仔羊の讃えうたは -4ページ目

仔羊の讃えうたは

キリスト教に獄中回心した、元・前科者の拙き者です。
獄中回心記を主に、日常生活の中で自分と闘う、人に優しいブログにしたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

それから霊はイエスを荒れ野に送り出した。イエスは40日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。
            マルコによる福音書1章12・13

 

10

 

 

 

自分の内にうごめく悪=敵意・憎しみ・不信などに耐えられないという感情が自分を着飾り、人との関りを持たせているのだと、私は想います。

人を批判できない弱さの裏には自分自身が人の批判に耐えられないという弱さが有るのではないでしょうか。


誰しも、人の中では否定し難い悪が存在しますので、この事実を無視して生きる事は出来ないのではないのです。

人は傷付けられることなくして、決して成長はありません。

人間の生き抜く力は、この悪を認め、対決し、止揚したときに、初めて備わるのだと思います。

 

今日も一日、自分らしく在りましょう。

 

ありのままの自分を、自分に優しく受け止め、受け容れましょう。

きっと、心からの喜びが生まれてくるはずです。

刑務所から出獄してから、12年目に入ろうとしている。

自慢ではないが、このような歳になっても、人生の大半を施設で過ごしていると言えるのだから、この12年の歳月は貴重である。

 

正直、楽しかった思い出よりも、苦しみや悲しみに残る思い出の方が多かった。
時に、大声で怒鳴り、暴れたいときもあった。
「確かに、私自身の軽はずみな言動が人を傷付けたのは事実。
でも、言われているような悪いことはしてないよ。」

 

と、言う想い。

 

何より悔しかったのは、私がしてもいない、思いもしなかった事を針小棒大に語られ、信仰の父母である方を苦しませたことは、何よりの痛みだった。

 

でもそれが、自分が負うべき十字架だから、人を恨んだりしないように、いつの日からか決心してた。

 

「恨みや憎しみは、マイナスにこそなれ、そこに育むべきものは何もない。」

 

それが、私が10年目に出した結論であった。

 

むしろ、人を大切にしながら生きた方が、育てるものが多いし、何より、精神的に自分が楽だ。

 

12年目に突入しようとする今でも未だ、新たな自分の挑戦を始めようとしている自分がいる。

 

 

 

日本の有名な言葉「一期一会」を、私は大切にしています。
 

広辞苑で、この言葉を紐解くと、

(茶会の心得から。利休の弟子宗二(1544~1590)の「山上宗二記」に「一期に一度の会」と見える) 生涯にただ1度まみえること。一生に一度限りであること。「―の縁」)

と有りますが、この一期一会の出会いを大切にして行けば、人は変わって行けるものです。

 
確かに、悪い方向に変わるというマイナス志向的可能性も有り得ます。
 
しかし、前向きな姿勢で柔軟性を持って関わって行けば、そのマイナスもプラスに変えられて行くのではないでしょうか。
 
人との出会いは大切です。

出会ったその人が、自分にどのような影響を及ぼすか分かりはしませんが、人との出会いと関わりだけは大切にしたいものだと思います。

私は、キリストに活きる人間ですから、キリスト教的に言わせて頂ければ、聖書の旧約時代から、神さまは人の手を通して人々に恵みをお与えになられています。

あくまでも、神さま自らでなく、人の手を通して恵みをお与えになると言う確信を持っています。
これが一番大切な要素ではないでしょうか。
 
「一期一会」・・・とても素晴らしい言葉ですね。
そして、人との出会いも大切ですし、自分自身をも伸ばして行くことの出来る素晴らしいものだと感じます。

この、拙い文章を読んで下さって居られる方々の中には、クリスチャンの方も、ノンクリスチャンの方も居られると思いますが、人との出会いと、関わりを大切にして行って下されば、きっと素晴らしい人生が開けてくるでしょう。
 
何より、自分自身の精神的な乾きと心の渇きを癒すためにも・・・