Kバレエカンパニーのプリンシパルの清水健太さん、「ケガはいいですよ。次に何をするべきか考える時間ができる」とさらりとインタビューで話したそうな。
置かれている立場を客観的にみて、的確にどうすべきか考えられるなんて流石です。
以前の日記にも残しましたが、妻は体が思うようにならず、定期的に病院にも行っています。東洋医学的なことも実践していますが、数値の確認や万が一の為の薬をもらったり、対極の法則として(笑)、バランスよく西洋医学の先生のお話もちゃんと伺っています。
その病院に付き添って行くと、思うのですが、診察待ちの皆さんが何列もの椅子にズラーっと座っていて、通り過ぎるときに、下から目線でうらやましそうな顔をされる方が多いです。なんの病気もない人間が素通りすることで、ため息つきたくなるのでしょう。
こういう言い方は失礼に当たるかもしれませんが、病気になった方は、バレエダンサーも言っている様に「今まで忙しかった自分を立ち止まらせて、次に何をするべきか考える時間ができる。そして、実はチャンスなのだ」と私は思うのです。病院は人生の転機、チャンス到来な人たちが集まる場所なのかもしれません。まるで他人事かもしれませんが、半分は他人事ではありません、妻が病気で付き添ったり、家事をやったりしているわけですから。
目の前にいる妻が、病気を通してどのように考え方や意識が変わってゆくのか、はたまた下方向に行かないように上向きに持ってゆくように雰囲気を作ってゆくか。今の僕には十分すぎる「人生の、人間としてのお勉強」です。まったくもってお試し、試練だと思っています。
若いときのちゃらちゃらしていた自分からは想像も出来なかったですが、日本で最後の三助なんて言われている方も居るけれど、僕も自宅では三助のようにしています。他のご夫婦に話すと驚かれる方もいるけれど、病気だからしょうがないし、こんな経験めったにないでしょうからね。
妻が病気になってくれたおかげで、家族というものを実感できてきたし、子供たちとも接する時間が増えたし、一緒にお風呂に入って遊んだり、アイス食べたり(笑)、疲れて一緒に寝ちゃったり。。。年末大掃除するまでもなく、掃除しているし、洗濯物干しているし、アイロンかけているし、子供たちのお弁当作れるようになったし・・・笑。意外といい事尽くめなのかも知れません。ここで「よし、俺は一人で生きてゆける!」なんて思ってはいけないのです。こういうことが出来るようになったのも、妻のおかげです。
病気になった人も、周囲の人も、実はチャンス到来なんだと、そう強く思っています。簡単なことじゃないですけれどもね。
「え~、大過なくここまでやってこれましたのも」・・・なんて退職するときにしばしば使われる言葉ですが、僕は、仮にこの世とさよならするときに、お別れのスピーチをお願いしますなんて、仮に言われたとしても(笑)、「大過なく」なんて、とてもじゃないけど、言えない。失敗の連続だし、いろいろな経験させてもらっているから、死ぬ間際は自分で自分をほめてあげちゃうかも・・・・・・と言うくらいまでこれからもやってみようと思う。
なんだか清水健太さんの記事を読んでいろいろ考えてしまった。