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仔羊の讃えうたは

キリスト教に獄中回心した、元・前科者の拙き者です。
獄中回心記を主に、日常生活の中で自分と闘う、人に優しいブログにしたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

この確率は、私が刑務所から出所する時に幹部職員に言われた、再犯の確立です。
 

刑務所


私は、刑務所在監中、

「恐ろしく極悪非道だ!」 「腐れ外道!」などと、いわゆる転勤族である、キャリアの刑務官に言われ続けていました。


入所直後から約5年もの間、喧嘩ばかりしては、罰を重ねていたのだから仕方がありません。

反対に地元に根付いている、刑務官からは、

「お前自身の気持ちは分かっているから、偉いさんの言うことは気にするな。」

と、励ましの言葉を頂いていました。

 

 
あれから12年余り・・・夢中で走り抜けて参りましたが、その、99,9%の壁はとても高く厚いものでした。

前科者に対して、社会側の受け入れは殆ど無いに等しく、周りからは白い目で見られ何か事あるごとに、針小棒大に語られる。

信用を築き上げることは、普通一般人よりも難しく、信用を崩すことに関しては、素早く崩されて参りました。

私自身、悔しくてならないのは、責任をなすりつけられるような針小棒大に語られる事件が数々有ったのが現実です。

 

そのたびに涙を流しました。

 

それほど、99.9%の壁は私にとって過酷なもので有ったと言っても過言ではありません。

 

でも・・・私がキリスト者だからいうのでなく、それ以前に人間として、

「自分の心だけは大切に。」と、今も生きています。

「何を守るよりも、自分の心を守れ。
そこに命の源がある。」    箴言4章23節



私は、他人(ひと)の笑顔を見るのが好きです。

その、他人の笑顔を大切にしたいと言う想いで、今を生きています。

誰もが本当に大切なものが有るのではないでしょうか。

それを大切に生きて貰えたらと思っています。
特に更生を志す方々には、特に言いたいのです。

悔しくても、腹が立つことが有っても、「更生」を口にするのなら、泣き寝入りすることも、一つの手段であり、決して負けではないのです。

みんな、それぞれの生き方も、感じ方も、環境も違うけど、違うからこそ、尊く美しいものではないでしょうか。

 

貴方自身の99.9%の壁を乗り越えられますように。

おはようございます。

最近、歳のせいか、早寝早起きが常となっていまして、今朝もまだ、6時前・・

何気に聖書を開いていますと、このような聖句が目に留まりました。


マタイによる福音書 6-25
「それゆえ、あなたがたに言っておく。命のために何を食べ、何を飲もうか。また体のために何を着ようかと、思い煩ってはならない。命は食べ物にまさり、体は着る物に勝っているではないか。

同6-34後半

「だから。あすのことを思い煩ってはならない。明日のことは、あす思い煩えばよい。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

 

 
※この訳はフランシスコ会聖書訳ですので、ご了承ください。
本当は、25節~34節まで掲げれば良いのですが、この全体を差して、「摂理の信頼」と記されています。
 
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大河ドラマで放映されていました

真田丸のゆかりの地でもあります、飯山市に

正受庵 という禅宗の寺院が在りますが、その開山の祖である方が説かれています。

 

「今一日暮らす時の勧めをば励み努めるように。どのような苦しみであっても、一日と思えば耐えられる。楽しみもまた、その一日と思えば、道を誤ることもない。一日一日と思えば退屈もしない。一日一日を勤めれば百年千年も勤めやすい。一大事というのは、今日ただ今のこころである。それを疎かにしていては、明日はない。」

・・・文章は、敢えて私流に掲げていますのでご了承ください。・・・

 

一日を思い煩い、悲しみのなかで生活しても一日。
笑い、楽しみ平和の中で生活しても一日。

 

私は、平安のなかで一日、一日を生活して行きたいってそう思います。


それにしても、イエスさまが説かれた言葉とは根本は違いますが真実は付いているのではないでしょうか。
人間生きていると本当に色々とありますが、今日一日を精一杯生きたいものですね。

 

 

人生には失敗しない選択肢があります。

それは、好きなこと。

自分にとって一番、大切なことを素直な自分のココロに耳を傾けて行く事です。
 

「何を守るより、自分の心を守れ。そこに命の源がある。

箴言 4-23

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自分の心は自分しか持っていません。
 
自分の心は自分でしか分からないのです。
 
自分に自分をしているのは、実は心なのです。
 
自分の中核であり、人生の中心であるココロに、素直な気持ちで耳を傾け、心と相談しながら選択して行きます。
 
好きなことを追求して生きて行くのが最高な人生でしょう。
 
心を犠牲にしてはなりません。
 
心の欲求を犠牲にしてしまえば、後悔と言うものが残ります。
 
でも、惑わされてはならないのは、自分の好きなことをするのと、自分の心に嘘を付かずに行動するのは全く別問題なのです。

 

自分のこころを、もっともっと大切にして行きましょう。