。公開開始3か月後の鑑賞でしたが、遅ればせながら、してやられたな、という感触です。

 

7「マイスモールランド」

My Small Land(日本) 川和⽥恵真監督

日本の、いや日本だけの特異な難民問題については、無惨な死がもたらされた事件がたびたびテレビやネットで流れてきますが、あまりの凄惨さに、どこか違う世界で起きている他人事みたいな遠い感覚があると思いますし、正直なところ、僕にはありました。
その一方で、この映画では、世界中のどこにもいそうな、つましい生活を送る家族が、日々の営みのなかで直面する理不尽な問題を通じて、日本の現状を「あなたの近くにいる隣人問題」「地続きの問題」として呈示し、あなたのできることは何か?と、声高ではなく問いかけてきます。投げかけられた宿題は難題ですが、少なくとも宿題を投げかけるだけの力をもった作品だと感じました。
弁護士役の平泉成さんの抑えた演技が素晴らしい。奥平大兼さんの自然体の演技も唯一無二。その他のキャストも、カラオケルームに登場する下心満載サラリーマン役の方も含めて、臨場感のある演技を見せてくれ、作品を盛り立てていたと思います。
そして初メガホンの川和田恵真監督、ありがとうございました。次回作も期待しています。

 

8「PLAN 75」

Plan 75(日本) 早川千絵監督

映像、音楽、音響(録音)も含めて、とても良い質感の映画を生み出す、みずみずしい才能の誕生を感じました。倍賞千恵子さんはもちろん、河合優実さんの役がとても効いてる。諦めと抵抗の葛藤、底辺で働く労働者など、現代社会の切り取り方も巧妙でした。
ボウリングのシーンで突然、瞼のダムが決壊。くれぐれもノンフィクションになりませんように、と願います。

 

9「スパークス・ブラザーズ」

The Sparks Brothers(英国、米国) エドガー・ライト監督

奇作にして傑作。こんなミュージカル仕立ての音楽ドキュメンタリー映画は観たことがない。50年以上も洋楽を聴きながら知らなかったことだらけ。そして、Sparksのライブが観たいと思えたのも初めて。サントラ盤もクセになります。


10「あちらにいる鬼」

Achira ni iru oni(日本) 廣木隆一監督

現代的な倫理観からこの作品をこき下ろすのは簡単ですが、死をもってしか終止符が打てないほどに、人を愛することができるなんて、なんと羨ましいことでしょう。寂しい人はいても、不幸になる者はどこにもいなかった三角関係だったのではないかと思いました。命を燃やすような生き方は憧れでもあります。母の温もりを知らない男と、父の温もりを知らない女の、愛への切実な渇望も感じました。
脚本がまず素晴らしい。監督も過去作からの反省を踏まえてか過剰な劇伴を抑えてていねいに演出してらっしゃる。そして主演のお二人が抜群に良い。これで名作にならないはずがないですね。
長内みはると若い新進男優の肉欲的なつまみ食い情事、白木笙子と秦の心の隙間を埋めるだけの情事、一夜の情事を勘違いして自宅に乗り込んできた白木篤郎のファンなどの薄っぺらさが、濃密な三角関係と対照的に描かれているのも面白いと思いました。
「火口のふたり」とも共通しますが、誰かを劇的に、前後不覚で好きになり、動物的に貪り合うように愛し合う、という経験がない僕的には憧れでもあります。脚本は共に荒井晴彦さん。氏の脚本作にハズレ無し、との印象も。
一つだけ残念だったのは新宿のスナックになだれ込んでくる若い男女が、とても学生運動の最中には見えなかったこと。着ている服くらいは汚してほしかった。あとは満点に近いです。


●その他お薦めしたい映画15本●

 

11「ベイビー・ブローカー」

브로커/Broker(韓国) 是枝裕和監督

「生まれてきてくれて、ありがとう」。この言葉に集約されたドラマ。
良い台詞が随所にありました。俳優さんたちも微妙な気持ちの揺れを巧く表現されていました。ソン・ガンホさんは本当に良い俳優さんですね。アジアの至宝です。そして構図の切り取り方も面白かったし、擬似的な家族が形成されていく過程も巧いなあと思いました。
ところどころ、よく分からないシーンもありましたが、そのあたりは二度目に観るときに補います。この映画が生まれてくれて、ありがとう、です。

 

12「ビー・ジーズ 栄光の軌跡」

The Bee Gees: How Can You Mend a Broken Heart(米国) フランク・マーシャル監督

「サタデー・ナイト・フィーバー」から数年経った80年代初頭に、彼らの名前を急速に聞かなくなった理由がよく分かりました。ディスコミュージックを嫌悪する時代が台頭したことはよく覚えていますが、粗悪なディスコミュージックの大量生産だけでなく、こんなヘイトイベントがあったとはビックリ。そして反ディスコが黒人差別、ゲイ差別に利用された点も衝撃でした。
ミュージシャンの栄枯盛衰の物語、音楽史に終始することなく、世相史の側面もしっかり描かれていて、音楽ドキュメンタリーとして秀でた映画だと感じました。
ミュージシャンのコメントとしてとくに印象的だったのは、コールドプレイのクリス・マーチン。よく観察しているなあと感心。

 

13「窓辺にて」

(日本) 今泉力哉監督

直球の愛情表現ができる人もいれば、婉曲な表現しかできない人もいる。後者は日本の男性の傾向かも。登場人物それぞれの多様な愛情表現をベースにした“パフェ”な会話劇が面白く、俳優さんたちの自然な所作や間の取り方も絶妙で、ずっとニヤニヤしながら観ました。今泉ワールド全開でしたね。
分かりみが強すぎて巧くレビューできませんが、主人公にかなり感情移入を余儀なくされたのは間違いないです。そして控え室でブドウを無造作に囓るシーンから喫茶店のシーンに移る部分で、玉城ティナさんの悪戯っぽい魅力に完全KOされました。平静を装っていた主人公も本当はドキドキしたはず。

 

14「ある男」

A Man(日本) 石川慶監督

赤ん坊は親を選べない。それは事実ですが、生き方は選ぶことができる。人間の「やり直す」力、「生まれ変わる」 力を信じて、これをていねいに描いた作品と感じました。途中で挿入される、生まれた境遇に関する散文的な模写の数々(ヘイトスピーチなど)、木に関する話題(植物としての木と建材としての木)など、別々に思えたピースが最後に絵合わせされる構成は秀逸。柄本明さんの怪演ぶりも味わいどころでした。里江(安藤サクラさん)の息子役(坂元愛登さん)、将来が楽しみですね。そしてお婆さん役が山口美也子さんと分かって、この点も感慨深いです。

 

15「あのこと」

L'événement/Happening(フランス) オードレイ・ディヴァン監督

主人公の痛みがキリキリと伝わってくる作品。「妊娠したら終わり」と冷ややかな周囲と世間の眼に晒されるなかで、孤独な闘いが続き、週を追うごとに悲壮感が漂ってきます。終盤の自宅トイレのシーンや、「主婦になる病」という台詞にはギョッとしました。米国で人工中絶を禁止させようとする動きがあるなかで、時期を捉えた作品だという気がします。やはりトイレのシーンで終わる「スワロウ」と対で鑑賞してほしいですね。
それにしても、最近のフランス映画の、アグレッシブなアプローチには驚嘆させられます。

 

16「アザー・ミュージック」

Other Music(米国) プロマ・バスー監督、ロブ・ハッチ=ミラー監督

「作るよりも壊す方が簡単なんだな」。ジョシュだったか、クリスだったかの台詞は、閉店後の片付けで簡単に壊されていく棚のことを言った表現でしたが、この伝説のレコード店を象徴するような言葉だったと感じました。大手レコード店では無視されがちなインディ系の良作を品揃えし、各レーベルとの契約に至らなかったミュージシャンのアルバムを発掘して取り扱い、客とミュージシャンの感性を育て、双方の接点の場も設けながら、歳月をかけて伝説を作ってきたレコード店、その最後は意外とあっけないものでした。

そんな老舗のレコード店が閉店になる、というニュースは当時SNSか何かでチラ見した記憶がありましたが、これほどインディー界に愛された店だったとは驚きの連続でした。しかも大メジャーのタワレコの向かい側で。

この店を愛した音楽フリーク、この店に愛されたインディーズたち、そして愛すべき経営者と店員たち。我が家のような店を失い、コミュニティの拠点を失った「はぐれ者」たちは、今どこで彷徨っているのでしょう。時代の流れとはいえ、音楽が生まれ、広がる磁場を失うような悲しみがありました。

登場するアーティストたちの映像やコメントも素敵。The National、Vanpire Weekend、Animal Collective、Sharon Van Etten、Yo La Tengo、Neutral Milk Hotel、そして音だけだったけどVashti Bunyan…みんな好きなアーティストばかりでした。ふと今はなき音楽イベント、Hostess Club Weekenderのことを思い出しました。

 

17「スープとイデオロギー」

Soup and Ideology(日本、韓国) ヤン・ヨンヒ監督

「済州4・3事件」(Wikiでは「済州島四・三事件」)のことは恥ずかしながら初めて知りました。北朝鮮への忠誠と共に生きてきた日本生まれの母と、そんな母に反抗心を抱きつつも年老いていく母親への思慕は拭えない「私(ヤン・ヨンヒ監督)」を巡るドキュメンタリー映画。ずしんと胸に迫る佳作でした。
事件そのものの凄惨さを知り、母の気持ちに理解(あるいは同情)を示していく私。認知症により凄惨な事件そのものの記憶が薄れていくことを「幸い」ではないかとも思えてくる私。そんな複雑な心境の変化が記録されています。
「国家」とは一体何なのか。そんなことも考えさせられます。

 

18「MEN 同じ顔の男たち」

Men(米国) アレックス・ガーランド監督

暴力的で支配的なパートナー男性から逃れ、辿り着いた癒やしの場にも同様の男どもが群がってくるというホラー。救いの手を差し伸べようと近づいてくる男どもが揃いも揃って性悪で、一見、味方のように見える男が一番タチが悪いのかも。途中までは想像通りでしたが、後半の展開は「エイリアン」ばりのグロテスクさでしたね。最後に主人公の女性が、恐怖というよりもあきれ果てるような表情を浮かべたところもニヤリ。似たような経験をもつ女性にとっては、よりリアルなホラーでしょう。
トンネル内のレイヤーを重ねるような音の演出、真っ赤な部屋という演出も斬新で面白かった。そして冒頭から描かれる美しすぎる田舎の風景が、恐怖と対照的で効果的でした。
リンゴは聖書では「善悪を知る果実」とされているようですが、この映画では「自由」の象徴でしょうか。そして印象深いタンポポの種は何だろう。帰り道にずっと考えていて、そうだ「精子」だと感じました。
暴力的な男から逃れても、次から次から暴力的な男がウヨウヨと現れる。そのタネは尽きることがない、といったところでしょうか。インパクトの強い映画でした。

 

19「百花」

Hyakka(日本) 川村元気監督

記憶という曖昧なものを、枯れゆく花と、一瞬で藻屑と消える花火に喩えた作品、と受け止めました。記憶とは何と儚いものなのだろう、と思う一方で、長い歳月を経ても脳裏に焼き付いた消えない記憶がある。そして記憶の残り方も人それぞれ。誰にも、色あせない記憶は百ほどあるのでしょう。そして加齢を重ねれば重ねるほど、記憶の中の美しさは、いや増していく。なかには、醜さがいや増す記憶もある、わけではありますが…。
年老いていく老母の、花の枯れ方を間近に見てきた立場としては胸を締め付けられるような作品でした。菅田将暉さん、原田美枝子さん、長澤まさみさんの名演も光ります。

 

20「秘密の森の、その向こう」

Petite maman(フランス) セリーヌ・シアマ監督

秘密の森の、その向こう

セリーヌ・シアマ監督だから一応、という消極的な姿勢で映画館に行きました。開始早々に大きく映し出される原題「Petite Maman」。ん? 邦題と随分かけ離れているなとは思ったけど、そんなこともすぐに忘れて物語の世界に没入。フランス郊外の森だろうか、秋の風景がとても美しく、枯れ葉を踏むしめる音も心地良い。ネリーとマリオン、2人の子役が実に自然体の演技で好感。

ネリーの母の記憶とも共通する森の中の小屋が出てくるし、互いに出入りする邸宅のレイアウトもそっくりだし、これはどういう仕掛けなのかと思いつつも2人の可愛いやりとりを微笑ましく観ていたけど、最後の10秒で種明かし。それまで観てきた物語が、一瞬にしてファンタジー化するというマジカルな展開に、参りました。

 

21「スージーQ」

Suzi Q(オーストラリア) リーアム・ファーメイジャ監督

1973年から1975年にかけて、全英や全豪をはじめ、日本国内でも数々のシングルヒットを放ち、洋楽ロックシーンにおける女性ミュージシャン活躍の嚆矢となったスージー・クアトロ。当時熱狂していた一人でしたが、いくつか疑問がありました。

パブリックイメージを形成している全身皮スーツは決まりすぎているので、誰か仕掛け人がいたのではないか。キャッチーなヒット曲の数々は誰かの入れ知恵ではないか。…そう、スージーのことをアイドル(虚像)と考えれば良いのか、実像と捉えたら良いのか、よく分からなかったのです。

そしてもう一つ、米国で制作された「一発屋特集」のようなTV番組でもスージーが取り上げられましたが、日本では馴染みの薄い、男性とのデュエット曲が「一発ヒット」として取り上げられていたこと。これも不思議でなりませんでした。

こうした疑問の数々が、当ドキュメンタリー作品を見ることで氷解し、目からウロコが落ちたような気分です。彼女は自分を演出する術を熟知したセルフプロデューサーでもあったのでしょうね。

そして名声を得れば得るほど、深まる家族との溝。今ではある程度修復ができているように感じられましたが、スター街道を驀進する人々に何らかの犠牲はつきもの、ということでしょうか。ともあれ今も現役でステージに立つスージーの姿を見ることができて、とても嬉しい。そして彼女の姿が多くの後進女性ミュージシャンの力になったことも、大きな功績でしょう。

 

22「手」

(日本) 松居大悟監督

この世に生まれて最初の記憶が、お父さんの手。全てはここから始まります。

ファーザーコンプレックスとフェティシズムが軸となった女性の成長物語で、筋立てそのものは彼氏との恋愛と浮気、上司のおじさんとの情事、父親への嫌悪と関係修復など散文的ですが、言葉と肉体と手のやりとりが、ねっとりエロくて、主役お二人の演技も素晴らしく、ぞくぞくしました。しかも上品な作りで、日活ロマンポルノというより、R18指定の恋愛映画といった佇まい。名作だと思います。

余談ですが、幼い頃に見た、お袋の豊満な乳房と、ぼうぼうに生えた脇毛を思い出しました。

 

23「ザ・メニュー」

The Menu(米国) マーク・マイロッド監督

胡散臭い成金の美食家や批評家たちに「料理を作る喜び」を翻弄されてきたシェフによる、奇想天外な復讐ホラー劇。残酷さに身震いはするものの、最後に提供される庶民料理(チーズバーガー)で、全ての謎や背景が解き明かされる。すごい発想の物語だなと思いました。個人的には痛快でした。

 

24「LAMB/ラム」

Lamb(アイスランド、スウェーデン、ポーランド) ヴァルディミール・ヨハンソン監督

事前知識はできるだけ排除して鑑賞。途中までは想像通り、後半は意外や意外。いろんな解釈が出てくる映画でしょうね。獣姦がテーマといえばテーマなのかもしれないし、ともあれ最後までゾワゾワを楽しみました。個人的には、羊目線で人間の欲望を底ざらいした作品かもな、と。

 

25「42-50 火光」

(日本) 深川栄洋監督

意外なめっけもの。脚本良し、役者良し。こういう作品と出会えると、とても嬉しくなります。
中年で結婚した主人公2人の夫婦は、同じく中年で初婚の小生たちと似た部分が一杯あって、思い入れを余儀なくされました。こういう夫婦、案外、多いのかもなあ。

 

●個人賞●

 

新人監督賞●川和田恵真(「マイスモールランド」)、早川千絵(「PLAN 75」)

ニューカマー俳優賞●坂元愛登(「ある男」)

主演俳優賞●クリステン・スチュワート(「スペンサー ダイアナの決意」)、岸井ゆきの(「ケイコ 目を澄ませて」)、寺島しのぶ(「あちらにいる鬼」)、アナマリア・バルトロメイ(「あのこと」)

助演俳優賞●ジェニー・ベス(「パリ13区」)、河合優実(「PLAN 75」)、玉城ティナ(「窓辺にて」)、三浦友和(「ケイコ 目を澄ませて」)、平泉成(「マイスモールランド」)
 

●番外編●

 

「水俣曼荼羅」

Minamata Mandala(日本) 原一男監督

2度の休憩を挟んだ合計6時間半の鑑賞時間(拘束時間)と一律3900円という料金に尻込みする人も多いでしょうが、それに匹敵する以上の学びと共感が得られる作品でした。知らないことだらけだった第1部の水俣「病像論を糾す」、第3部の「悶え神」がとくに見事で、構成の勝利かなとも感じました。原一男監督作品ではお馴染みの手術シーンはなかったけど、解剖シーンはありましたね。
70年間の闘争の末に「国や県と闘っても仕方が無い」と患者に言わしめるほどの過酷さ、でもこの闘争がなければ現実はもっと過酷だったという、このパラドクスに唸ります。裁判で勝訴を得ても、そこに勝者はいない。最近でいえば赤木雅子さんの一件が頭をよぎります。
青い芝の会、奥崎謙三、井上光晴といった奇才が不在の現代、自らが悶え神の一員となって映像を記録することに新たな境地を見出した原一男監督に拍手を贈りたい気分でした。

2021年公開の映画なので番外編に。鑑賞したのは2022年1月でした。2021年中に鑑賞していれば1位でした。

 

Filmarksでは★4つ以上の作品だけレビューするというスタンスで感想を記していて、2022年は35作品ほどに★4つをつけました。よろしければフォローください。