ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹 -32ページ目

ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆


 Kバレエカンパニーのプリンシパルの清水健太さん、「ケガはいいですよ。次に何をするべきか考える時間ができる」とさらりとインタビューで話したそうな。

 置かれている立場を客観的にみて、的確にどうすべきか考えられるなんて流石です。

 以前の日記にも残しましたが、妻は体が思うようにならず、定期的に病院にも行っています。東洋医学的なことも実践していますが、数値の確認や万が一の為の薬をもらったり、対極の法則として(笑)、バランスよく西洋医学の先生のお話もちゃんと伺っています。

 その病院に付き添って行くと、思うのですが、診察待ちの皆さんが何列もの椅子にズラーっと座っていて、通り過ぎるときに、下から目線でうらやましそうな顔をされる方が多いです。なんの病気もない人間が素通りすることで、ため息つきたくなるのでしょう。

 こういう言い方は失礼に当たるかもしれませんが、病気になった方は、バレエダンサーも言っている様に「今まで忙しかった自分を立ち止まらせて、次に何をするべきか考える時間ができる。そして、実はチャンスなのだ」と私は思うのです。病院は人生の転機、チャンス到来な人たちが集まる場所なのかもしれません。まるで他人事かもしれませんが、半分は他人事ではありません、妻が病気で付き添ったり、家事をやったりしているわけですから。
目の前にいる妻が、病気を通してどのように考え方や意識が変わってゆくのか、はたまた下方向に行かないように上向きに持ってゆくように雰囲気を作ってゆくか。今の僕には十分すぎる「人生の、人間としてのお勉強」です。まったくもってお試し、試練だと思っています。

 若いときのちゃらちゃらしていた自分からは想像も出来なかったですが、日本で最後の三助なんて言われている方も居るけれど、僕も自宅では三助のようにしています。他のご夫婦に話すと驚かれる方もいるけれど、病気だからしょうがないし、こんな経験めったにないでしょうからね。

 妻が病気になってくれたおかげで、家族というものを実感できてきたし、子供たちとも接する時間が増えたし、一緒にお風呂に入って遊んだり、アイス食べたり(笑)、疲れて一緒に寝ちゃったり。。。年末大掃除するまでもなく、掃除しているし、洗濯物干しているし、アイロンかけているし、子供たちのお弁当作れるようになったし・・・笑。意外といい事尽くめなのかも知れません。ここで「よし、俺は一人で生きてゆける!」なんて思ってはいけないのです。こういうことが出来るようになったのも、妻のおかげです。

 病気になった人も、周囲の人も、実はチャンス到来なんだと、そう強く思っています。簡単なことじゃないですけれどもね。

 「え~、大過なくここまでやってこれましたのも」・・・なんて退職するときにしばしば使われる言葉ですが、僕は、仮にこの世とさよならするときに、お別れのスピーチをお願いしますなんて、仮に言われたとしても(笑)、「大過なく」なんて、とてもじゃないけど、言えない。失敗の連続だし、いろいろな経験させてもらっているから、死ぬ間際は自分で自分をほめてあげちゃうかも・・・・・・と言うくらいまでこれからもやってみようと思う。

なんだか清水健太さんの記事を読んでいろいろ考えてしまった。

「ちょっと詰めてもらえませんか」。最近は時々、声をかけています。

 実は以前、電車の中でこんな経験をしました。電車の席にちょっと怖そうな高校生が思いっきり足を広げて座っていました。その目前に、途中の駅からおなかの大きな妊婦さんが立ったのです。

 少し詰めれば彼女も座れるのに。そう思いましたが、高校生はヘッドホンの音楽に夢中で、妊婦さんにまるで気が付きません。ここは一声かけてみようかな。迷いました。「なんだ、このクソババア」なんて逆上されたら怖いでしょう。でも、しばらくしてから思いっきり声をかけてみたのです。

「悪いけれど彼女が座れるように、つめてもらえませんか」

 怒鳴られたらどうしようと、心臓がバクバク。彼が顔を上げた瞬間は、手が飛んでくるかとさえ思いました。ところが・・・。

「あ、すみません」と彼は申し訳なさそうな顔で、すぐにつめてくれたのです。

 彼は本当に気づいていないだけだったのでした。見た目で怖そうとか、きっと譲ってくれないかと思った自分を恥じました。

 電車やバスの席は譲り合うもの。そう分かっていても、実際に行動するのはなかなか難しいし、気づかないことだってあるでしょう。だったら、気づいた人が気づかせてあげればよい、と思うのです。

 地下鉄の場面では、前に座っていたお嬢さんに「すみませんが、少しずれてくださいますか」と頼みました。すると「気づかなくてすみません。次で降りますから」と席を譲ってくれました。

 声をかけるのは確かに勇気がいります。でも、声をかけた人たちはたいがい、さっと席をつめてくれる。なんだかとてもうれしい気分。譲った彼らもよい気持ちになってくれているといいな。

 近ごろはすっかり慣れて、気軽に声をかけられるようになった気もします。

「ちょっと詰めていただけませんか」

 世の中捨てたものではない、と思う今日このごろです。


 ~ 温故知新のエコライフ 佐光 紀子 (日経新聞) ~