今日のひとり糸でんわ~ちょっとつめてもらえませんか | ぐるぐるノート 〜 中庸、循環、直観、直感と凸と凹

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その奥の奥の向こう側へ、立体的に☆☆☆なんてことない思いつきをこのぐるぐるノートに書き留めておきます☆☆☆


「ちょっと詰めてもらえませんか」。最近は時々、声をかけています。

 実は以前、電車の中でこんな経験をしました。電車の席にちょっと怖そうな高校生が思いっきり足を広げて座っていました。その目前に、途中の駅からおなかの大きな妊婦さんが立ったのです。

 少し詰めれば彼女も座れるのに。そう思いましたが、高校生はヘッドホンの音楽に夢中で、妊婦さんにまるで気が付きません。ここは一声かけてみようかな。迷いました。「なんだ、このクソババア」なんて逆上されたら怖いでしょう。でも、しばらくしてから思いっきり声をかけてみたのです。

「悪いけれど彼女が座れるように、つめてもらえませんか」

 怒鳴られたらどうしようと、心臓がバクバク。彼が顔を上げた瞬間は、手が飛んでくるかとさえ思いました。ところが・・・。

「あ、すみません」と彼は申し訳なさそうな顔で、すぐにつめてくれたのです。

 彼は本当に気づいていないだけだったのでした。見た目で怖そうとか、きっと譲ってくれないかと思った自分を恥じました。

 電車やバスの席は譲り合うもの。そう分かっていても、実際に行動するのはなかなか難しいし、気づかないことだってあるでしょう。だったら、気づいた人が気づかせてあげればよい、と思うのです。

 地下鉄の場面では、前に座っていたお嬢さんに「すみませんが、少しずれてくださいますか」と頼みました。すると「気づかなくてすみません。次で降りますから」と席を譲ってくれました。

 声をかけるのは確かに勇気がいります。でも、声をかけた人たちはたいがい、さっと席をつめてくれる。なんだかとてもうれしい気分。譲った彼らもよい気持ちになってくれているといいな。

 近ごろはすっかり慣れて、気軽に声をかけられるようになった気もします。

「ちょっと詰めていただけませんか」

 世の中捨てたものではない、と思う今日このごろです。


 ~ 温故知新のエコライフ 佐光 紀子 (日経新聞) ~